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第二十章 真っ赤な嘘
第428話 上書き
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「フリッツ、開始から何時間経った?」
「丁度15時間だね」
「マジかよ……」
手術室の前、壁際に置かれた椅子に座ったパウルが、げんなりと声を漏らしながら壁に背中を預ける。
パウルの眼前には複数のホログラム映像が投影されており、手術室内の映像をリアルタイムで処理、編集をしつつ、外部へ配信を続けていた。大半の編集は人工知能によって自動で行われているものの、ラボには機密情報が多く含まれるため、最終的な確認や取捨選択は人の手が欠かせない。
フリッツは施術が始まってから手術室前へやってきて、パウルと合流。食事の支給やトイレ休憩時などの際に配信作業の交代、とサポートに勤めている。
「調べてみたけど、歴史上では手術完了まで32時間かかったケースもあるみたいだ。それに比べたらまだ半分だね」
「それ21世紀の話だろ! このご時世に日を跨ぐ手術があってたまるかっ! 医師にも患者にも負担が重すぎるっ!」
「うん、そうだね。休憩なしで続けているし……」
ホログラム映像に映るユストゥスらは持ち場から一度も離れる事なく、飲食も排泄も後回しにし、過集中している。長丁場になる事は想定されていた為、小休憩や作業を交代できるよう3人体制にしたというのに、これでは意味がない。
このままでは彼ら自身の身体が危うい。フリッツの胸に、静かな不安が広がった。
「駄目だ。流石に眠い。僕ちょっと仮眠取る……」
「うん。おやすみなさい、パウルくん」
早朝から外部に向けぶっ続けで配信作業に従事していたパウルは、流石に体力の限界がきてしまい、配信管理をフリッツに任せると、ふらふらした足取りで上層階へ移動してしまった。
恐らくベッドがある医務室に向かったと思われる。
一人になった後も、フリッツは席から立つ事なく、ホログラム映像越しに施術の様子を見守り続ける。
それから更に一時間後。
手術室の扉が、開かれた。
「疲れたぁあああ」
「……倒れるのならば、外で頼む……」
「そこはせめてベッドでって言ってくれない~?」
そこから背を丸め両腕をだらんと垂らし、疲労を全身で表しているカールと、身体を僅かによろめかせながら歩く青洲が現れる。
彼らはフリッツに軽く頷きを返すと、上層階へと去って行った。きっとパウルと同じく医務室を目指した事だろう。
そして最後に、ユストゥスが姿を現す。
フリッツは直ぐさま立ち上がり、声をかけた。
「お疲れ様、ユストゥス。長丁場だったね」
「あぁ、待っていてくれたのか。フリッツ」
ユストゥスの声は明らかに疲弊していたが、
「終わったぞ」
背筋を伸ばし肩の力を抜き、短く、されど全てを悟るには十分な言葉を、静かに告げたのだった。
*
*
*
臨床試験は成功。
ステージ4まで進行していたジョンの容態を、ステージ3初期の状態まで戻せた。
尤もこれで終わりではない。ジョンの目覚めを待ち、バイタルに齟齬がないか、意識や記憶、身体能力に異常がないか確認する作業が残っている。だがデータ上、再生の経過は順調。深刻な障害は残らないと目されている。
ジョンが目覚めるその時まで、配信は継続。
引き続きカプセル内のコールドスリープが段階的に解かれる様が映し出されていたが、ふと画面が切り替わり、別の風景が映された。
――ブランデンブルク門 。
ドイツ、ベルリンのシンボルとされている門である。
そのまま音声と字幕が流れ、オフィウクス・ラボは11月、ドイツの首都ベルリンにて初の『開放型』特殊学会を開く事を宣言した。これまで特殊学会は、選ばれた医師のみが参加を許された閉鎖的な場であった。それが今回は一般人も参加可能だという、前代未聞の試みとなる。
場所や日程、参加条件などの詳細は後日発表と締め括られ、画面の向こう側の視聴者達がどよめいた。
まさにその時、
『俺、殺したく、なかったんスね。誰も』
男性の声と共に、金髪の女性が画面に映し出される。
周囲には赤い菌糸が張り巡り、女性自身『珊瑚』によって身体が変質してしまっている。
処分対象であるステージ5と、一目でわかる姿。
『ずっと、ずっと……』
その女性はダガーナイフを持つ“誰か”の手を取り、自ら胸に突き刺し――顔の映らない“誰か”の腕の中で、絶命してしまった。
しかしこの震える声で、懺悔に近い言葉を漏らす声の主こそ、彼女を看取った者なのだと、視聴者には自然と伝わった。
そして見る人が見れば、この女性はかつて「偽モーズ」ことペガサス教団の司祭、アレキサンドライトが接触した遺族の、亡き娘である事に気付くだろう。
アレキサンドライトは「娘は悪魔の手によって殺された」と口にしていたが……
悪魔など、いなかった。
視聴者達がそう認識したと同時に、また画面が切り替わる。
『もう直ぐ、誰も殺さなくていい時代が来る。来させる』
蛇が意匠が施されたフェイスマスクを身に付けた、金髪の男性。司祭アレキサンドライトとして、最近までしょっちゅうメディアに映っていた、モーズである。
彼の言葉には熱が宿っていた。口先だけではない、心の底から放った宣誓。
『私が作ってみせる!!』
断定的な口調には、揺るぎない自信と切実さが滲む。
甘い言葉で飾り、人好きのする笑みを浮かべなくたって、見る者は皆、同じ想いに至ったことだろう。
この人こそが英雄だ、と。
なおこの映像は《暁の悲劇》の記録映像と、アバトン中の監視カメラ映像を基に徐福が独断で編集、配信したのだが、その事実は誰も知らないし、モーズ本人には許可どころか映像の存在すら知らせていない。
肖像権? そんなもの、徐福にとっては些細な問題でしかなかった。
「丁度15時間だね」
「マジかよ……」
手術室の前、壁際に置かれた椅子に座ったパウルが、げんなりと声を漏らしながら壁に背中を預ける。
パウルの眼前には複数のホログラム映像が投影されており、手術室内の映像をリアルタイムで処理、編集をしつつ、外部へ配信を続けていた。大半の編集は人工知能によって自動で行われているものの、ラボには機密情報が多く含まれるため、最終的な確認や取捨選択は人の手が欠かせない。
フリッツは施術が始まってから手術室前へやってきて、パウルと合流。食事の支給やトイレ休憩時などの際に配信作業の交代、とサポートに勤めている。
「調べてみたけど、歴史上では手術完了まで32時間かかったケースもあるみたいだ。それに比べたらまだ半分だね」
「それ21世紀の話だろ! このご時世に日を跨ぐ手術があってたまるかっ! 医師にも患者にも負担が重すぎるっ!」
「うん、そうだね。休憩なしで続けているし……」
ホログラム映像に映るユストゥスらは持ち場から一度も離れる事なく、飲食も排泄も後回しにし、過集中している。長丁場になる事は想定されていた為、小休憩や作業を交代できるよう3人体制にしたというのに、これでは意味がない。
このままでは彼ら自身の身体が危うい。フリッツの胸に、静かな不安が広がった。
「駄目だ。流石に眠い。僕ちょっと仮眠取る……」
「うん。おやすみなさい、パウルくん」
早朝から外部に向けぶっ続けで配信作業に従事していたパウルは、流石に体力の限界がきてしまい、配信管理をフリッツに任せると、ふらふらした足取りで上層階へ移動してしまった。
恐らくベッドがある医務室に向かったと思われる。
一人になった後も、フリッツは席から立つ事なく、ホログラム映像越しに施術の様子を見守り続ける。
それから更に一時間後。
手術室の扉が、開かれた。
「疲れたぁあああ」
「……倒れるのならば、外で頼む……」
「そこはせめてベッドでって言ってくれない~?」
そこから背を丸め両腕をだらんと垂らし、疲労を全身で表しているカールと、身体を僅かによろめかせながら歩く青洲が現れる。
彼らはフリッツに軽く頷きを返すと、上層階へと去って行った。きっとパウルと同じく医務室を目指した事だろう。
そして最後に、ユストゥスが姿を現す。
フリッツは直ぐさま立ち上がり、声をかけた。
「お疲れ様、ユストゥス。長丁場だったね」
「あぁ、待っていてくれたのか。フリッツ」
ユストゥスの声は明らかに疲弊していたが、
「終わったぞ」
背筋を伸ばし肩の力を抜き、短く、されど全てを悟るには十分な言葉を、静かに告げたのだった。
*
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*
臨床試験は成功。
ステージ4まで進行していたジョンの容態を、ステージ3初期の状態まで戻せた。
尤もこれで終わりではない。ジョンの目覚めを待ち、バイタルに齟齬がないか、意識や記憶、身体能力に異常がないか確認する作業が残っている。だがデータ上、再生の経過は順調。深刻な障害は残らないと目されている。
ジョンが目覚めるその時まで、配信は継続。
引き続きカプセル内のコールドスリープが段階的に解かれる様が映し出されていたが、ふと画面が切り替わり、別の風景が映された。
――ブランデンブルク門 。
ドイツ、ベルリンのシンボルとされている門である。
そのまま音声と字幕が流れ、オフィウクス・ラボは11月、ドイツの首都ベルリンにて初の『開放型』特殊学会を開く事を宣言した。これまで特殊学会は、選ばれた医師のみが参加を許された閉鎖的な場であった。それが今回は一般人も参加可能だという、前代未聞の試みとなる。
場所や日程、参加条件などの詳細は後日発表と締め括られ、画面の向こう側の視聴者達がどよめいた。
まさにその時、
『俺、殺したく、なかったんスね。誰も』
男性の声と共に、金髪の女性が画面に映し出される。
周囲には赤い菌糸が張り巡り、女性自身『珊瑚』によって身体が変質してしまっている。
処分対象であるステージ5と、一目でわかる姿。
『ずっと、ずっと……』
その女性はダガーナイフを持つ“誰か”の手を取り、自ら胸に突き刺し――顔の映らない“誰か”の腕の中で、絶命してしまった。
しかしこの震える声で、懺悔に近い言葉を漏らす声の主こそ、彼女を看取った者なのだと、視聴者には自然と伝わった。
そして見る人が見れば、この女性はかつて「偽モーズ」ことペガサス教団の司祭、アレキサンドライトが接触した遺族の、亡き娘である事に気付くだろう。
アレキサンドライトは「娘は悪魔の手によって殺された」と口にしていたが……
悪魔など、いなかった。
視聴者達がそう認識したと同時に、また画面が切り替わる。
『もう直ぐ、誰も殺さなくていい時代が来る。来させる』
蛇が意匠が施されたフェイスマスクを身に付けた、金髪の男性。司祭アレキサンドライトとして、最近までしょっちゅうメディアに映っていた、モーズである。
彼の言葉には熱が宿っていた。口先だけではない、心の底から放った宣誓。
『私が作ってみせる!!』
断定的な口調には、揺るぎない自信と切実さが滲む。
甘い言葉で飾り、人好きのする笑みを浮かべなくたって、見る者は皆、同じ想いに至ったことだろう。
この人こそが英雄だ、と。
なおこの映像は《暁の悲劇》の記録映像と、アバトン中の監視カメラ映像を基に徐福が独断で編集、配信したのだが、その事実は誰も知らないし、モーズ本人には許可どころか映像の存在すら知らせていない。
肖像権? そんなもの、徐福にとっては些細な問題でしかなかった。
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