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251 決意●

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「じゃあ僕は行くよ」
「うむ、達者でな」

 日が昇ると共にオックスはレオンハルト家を後にした。
 見送るワシらを一度も振り向かずに、馬車は朝霧の中へと消えていく。
 オックスがワシにかけた魔導師殺し、レイルリッパーとやらは傷が治れば元に戻るらしい。
 攻撃を当てただけで魔力の回復を絶つとは、中々強力な魔導である。

 それにしてもちょっとクロードの家に挨拶をしに来たつもりだったが、大変な目に遭ってしまったな。
 殆ど寝てないから眠くてたまらん。
 大あくびをしていると、クロードがワシの小指をちょんとつまんできた。

「オックスさん、いい女性ひとが見つかるといいですね」
「……そうだな」

 別れ際、オックスの顔は爽やかなものであった。
 色々と吹っ切れたのだろう、その目は真っ直ぐに前を向いている。
 ウジウジとして少し頼りなさげな雰囲気があったが、今のオックスは堂々としたものである。
 元々イケメンだし、女の一人や二人すぐに見つかるであろう。
 ……ま、ワシ程ではないけどな。

「うむ、見事であるっ!」

 突然背後から聞こえる声。
 クロードの父、アシュトンが妻フローラに寄り添われ立っていた。
 歩み寄ってきたアシュトンは目を輝かせ、がしりと強くワシの手を握り締めてきた。

「ゼフ君、見事な戦いぶりだったよ。黒い魔物を倒したという話、半信半疑だったが間違いないようだな」
「……まぁな」

 テンション上がり過ぎである。
 ドン引きするワシに構わず、アシュトンはずいとこちらに詰め寄ってくる。
 おいおっさん、暑苦しいぞ。

「ゼフ君、キミにならクロードを……いや、レオンハルト家を任せることが出来る!」
「はぁっ!?」
「クロードを貰ってやってほしいのだ」

 おいおい何を言っているのだ。
 婚約の話を断らせる為にワシがオックスを倒したのだろうが。
 困惑するワシを無視してアシュトンは続ける。

「……先日からずっと迷っていたが、ゼフ君程の相手はそう見つからないだろう。頼む!  是非我がレオンハルト家に婿に来てくれないかっ!」
「ちょっと待て、ワシにそのつもりはないぞ……」
「だが少しはそのつもりもあるのではないか? クロードを想う言葉の数々、私は感動させて貰ったよ」
「あー……」

 そう言われてみれば確かに、色々と思わせぶりな事を勢いで喋っていたかもしれない。
 父親である彼が勘違いするのも無理はないだろう。
 その横でフローラもきらきらと期待に満ちた目でワシを見てくる。
 し、視線が痛い……。

「さぁゼフ君、式はいつにする!? 元々そのつもりだったし、準備は既に終わっているぞ」
「クロード、私が結婚式で着たドレスでもいいかしら?」

 ずい、ずいと詰め寄ってくる両親から後ずさると、クロードが絡めていた小指に軽く力を込めてきた。

「ゼフ君……あ、あの……ボクも……」

 そう言って上目遣いにワシを見つめるクロード、その潤んだ瞳に思わず息を呑む。
 くそ、そんな目をされたら逃げられないではないか……えーい仕方ない。
 ワシは大きく息を吐き、覚悟を決めて立ち止まる。

「あーその……なんだ、すまないがワシにはやる事がある。悪いが婿に入ることは出来ないのだ」
「そんな……っ!」

 声を上げる両親、クロードと絡めていた小指がびくんと震える。
 無言のクロードから漂ってくる空気が重苦しい。
 クロードと絡めた小指を握り直し、ワシは続けた。

「しかしクロード、お前を大事に思っているのは間違いないぞ」
「ゼフく――――」

 言いかけたところでその唇を塞ぐ。
 驚きに目を見開いていたクロードだったが、目を閉じワシに身体を預けてきた。
 細い腰を抱き寄せるとクロードの胸がワシの胸板に押し潰され、形を変えている。

 ――――しばし流れる沈黙、ゆっくりと唇を離すと細い糸がつう、と引いて、切れた。
 紅潮したクロードの甘い吐息が鼻をくすぐる。
 虚ろな目でワシを見つめるクロードの髪を優しく梳いてやる。

「……だから今日の所はこれで我慢しろ、お前にいい相手があらわれなかったらその時は貰ってやるよ」
「ぁ……ゼフくん……」

 やれやれ、一番の難敵は攻略できたようである。
 ワシは両親の方を向き直り、クロードを抱き上げた。
 いつもなら可愛らしい悲鳴を上げるのだが、呆けているのか小さく吐息を漏らしたのみだ。

「……というワケだ、悪いがこの辺で失礼させて貰う」
「ま、待ちたまえっ!」

 アシュトンの制止の声に構わず、ワシはクロードを抱きかかえたまま走り去る。
 少しだけ追いかけてきたが、すぐにバテてしまったのか地面に手を突き、ぜいぜいと荒い息を吐いている。
 ……無理をするなよ、おっさん。

 一気にレオンハルト家の敷地を走り抜け、トナミの街を過ぎていく。
 その間ずっとクロードをお姫様抱っこしたままだ。
 道行く人が何事かと言わんばかりの目で見ている。

「……ゼフ君、あの……」
「どうした? クロード」
「いえ……」

 何か言おうとしたのだろうが、すぐに押し黙ってしまう。
 やはり今ので照れているのだろうか。……まぁワシも流石に少し恥ずかしかったが。
 無言が気まずかったのか、クロードが裏返った声で話しかけてくる。

「そ、そういえばゼフ君がさっき言ってた、やりたい事ってなんですかっ?」
「……うむ、五天魔の称号をそろそろ取ろうと思っていてな。もうすぐ天魔祭が開かれる頃だろうし」

 定期的に開かれる天魔祭、確か今回は魄の五天魔が主催のハズである。
 祭りの締めには魄の五天魔の称号、ソウルオブソウルの称号を賭けた号奪戦が行われるのだ。
 連日、経験値の高い黒い魔物を倒し続けたワシのレベルは88まで上がっている。
 まだ全盛期には若干及ばないが、そろそろ五天魔の一人くらい倒せるのではないか。
 決意を胸に、ワシはニヤリと笑う。

「とんだ里帰りだったが、そろそろ首都に戻らねばな……お前もついてきてくれるだろう?」
「……はいっ!」

 勿論です、そう言わんばかりにクロードはワシの首を抱きしめるのであった。


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