毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十章 真っ赤な嘘

第426話 お菓子の日

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 ドン、ドン、ドン!  シャラララ、パァン、パァン! 
 ……ダダダン。ダ、ダダ、ダダダ、ダン。ダ、ダダダ、ダ、ダン♪

 人工島アバトンの昼、ネグラの食堂。
 そこでは高鳴るような重低音に、星屑が舞うようなピアノの旋律が流れる中、ホール内にある長テーブルの三分の二を使い、ケーキ、クッキー、シュークリーム、ゼリー、マカロン、カヌレ、ムース、スコーン、パンナコッタ、ドーナッツ……。
 他にも多くの華やかな菓子が山のように並べられ、ウミヘビ達が好きな時に好きなだけ食べられる、スイーツビュッフェが開催されていた。

「知ってる! これバイキングってやつだ!」
「ビュッフェって言うんじゃなかったか?」
「チョコの噴水! ドラマで見たやつだ!」

 食堂の出入り口には『菓子食べ放題』と書かれた看板を置き、また広場の掲示板にもチラシを張り、それを見たウミヘビ達が好奇心から次々に立ち寄り、皿とフォーク(またはスプーン)を手に各々好きな菓子を取り、思うがまま味わっていた。
 ざっと40人近くいるだろうか。全体でおおよそ100人いるというウミヘビの三分の一。甘味に興味がない、当番によっては都合が悪くて来れない者もいる、と考えると、この人数は集客に成功したと見ていいだろう。
 早朝からずっと菓子の仕込みを続けていたモーズは、賑わう食堂をホール端から眺め、安堵した様子で椅子に体重を預ける。そんな彼の隣では、エプロンを身に付けたセレンがにこにこと温和な笑みを浮かべていた。

「盛況でよかったですね、モーズ先生」
「あぁ。誰も来なかったら、と心配した事もあったが……。喜んでくれて一安心したよ」
「私もお手伝いできて光栄です!」

 ちなみにセレンの他にもアセトンやトルエン、タリウムにカリウムにナトリウム、それに加えテトラミックスとアセトアルデヒドも協力してくれた。
 しかし流石はウミヘビ。早朝から延々と仕込みや配膳をし続けたのいうのに、彼らは全く疲労を見せず、準備が終わり、ビュッフェ開催時間になるや否や、スイーツタイムへ突入している。休んでいるのはモーズだけだ。

「よ~、モーズ。楽しそうな事やってんなぁ」

 そこにフリーデンが出入り口の自動扉から現れ、モーズの側までマイペースに歩いてやって来る。
 彼には、と言うよりもというかクスシ全般には、スイーツビュッフェの開催は伝えていなかったが、フリーデンはアンモニアから聞いてやって来たのだと言う。

「フリーデン。君も何か食べるか? テイクアウト用の菓子もあるぞ?」
「用意周到だな。このままスイーツ店でもやる気か?」
「? 私は医者だが?」
「うーん、説得力がない」

 白衣ではなくエプロンを着て、薬品ではなく甘い香りを纏わせている人間はパテシエにしか見えないだろうに。フリーデンは両腕を組んで苦笑する。

「そうだ、報告したい事があってな。クロロメタンとアセトンが凍結実験の協力を承諾してくれたんだ」
「おっ、マジか! 何て言って口説いたんだ?」
「口説く? いや、私はただ協力を願っただけだが?」
「アセトンさんは『一緒に高級料理オートキュイジーヌを作る』約束に釣られて承諾していましたよ。料理一回につき一遠征だそうですが。あとクロロメタンさんにはあの方の兼ねてからの要望、『惑星』を文字通り渡したんです」

 フリーデンの喩えを読み取れないモーズの代わりに、セレンが丁寧に説明をした。ただし彼の黒い目はどこか遠くを眺めているが。
 その様子からモーズがまた無自覚にウミヘビをたらし込んだ事を察し、フリーデンは心の中で合掌した。

「すげぇなモーズ。けど『惑星』渡したって何? クロロメタンは惑星の映像とか模型とかはもう、持ってるから駄目なんだろ?」
「何て事はない。ホルスト作曲の組曲、クラシック音楽『惑星』のレコーダーを渡しただけだ。そしたらえらく気に入ってくれたな」

 話しながら、モーズはピアノの方を指差す。
 そこでは甘く香る菓子には目もくれず、鍵盤を奏でる事に傾注しているクロロメタンの姿があった。その指先は、まるで重力を忘れたかのように軽やかに舞っている。

「楽譜も請われたので渡したら、協力を受けてくれると」
「何か聴いた事ある曲だなとか思ってたけど、『木星ジュピター』かこれ。あぁ~、成る程なぁ」

 クロロメタンが欲していた報酬は、宇宙の彼方に浮かぶ『火星』。実物そのものではなく、常日頃、身近に感じられる物。
 またクロロメタンは「物理的な物ではなく娯楽も選択肢に入る」旨を話してくれていた。故にモーズは『音楽』という形で、火星どころか惑星そのものを贈ったのだ。これがクロロメタンの琴線に触れたようで、凍結実験協力を承諾してくれた。

「以前、セレンが『月光』を聴かせてくれた事があってな。そこから連想してキラキラ星を弾いていた時、ふと思い付いたんだ。だからこれは実質、セレンの功績だな」
「私、良い所を見せようとして墓穴を掘ったみたいですね……」
「えっ。何故?」
「うん。何か相変わらずで安心したよ」

 そこでフリーデンはテーブルの方へ視線を向ける。
 チェリーパイをゆっくりと食べているタリウム。を挟んでクッキーの味論争を交わしているカリウムとナトリウム。口の端にクリームを付けて笑っている燐。後でパウルやフリッツに渡す気なのだろう、真空パックに包まれたテイクアウト用の菓子を吟味しているアニリンと尿素カルバミド。エタノールの介助の元、ガトーショコラを味わうメタノール。誰かに贈る気なのか、シュークリームやスコーンをビニール袋に詰めるペンタクロロフェノールに、「そんなに食べきれないだろ」と呆れながらも、その袋の中にマカロンを追加するホルムアルデヒド。
 一歩島の外に出れば命の保証のない、生物兵器として危険視され人権を与えられていないとは思えない程、彼らは楽しげに、生き生きと過ごしている。
 人類滅亡が迫っているなど思えない程、平和そのものの光景。
 フリーデンは人知れず拳を握り締めた。

「ジエチルエーテルも10月からは実験に参加してくれると言うし、これで協力者は揃った。あとは冷弾さえ完成すれば、直ぐに冷凍実験の実践に移れる! 誰も死ななくていい、殺さなくていい未来を作れるんだ! そこで少しでも役に立つ情報がないかとネグラの図書館を利用してみたのだが、ウミヘビ向けの書籍の中で面白い物を見付けてな……!」
「お、おう。順番に聞いてやるから落ち着け?」

 椅子から立ち上がり興奮気味に語るモーズを落ち着かせつつ、フリーデンはモーズが閲覧したという本の内容を聞き出す。
 それは冷弾を実現するに完璧な理論で、フリードリヒの手を借りなくとも完成させられるのではないか、と思わせる説得力があった。

「マジか。そんな本が眠っていたとか、ネグラの図書館どうなってんだ?」
「本当にな。ネグラの図書館は広大なだけあり、寄宿舎の本棚にはない書籍も多く、新しい知見を得られた。これも怪我の功名、と言えるだろうか」
「前向きだな。羨ましいわ~」

 自分は副所長、徐福から突き付けられた選択肢……目の前にいる「モーズの生死」に翻弄され、心労が溜まっているというのに。
 フリーデンはマスクの下で一人、密かに自嘲をする。
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