毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
442 / 600
第二十章 真っ赤な嘘

第428話 上書き

しおりを挟む
「フリッツ、開始から何時間経った?」
「丁度15時間だね」
「マジかよ……」

 手術室の前、壁際に置かれた椅子に座ったパウルが、げんなりと声を漏らしながら壁に背中を預ける。
 パウルの眼前には複数のホログラム映像が投影されており、手術室内の映像をリアルタイムで処理、編集をしつつ、外部へ配信を続けていた。大半の編集は人工知能によって自動で行われているものの、ラボには機密情報が多く含まれるため、最終的な確認や取捨選択は人の手が欠かせない。
 フリッツは施術が始まってから手術室前へやってきて、パウルと合流。食事の支給やトイレ休憩時などの際に配信作業の交代、とサポートに勤めている。

「調べてみたけど、歴史上では手術完了まで32時間かかったケースもあるみたいだ。それに比べたらまだ半分だね」
「それ21世紀の話だろ! このご時世に日を跨ぐ手術があってたまるかっ! 医師にも患者にも負担が重すぎるっ!」
「うん、そうだね。休憩なしで続けているし……」

 ホログラム映像に映るユストゥスらは持ち場から一度も離れる事なく、飲食も排泄も後回しにし、過集中している。長丁場になる事は想定されていた為、小休憩や作業を交代できるよう3人体制にしたというのに、これでは意味がない。
 このままでは彼ら自身の身体が危うい。フリッツの胸に、静かな不安が広がった。

「駄目だ。流石に眠い。僕ちょっと仮眠取る……」
「うん。おやすみなさい、パウルくん」

 早朝から外部に向けぶっ続けで配信作業に従事していたパウルは、流石に体力の限界がきてしまい、配信管理をフリッツに任せると、ふらふらした足取りで上層階へ移動してしまった。
 恐らくベッドがある医務室に向かったと思われる。
 一人になった後も、フリッツは席から立つ事なく、ホログラム映像越しに施術の様子を見守り続ける。
 それから更に一時間後。
 手術室の扉が、開かれた。

「疲れたぁあああ」
「……倒れるのならば、外で頼む……」
「そこはせめてベッドでって言ってくれない~?」

 そこから背を丸め両腕をだらんと垂らし、疲労を全身で表しているカールと、身体を僅かによろめかせながら歩く青洲が現れる。
 彼らはフリッツに軽く頷きを返すと、上層階へと去って行った。きっとパウルと同じく医務室を目指した事だろう。
 そして最後に、ユストゥスが姿を現す。
 フリッツは直ぐさま立ち上がり、声をかけた。

「お疲れ様、ユストゥス。長丁場だったね」
「あぁ、待っていてくれたのか。フリッツ」

 ユストゥスの声は明らかに疲弊していたが、



 背筋を伸ばし肩の力を抜き、短く、されど全てを悟るには十分な言葉を、静かに告げたのだった。

 *
 *
 *

 臨床試験は成功。
 ステージ4まで進行していたジョンの容態を、ステージ3初期の状態まで戻せた。
 尤もこれで終わりではない。ジョンの目覚めを待ち、バイタルに齟齬がないか、意識や記憶、身体能力に異常がないか確認する作業が残っている。だがデータ上、再生の経過は順調。深刻な障害は残らないと目されている。

 ジョンが目覚めるその時まで、配信は継続。
 引き続きカプセル内のコールドスリープが段階的に解かれる様が映し出されていたが、ふと画面が切り替わり、別の風景が映された。
 ――ブランデンブルク門 。
 ドイツ、ベルリンのシンボルとされている門である。
 そのまま音声と字幕が流れ、オフィウクス・ラボは11月、ドイツの首都ベルリンにて初の『開放型』特殊学会を開く事を宣言した。これまで特殊学会は、選ばれた医師のみが参加を許された閉鎖的な場であった。それが今回は一般人も参加可能だという、前代未聞の試みとなる。
 場所や日程、参加条件などの詳細は後日発表と締め括られ、画面の向こう側の視聴者達がどよめいた。
 まさにその時、

『俺、殺したく、なかったんスね。誰も』

 男性の声と共に、金髪の女性が画面に映し出される。
 周囲には赤い菌糸が張り巡り、女性自身『珊瑚』によって身体が変質してしまっている。
 処分対象であるステージ5と、一目でわかる姿。

『ずっと、ずっと……』

 その女性はダガーナイフを持つ“誰か”の手を取り、自ら胸に突き刺し――顔の映らない“誰か”の腕の中で、絶命してしまった。
 しかしこの震える声で、懺悔に近い言葉を漏らす声の主こそ、彼女を看取った者なのだと、視聴者には自然と伝わった。
 そして見る人が見れば、この女性はかつて「偽モーズ」ことペガサス教団の司祭、アレキサンドライトが接触した遺族の、亡き娘である事に気付くだろう。
 アレキサンドライトは「娘は悪魔の手によって殺された」と口にしていたが……

 悪魔など、いなかった。
 視聴者達がそう認識したと同時に、また画面が切り替わる。

『もう直ぐ、誰も殺さなくていい時代が来る。来させる』

 蛇が意匠が施されたフェイスマスクを身に付けた、金髪の男性。司祭アレキサンドライトとして、最近までしょっちゅうメディアに映っていた、モーズである。
 彼の言葉には熱が宿っていた。口先だけではない、心の底から放った宣誓。

『私が作ってみせる!!』

 断定的な口調には、揺るぎない自信と切実さが滲む。
 甘い言葉で飾り、人好きのする笑みを浮かべなくたって、見る者は皆、同じ想いに至ったことだろう。

 この人こそが英雄だ、と。

 なおこの映像は《暁の悲劇》の記録映像と、アバトン中の監視カメラ映像を基に徐福が独断で編集、配信したのだが、その事実は誰も知らないし、モーズ本人には許可どころか映像の存在すら知らせていない。
 肖像権? そんなもの、徐福にとっては些細な問題でしかなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

不死身のボッカ

暁丸
ファンタジー
逓信(ていしん)ギルドに所属する甲殻人ボッカ。歩荷(ぼっか=運搬人)だからボッカと素性を隠す特急便の運搬人。 小柄な身体に見合わぬ怪力、疾風のスピードと疲れ知らずのスタミナで、野を越え山越え荷物を運ぶ。 逓信ギルドの運搬人になったのは、危険な迷宮には入りたく無いから。面倒と危険を避けてすんなり仕事を終わらせたいのに、時にギルド支部長に命じられ行きたくも無い魔獣狩りの運搬人として駆り出される。 割とチートな身体能力を持ちながら、戦闘能力はからっきしで過剰な期待はされたく無い。こんな殺伐とした異世界生活なんかとっとと終わらせて眠るように死にたいと願う、そんな<不死身の歩荷>のお話。 ※種族名とか用語は前作と共通にしてますが、別の世界の物語です。世界観も若干違います。 ※「歩荷」とは一般的にいう「ポーター」のことですが、長距離運送も兼任しています。 ※作者が設定厨なので、時々本筋に関係ない解説回が入ります。 ※第16回ファンタジー小説大賞にエントリーしてみました。

暁天一縷 To keep calling your name.

真道 乃ベイ
ファンタジー
   命日の夏に、私たちは出会った。  妖魔・怨霊の大災害「災禍」を引き起す日本国。  政府は霊力を生業とする者を集め陰陽寮を設立するが、事態は混沌を極め大戦の時代を迎える。  災禍に傷付き、息絶える者は止まない絶望の最中。  ひとりの陰陽師が、永きに渡る大戦を終結させた。  名を、斉天大聖。  非業の死を成し遂げた聖人として扱われ、日本国は復興の兆しを歩んでいく。  それから、12年の歳月が過ぎ。  人々の平和と妖魔たちの非日常。  互いの世界が干渉しないよう、境界に線を入れる青年がいた。  職業、結界整備師。  名は、桜下。    過去の聖人に関心を持てず、今日も仕事をこなす多忙な日々を送る。  そんな、とある猛暑の日。  斉天大聖の命日である斉天祭で、彼らは巡り会う。  青い目の検非違使と、緋色の髪の舞師。  そして黒瑪瑙の陰陽師。  彼らの運命が交差し、明けない夜空に一縷の光を灯す。 ※毎月16日更新中

処理中です...