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連載
286 ヘリオンの迷宮⑥
しおりを挟む「……セルベリエさん、気絶してますね」
「……うむ」
「……虫、そんなに苦手だったんですね」
「……シルシュ、悪いが二人を任せる」
「……はい」
気絶したセルベリエと女奴隷、二人を守る様にシルシュがその前に立つ。
「念の為、赤くなっておいて貰えるか?」
「えと……そうですね。わかりました」
目を瞑り、精神を集中させていくとシルシュの髪がうっすらと緋色に染まっていく。
原種の獣人であるシルシュは感情が高ぶると髪と瞳が真紅に染まり、理性と引き換えに凄まじい力を発揮するのだ。
今は訓練してある程度コントロール出来るようになったが、強い怒りで狂獣化した際は手がつけられなくなる。
半分程緋色に染まった髪を揺らし、シルシュがこくりと頷く。準備が出来たようである。
自力で狂獣化した場合の戦闘力は若干控えめだが、その分理性も少し残っている。
戦闘不能な二人を守るくらいは十分だろう。
「よし、頼んだぞ」
「は……い……っ!」
二人をシルシュに任せ、サイスドゥーマーに向けて走る。
発狂モードとなったサイスドゥーマーの攻撃範囲は広く、後衛まで被害が及ぶ事が多い。
シルシュたちのカバーが出来るよう、あまり離れ過ぎない方がいいだろう。
「アイン、お前は一旦帰れ」
「はーいはい、都合のいい時だけ呼んどいて、用が済んだらすぐ帰れってね。都合のいい女よ私は」
軽口を叩きながら、大神剣アインベルは光と共に消滅していく。
魔力は温存しながら戦わないとな。
狂獣化したシルシュはエリクシルも使えないし、万が一を考えると大技連発は効率が悪い。
「とぉーりゃっ!」
「ギシシ……!」
レディアの攻撃を長い脚で受け止めたサイスドゥーマーが、顎をカタカタと鳴らし、嗤う。
この挙動、アレが来る!
「皆、気を付けろ!」
「ブルーゲイルっ!」
ワシの言葉とほぼ同時に、ミリィがブルーゲイルを発動した。
サイスドゥーマーを水竜巻が包み込む――――が、サイスドゥーマーには当たっていない。
姿を消したサイスドゥーマーの飛んだ先は、大魔導を撃った直後、無防備なミリィの背後である。
発狂モードとなったサイスドゥーマーの能力はテレポート。
前衛を無視して後衛へも攻撃を加えてくる為、非常にやりづらい。
「んなっ!? い、いきなり後ろにっ!?」
「ミリィちゃんっ!」
ちっ、タイミングが悪かったな。
レディアたちは距離が離れすぎている。ワシが何とかするしかない。
フォローに回るべく、ワシはタイムスクエアを念じる。
時間停止中に念じるのはレッドグローブとブラックブーツを二回ずつ。
――――四重合成魔導、マゼンダコートダブル。
緋と黒、まだら色の魔力がワシの身体を覆い、身体能力が大きく向上する。
一気に加速したワシは、サイスドゥーマーを義手で殴りつけた。
「ガギィっ!?」
「ひゃあっ!?」
よろめいたサイスドゥーマーの長い鎌がミリィのすぐ横に振り下ろされる。
危ない、危機一髪だ。
まぁセイフトプロテクションをかけていたし、喰らっても一撃ではやられんだろうが。
「あ、ありがと……」
「発狂モードとなったサイスドゥーマーはテレポートを使ってくる。あまりワシから離れすぎるなよ」
「ん、わかったっ!」
そう言って、ワシに身体を寄せるミリィ。
だからと言ってくっつきすぎだ。動き難いではないか。
「ギギギ……!」
うめき声を上げながら立ちあがるサイスドゥーマーに、即座に義手で殴りかかる。
テレポートは集中力のいる魔導だ。交戦中に使う事は出来ない。
何度か打ち合ったサイスドゥーマーが大振りの動作を見せた刹那、ワシはタイムスクエアを念じる。
反撃を繰り出そうと試みたようだが時は既に停止中、サイスドゥーマーの狙いはよくわかる。
(右脚でのなぎ払い……!)
次の攻撃、その軌跡を見切りつつグリーンクラッシュを三回念じる。
――――三重合成魔導、グリーンクラッシュトリプル。
拳に乗せて叩き込むと、サイスドゥーマーの身体を凄まじい衝撃が突き抜けた。
打点を中心に、ビシビシと音を立て甲殻がヒビ割れていく。
「ギギィィィアアアアア!!」
たまらず呻き声を上げ、サイスドゥーマーはワシに背を向け逃げ出した。
奴の向かう先にはシルシュ、そして倒れ伏した女奴隷とセルベリエ。
「とおし……ません……っ!」
紅色に染まっていたシルシュの髪が、燃え上がるように揺れた。
飛びかかる直前の猛獣が如く姿勢を屈めていたシルシュが、緋色の一閃を残し、消える。
直後、衝撃波と共にサイスドゥーマーの動きが止まった。
シルシュの拳がヤツの胴体、ワシが先刻攻撃を当てた部分に突き刺さったのだ。
「アァァァアアアア!!」
獣のような咆哮を上げ、シルシュが何度も拳を叩き込んでいく。
そのたびに重低音が何度も響き、サイスドゥーマーの身体が沈んでいく。
狂獣化したシルシュの、手加減の無い連打。
「ガァァァラァァァア!!」
トドメとばかりに振るわれた回し蹴りが、サイスドゥーマーの身体を大きく吹き飛ばした。
ゴロゴロと転がるサイスドゥーマーの向かう先には、クロードとレディアが待ち構えている。
「ようし、よくやったぞシルシュ。どうどう」
「ウゥ……ゥゥゥ……!」
二人に任せてワシはシルシュの頭を撫でつけるようにして押さえた。
狂獣化は暴走と紙一重だからな。あまり長時間使わせるのはマズイ。
まだ興奮しているのか、唸り声をあげている。
さっさとトドメを刺してしまうか……どれ奴の魔力値は、と。
サイスドゥーマー
レベル98
259934/818369
スカウトスコープで見ると、残りの魔力値は25万である。
ならば丁度一撃で削りきれるかもしれない。
「ミリィ、レッドゼロを頼む」
「……まさか、あれをやるつもり?」
「うむ、レディア、クロード! タイミングを見て離れろよ」
「オッケーっ!」
「わかりました」
魔力回復薬を飲み干し、ミリィの手を握って魔力線の流れを合わせていく。
そしておもむろに詠唱を始める。
「――――緋の魔導の神よ。その魔導の教えと求道の極地、達せし我に力を与えよ。紅の刃紡ぎて共に敵を滅ぼさん」
「――――空の魔導の神よ。その魔導の教えと求道の極地、達せし我に力を与えよ。風の刃紡ぎて共に敵を滅ぼさん」
ミリィとワシの詠唱は完全に重なっている。
魔力線の流れもだ……これなら行ける!
「レッドゼロっ!」
「……ブラックゼロ」
――――二重合成大魔導、パイロゼロ。
炎と風の刃が混ざり合い、螺旋を描きながらサイスドゥーマーに放たれた。
慌ててレディアが離れると同時に、炎風の刃が突き刺さる。
刃がその身体を抉るたび、ボロボロと甲殻が、血肉が弾け飛んでいく。
「ギガァァァアアア!?」
断末魔の声を上げ、胴体に風穴の空いたサイスドゥーマーはダンジョンに溶けるように消滅していった。
「やったね!」
「うむ、よくやったぞ」
「にひひ♪ 練習したもんね!」
照れ笑いをするミリィの頭に手を載せ、撫でてやる。
詠唱のあるゼロ同士の合成魔導、練習での成功率は五割以下だが何とか成功したようだ。
ミリィは普段の集中力は低いが、案外本番には強い。行けるとは思っていたがな。
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