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それから約一時間をかけて、俺たちはアリッサの家に辿り着く。
アリッサの家は木造の庭付き一軒家で、どうも彼女一人で住んでいるようだった。
両親がいたらしいが、二人とも昔死んだとかで、詳しい話は聞けなかった。
俺を襲ってきた熊はすぐに解体されて、今はアリッサの家の奥、納屋のような場所に吊り下げられている。
アリッサの解体作業は、動画サイトで見たどれよりも早く、でっかい熊もわずか10分程で捌き終わってしまった。何と言うか無駄のない動きで、一言で言うと、凄い。
山の歩き方といい、アリッサはここでの生活がよほど長いのだろう。
アリッサは俺の事を同業者と言っていたが、俺みたいなニワカとは全然違う。まさにプロの狩人。
俺も何か手伝おうとはしたのだが、残念ながら見ている事しか出来ず、掃除くらいしか出来なかった。
夕食用に使う分の肉を切り取り、俺たちは納屋から家の方へと戻る。
「うへぇ~それにしても今日はよく動いたから、汗でベトベトだよ」
「はは、私もだカナタ。風呂があるから先に入っておくといい」
「おおっ! サンキューアリッサ!」
「汚れた服は風呂場のカゴにでも入れてといてくれ。後で一緒に洗っておこう」
アリッサはあまり気取らない性格で、気兼ねなく話せるいい人だ。
ちょっと変わった喋り方ではあるが相当な美少女だし、森の外へ行けばさぞかしモテるだろう。
それなのにこんな山奥で自然と共に生活をしているのだろうか……何かもったいない。
「湯は家を出る前に張っておいたから、先に入ってくるといい。なんなら背中の一つでも流そうか?」
「なっ……あ、アリッサ!?」
「はは、冗談だよ」
どうやらからかわれてしまったらしい。
汚れた服をカゴの中に入れて浴室へ入ると、中はまるで檜風呂の様で、浴槽にはちゃんと湯が張られていた。湯船に手を入れると、少し温いが確かにお湯である。
狩りに出る前に湯を張っていたと言っていたが、こんなところに電気なんて通っているハズないよなぁ……。一体どうやって保温していたのだろうか。それに風呂場もそうだが、アリッサの家の中は電灯もないのに妙に明るい。
風呂に全身をつかると、木の香りとまるで温泉のようないい匂いが鼻をくすぐり、山歩きの疲れが一気に抜けていく。
大きく息を吐くと、そのあまりの気持ち良さに気絶しそうになるが、家主であるアリッサより先に使わせてもらっているのだ。のんびり気絶している暇などないだろう。
思いきって湯船から上がり、軽く身体を拭いて風呂の外へと出た。
脱衣所にはアリッサが用意してくれたのだろうか、男物の服が置かれていた。
かなりブカブカだ。恐らく死んだ親父さんのモノだろう。少ししんみりしつつ、着替えてアリッサの待つ部屋へと向かう。
「アリッサ、出たよ」
「では私も入ってくるとしようか」
アリッサが風呂へと入る間、荷物に入れていたスマホを取り出す。
……やはり圏外か。それにしてもこの家、電波どころか電気すら通ってなさそうだけど、どういう理屈で明るいんだろうか。
不思議に思い部屋を見渡すと、天井に張られた板が数枚光っているような気がする。
椅子に登って天井の光る木の板に触ると、白熱電灯のように熱い。
埋め込み式の灯りだろうか、流石に外す勇気はない。台所を覗いてみるが、包丁や鍋などの簡単な調理器具があるのみであった。
というかアリッサの家にはテレビやパソコン等の、電化製品が1つも見当たらない。
家の中にあるものは、全て手作りでないかと思うほどに不揃いな家具が置かれているのみである。
まぁあまりじろじろ見るのは失礼かもしれない。所在なく立ち尽くしていると、風呂から上がったのかホカホカと湯気を立ててアリッサが寝間着姿であらわれた。
少し小さな服の下で窮屈そうに上下する胸に視線が引き寄せられるのは、男として仕方ない事だろう。
「私は食事の準備をしてこよう。カナタはそこに座っていてくれ」
「何か手伝おうか?」
「必要ないさ、久しぶりの客人をもてなす私の楽しみを奪ってくれるなよ」
アリッサはにこりと笑い、片腕でちからこぶをつくるようなポーズをとる。
細くて柔らかそうな二の腕だ。
あの細腕のどこに、あんな大熊を射殺すような力があったのだろうか……。
手伝いたい所ではあるが、アリッサがそう言ってくれているのだし、ここは任せるとしよう。
「じゃ、もてなされます」
「任せてくれ」
アリッサはエプロンをつけ、鼻唄を歌いながら奥の部屋に向かっていった。
少し足がいびつな椅子に腰掛けて待っていると、台所からトントンと包丁の踊るリズミカルな音が聞こえてくる。
肉を切り終えたアリッサはそれを焼く作業に入ったようで、ジュワァと肉の焼ける音と共にいい匂いが漂ってきた。昼から何も食っていない上に今日はずっと歩きっぱなしだったのだ。さっきから腹がぐるぐると鳴りっぱなしである。
――――そして待つ事しばし、
「出来たぞ、カナタ!」
「おお~待ってました!」
アリッサの運んできた料理がテーブルの上に並んでいく。
出てきたのは木や石を整えて作った皿に盛られ、香ばしく焼き上げられた分厚い肉と食べやすいサイズに切り分けられた生野菜。
俺の知っている料理で一番近いものを上げるとすれば、それはステーキとサラダである。
しかしそんなぶっきらぼうな見た目を覆すほどの圧倒的肉の香ばしさ、輝くような野菜の瑞々しさ。
目と鼻を大いに刺激され、俺の胃袋がぐぅうと今日最大の音を鳴らす。
「先刻の肉を焼いて、香草で香りをつけたものだ。口に合うといいのだが」
「美味そう!」
「ふふ、そう言ってくれるとありがたい」
いただきます、と手を合わせ俺はナイフで肉を切り分け、フォークで口に運んでいく。
熱々の肉を噛み締めるたび、その筋繊維がほぐれ、そこから溢れ出す肉汁が口一杯に広がっていく。
「……美味いっ!」
「そうだろうっ!」
ステーキ自体は単に肉を焼いただけのシンプルなものではあるが、その焼き具合は芸術レベルにまで仕上げられていた。
柔らかな肉を噛むと繊維がぱらぱらほどけ、その一本一本に肉汁がぎゅっと詰まっており、噛み潰すたびに、口の中に肉のジューシーな味わいが広がっていく。
香草の香りが更に食欲をそそり、いくらでも入りそうだ。
これがジビエ、初めて食べたが予想してたより癖もなく、柔らかい。
今まで食べてきたどんな肉よりも美味しく感じる。やはり新鮮な肉だからだろうか。
(今度はサラダを……)
お椀に乗った見た事のない緑と赤の葉に、フォークで突き刺すと、瑞々しい弾力が返ってくる。ザクリと心地よい音と共にフォークに刺さった野菜を、口の中にほおばった。
――――これも絶品だ。
色とりどりの野菜を噛むたびにとシャキシャキと弾けるような食感。ただの野菜ではない、肉に合わせられたそれは、飲み込むと肉の油を洗い清め、すっきりとした食後感になっている。
この辺りの野草なのだろうが、アクも苦味もなく、ドレッシングなどかけなくても十分に味が濃い。
「こっちも美味しいよ」
「それはよかった」
俺がステーキとサラダを交互に口に運んでいく様を、アリッサは嬉しそうに眺めていた。
俺の前に並べられていた食事は、見る見る内になくなっていく。
「しかしすごい食欲だなカナタ……」
「今日は歩きっぱなしで腹減ってたしさ、それを抜きにしてもすげー美味いし」
「そこまで喜んでくれたら、こちらも作った甲斐があると言うものだ。よかったらまだ肉は焼いてあるし、持ってこようか?」
「うん、頼むよアリッサ」
アリッサは笑いながら、台所から分厚いステーキをもう一枚俺の皿に追加する。
その間、俺はボウルに盛られていたサラダを、自分の皿の中にもりもりと突っ込んだ。
うーんそれにしても美味い。
(でもあれがあれば、もっと……)
サラダと言えばアレだろう。
ごそごそと床に置いていたリュックを弄る。
確かこの辺りに……あった!
取り出したるは、少し黄色がかかった白い液体入りのプラスチック容器。アリッサはそれを不思議そうな顔で見ている。
「カナタ、何だそれは?」
「マヨネーズだよ」
ただしお手製である。専用の容器に入れられた俺お手製のマヨネーズは、市販のモノよりかなり白い。野草に合うように調合してあり、山歩きで腹が減った時などにこれで野草を食べ、飢えをしのぐのだ。
マヨネーズの蓋をあけてサラダにかけていく。
そしておもむろに一口……うん、美味い!
野菜だけでは少し水っぽかったサラダだが、しかしそれはマヨネーズによって彩られ、甘酸っぱい味がサラダの魅力をさらに引き出す。
アリッサは俺がマヨネーズをかけ美味しそうに食べているのを、興味深そうに見ている。
すごく物欲しそうな目だ。
「コレ、使う? アリッサ?」
「……いいのか?」
「もちろん」
「では遠慮なく」
アリッサにマヨネーズを渡すと、両手で恐る恐る肉に絞り出していく。
っておい肉にかけるのかよ! ……まぁいいけどさ。
そして一口の大きさに切った肉を、小さく開けた口に放り込む。
頬張った肉をもぐもぐと噛みしめるアリッサは、ごくんと飲み込んで大きく息を吐いた。
「……美味いっ!」
アリッサは目を輝かせ、ぱくぱくと肉を口に運んでいく。
満足して頂けたようでなによりだ。
しかし肉にマヨネーズ……マジに美味いのだろうか。
「なぁカナタ! このマヨネーズというの、もっと使っても構わないか?」
「好きにしなよ。野菜にかけて食べるのも美味しいぜ」
「……本当だっ! これはすごいぞカナタ!」
アリッサが美味しそうに食べてくれる姿を見るのは、中々気分がいい。彼女もきっと同じ気分だったのだろう。
結局アリッサの食事が終わる頃には俺のマヨネーズは半分くらいになっていた。
喜んでくれるのはうれしいが、あまりマヨネーズをつけて食べるのは身体に悪いと思う……。
「いやぁ~美味かった。こんなに美味しい食事を食べたのは生まれて初めてかもしれないな」
「俺もだよアリッサ。ごちそうさま」
満足そうにぽんぽんと腹を撫でるアリッサに、俺も同意する。
アリッサはマヨネーズが大層お気に召したようで、口をつけてそのまま飲もうとしていた程だ。
……流石に止めたが。
しかし運がよかった。こんなところでジビエをごちそうになれるとは。しかもこんな美少女に。
自力で獲れればもっとよかったんだけど、それはまた次の機会にだな。
アリッサに獣の狩りの仕方を教えて貰うのもいいかもしれない。あーでも明後日は学校があるんだよなぁ。名残惜しいけど明日は森から出ないと……。
考え込んでいると、俺の腹がゴロゴロと鳴り始めた。
「あ、あれ……?」
身体が、熱い。目の前がぐるぐるとまわる感覚。
「どうしたカナタ? ……おい、カナタっ!?」
心配そうなアリッサの声、大丈夫と言いたいが、その声もでない。
腹を押さえて椅子にうずくまり、俺は机の上に突っ伏してしまった。
目の前が真っ暗になり、アリッサが俺を呼ぶ声だけがどんどん遠くなっていく。
――――翌日、目が覚めると俺はベッドの上にいた。
昨日ぶっ倒れてしまったのを、アリッサが寝かせてくれたのだろう。疲れていたのだろうか、情けない事である。
(そういえばアリッサは……?)
近くにたたまれていた服を着て、家の中を探すがアリッサの姿は見当たらない。
飲みかけのコップが置かれているので、遠くへは行ってないはずなのだが。
キョロキョロと室内を見渡すと、アリッサの下着らしきものを見つけ、つい目を逸らす。
そして目を逸らした先、窓の外にアリッサの姿が見えた。
声をかけようと窓に近づくと、アリッサの身体が薄く光っているのが見える。不思議に思い近づくと、彼女も俺の事に気づいたようだ。
「おはよう、起きたんだな。身体は大丈夫か? カナタ」
「あぁもう平気だよ。おはようアリッサ」
扉を開けてアリッサの元へ行く。近くで見てもやはりその身体は光っているようだ。
よく目を凝らしてみると、むしろ彼女を包む光が濃くなったようにすら感じる。
暖かくどこか優しい、太陽のような光。
「アリッサ……何か身体が光ってない?」
「ん? あぁこれは魔力による光だよ。私は鍛えているから普通より少し濃いんだ。……とはいえ別段不思議なものでもあるまい?」
不思議に思い尋ねてみたが、不思議な答えが返ってきた。
魔力、と言われても初めて聞く単語である。
いや正確には初めてではない。
聞いた事はある。
――――ゲームやアニメの中で、だが。
「カナタの身体からも出ているじゃないか」
「へっ?」
間抜けな返事を返しながらも自身の身体をよぉく見ると、確かにうっすらとモヤのようなものが俺を纏っているのが見える。
な、なんだこりゃ!? いつの間にこんなものが……?
「魔力、生きとし生けるものならば、誰もが多少なりとも持っている力だよ。世界樹の加護とも言われている……知っているだろう?」
「いや知らんけど……そもそも世界樹って何なのさ」
「あそこにあるではないか」
「あそこ?」
アリッサが空を指差すと、森に差す木漏れ日の向こう、空の彼方にまた森が見えた。
空に森、いや違う、確かに葉が生い茂っているが、あれは森じゃあない。あれは――――枝だ。
枝の根元には、空に真っ直ぐ生える一本の太い幹が地面から突き出ている。
幹は雲を突き抜け更に高く、その先は下手したら成層圏まで伸びているのではないだろうか。
滅茶苦茶デカい、樹。
あんなデカい樹は、俺のいた街には……日本には、世界中どこにもない。あるハズがない。
「世界の中心に根付く大樹、我々は世界樹と呼んでいる」
うっとりと、世界樹とやらに見とれるアリッサの髪が揺れ、横に長く伸びた耳が見えた。
それを見た瞬間、俺の脳裏にある単語が浮かぶ。
ファンタジー等でよくある、長耳長寿の種族。
――――エルフ。
「……えと、アリッサって何歳?」
「何だ藪から棒に……125歳だよ。女性に年を聞くのは失礼だぞ」
照れくさそうに顔を赤らめるアリッサさん125歳に、俺は引きつり笑いしか返せない。
どうやら俺は、いつの間にか異世界に迷い混んでしまったようである。
アリッサの家は木造の庭付き一軒家で、どうも彼女一人で住んでいるようだった。
両親がいたらしいが、二人とも昔死んだとかで、詳しい話は聞けなかった。
俺を襲ってきた熊はすぐに解体されて、今はアリッサの家の奥、納屋のような場所に吊り下げられている。
アリッサの解体作業は、動画サイトで見たどれよりも早く、でっかい熊もわずか10分程で捌き終わってしまった。何と言うか無駄のない動きで、一言で言うと、凄い。
山の歩き方といい、アリッサはここでの生活がよほど長いのだろう。
アリッサは俺の事を同業者と言っていたが、俺みたいなニワカとは全然違う。まさにプロの狩人。
俺も何か手伝おうとはしたのだが、残念ながら見ている事しか出来ず、掃除くらいしか出来なかった。
夕食用に使う分の肉を切り取り、俺たちは納屋から家の方へと戻る。
「うへぇ~それにしても今日はよく動いたから、汗でベトベトだよ」
「はは、私もだカナタ。風呂があるから先に入っておくといい」
「おおっ! サンキューアリッサ!」
「汚れた服は風呂場のカゴにでも入れてといてくれ。後で一緒に洗っておこう」
アリッサはあまり気取らない性格で、気兼ねなく話せるいい人だ。
ちょっと変わった喋り方ではあるが相当な美少女だし、森の外へ行けばさぞかしモテるだろう。
それなのにこんな山奥で自然と共に生活をしているのだろうか……何かもったいない。
「湯は家を出る前に張っておいたから、先に入ってくるといい。なんなら背中の一つでも流そうか?」
「なっ……あ、アリッサ!?」
「はは、冗談だよ」
どうやらからかわれてしまったらしい。
汚れた服をカゴの中に入れて浴室へ入ると、中はまるで檜風呂の様で、浴槽にはちゃんと湯が張られていた。湯船に手を入れると、少し温いが確かにお湯である。
狩りに出る前に湯を張っていたと言っていたが、こんなところに電気なんて通っているハズないよなぁ……。一体どうやって保温していたのだろうか。それに風呂場もそうだが、アリッサの家の中は電灯もないのに妙に明るい。
風呂に全身をつかると、木の香りとまるで温泉のようないい匂いが鼻をくすぐり、山歩きの疲れが一気に抜けていく。
大きく息を吐くと、そのあまりの気持ち良さに気絶しそうになるが、家主であるアリッサより先に使わせてもらっているのだ。のんびり気絶している暇などないだろう。
思いきって湯船から上がり、軽く身体を拭いて風呂の外へと出た。
脱衣所にはアリッサが用意してくれたのだろうか、男物の服が置かれていた。
かなりブカブカだ。恐らく死んだ親父さんのモノだろう。少ししんみりしつつ、着替えてアリッサの待つ部屋へと向かう。
「アリッサ、出たよ」
「では私も入ってくるとしようか」
アリッサが風呂へと入る間、荷物に入れていたスマホを取り出す。
……やはり圏外か。それにしてもこの家、電波どころか電気すら通ってなさそうだけど、どういう理屈で明るいんだろうか。
不思議に思い部屋を見渡すと、天井に張られた板が数枚光っているような気がする。
椅子に登って天井の光る木の板に触ると、白熱電灯のように熱い。
埋め込み式の灯りだろうか、流石に外す勇気はない。台所を覗いてみるが、包丁や鍋などの簡単な調理器具があるのみであった。
というかアリッサの家にはテレビやパソコン等の、電化製品が1つも見当たらない。
家の中にあるものは、全て手作りでないかと思うほどに不揃いな家具が置かれているのみである。
まぁあまりじろじろ見るのは失礼かもしれない。所在なく立ち尽くしていると、風呂から上がったのかホカホカと湯気を立ててアリッサが寝間着姿であらわれた。
少し小さな服の下で窮屈そうに上下する胸に視線が引き寄せられるのは、男として仕方ない事だろう。
「私は食事の準備をしてこよう。カナタはそこに座っていてくれ」
「何か手伝おうか?」
「必要ないさ、久しぶりの客人をもてなす私の楽しみを奪ってくれるなよ」
アリッサはにこりと笑い、片腕でちからこぶをつくるようなポーズをとる。
細くて柔らかそうな二の腕だ。
あの細腕のどこに、あんな大熊を射殺すような力があったのだろうか……。
手伝いたい所ではあるが、アリッサがそう言ってくれているのだし、ここは任せるとしよう。
「じゃ、もてなされます」
「任せてくれ」
アリッサはエプロンをつけ、鼻唄を歌いながら奥の部屋に向かっていった。
少し足がいびつな椅子に腰掛けて待っていると、台所からトントンと包丁の踊るリズミカルな音が聞こえてくる。
肉を切り終えたアリッサはそれを焼く作業に入ったようで、ジュワァと肉の焼ける音と共にいい匂いが漂ってきた。昼から何も食っていない上に今日はずっと歩きっぱなしだったのだ。さっきから腹がぐるぐると鳴りっぱなしである。
――――そして待つ事しばし、
「出来たぞ、カナタ!」
「おお~待ってました!」
アリッサの運んできた料理がテーブルの上に並んでいく。
出てきたのは木や石を整えて作った皿に盛られ、香ばしく焼き上げられた分厚い肉と食べやすいサイズに切り分けられた生野菜。
俺の知っている料理で一番近いものを上げるとすれば、それはステーキとサラダである。
しかしそんなぶっきらぼうな見た目を覆すほどの圧倒的肉の香ばしさ、輝くような野菜の瑞々しさ。
目と鼻を大いに刺激され、俺の胃袋がぐぅうと今日最大の音を鳴らす。
「先刻の肉を焼いて、香草で香りをつけたものだ。口に合うといいのだが」
「美味そう!」
「ふふ、そう言ってくれるとありがたい」
いただきます、と手を合わせ俺はナイフで肉を切り分け、フォークで口に運んでいく。
熱々の肉を噛み締めるたび、その筋繊維がほぐれ、そこから溢れ出す肉汁が口一杯に広がっていく。
「……美味いっ!」
「そうだろうっ!」
ステーキ自体は単に肉を焼いただけのシンプルなものではあるが、その焼き具合は芸術レベルにまで仕上げられていた。
柔らかな肉を噛むと繊維がぱらぱらほどけ、その一本一本に肉汁がぎゅっと詰まっており、噛み潰すたびに、口の中に肉のジューシーな味わいが広がっていく。
香草の香りが更に食欲をそそり、いくらでも入りそうだ。
これがジビエ、初めて食べたが予想してたより癖もなく、柔らかい。
今まで食べてきたどんな肉よりも美味しく感じる。やはり新鮮な肉だからだろうか。
(今度はサラダを……)
お椀に乗った見た事のない緑と赤の葉に、フォークで突き刺すと、瑞々しい弾力が返ってくる。ザクリと心地よい音と共にフォークに刺さった野菜を、口の中にほおばった。
――――これも絶品だ。
色とりどりの野菜を噛むたびにとシャキシャキと弾けるような食感。ただの野菜ではない、肉に合わせられたそれは、飲み込むと肉の油を洗い清め、すっきりとした食後感になっている。
この辺りの野草なのだろうが、アクも苦味もなく、ドレッシングなどかけなくても十分に味が濃い。
「こっちも美味しいよ」
「それはよかった」
俺がステーキとサラダを交互に口に運んでいく様を、アリッサは嬉しそうに眺めていた。
俺の前に並べられていた食事は、見る見る内になくなっていく。
「しかしすごい食欲だなカナタ……」
「今日は歩きっぱなしで腹減ってたしさ、それを抜きにしてもすげー美味いし」
「そこまで喜んでくれたら、こちらも作った甲斐があると言うものだ。よかったらまだ肉は焼いてあるし、持ってこようか?」
「うん、頼むよアリッサ」
アリッサは笑いながら、台所から分厚いステーキをもう一枚俺の皿に追加する。
その間、俺はボウルに盛られていたサラダを、自分の皿の中にもりもりと突っ込んだ。
うーんそれにしても美味い。
(でもあれがあれば、もっと……)
サラダと言えばアレだろう。
ごそごそと床に置いていたリュックを弄る。
確かこの辺りに……あった!
取り出したるは、少し黄色がかかった白い液体入りのプラスチック容器。アリッサはそれを不思議そうな顔で見ている。
「カナタ、何だそれは?」
「マヨネーズだよ」
ただしお手製である。専用の容器に入れられた俺お手製のマヨネーズは、市販のモノよりかなり白い。野草に合うように調合してあり、山歩きで腹が減った時などにこれで野草を食べ、飢えをしのぐのだ。
マヨネーズの蓋をあけてサラダにかけていく。
そしておもむろに一口……うん、美味い!
野菜だけでは少し水っぽかったサラダだが、しかしそれはマヨネーズによって彩られ、甘酸っぱい味がサラダの魅力をさらに引き出す。
アリッサは俺がマヨネーズをかけ美味しそうに食べているのを、興味深そうに見ている。
すごく物欲しそうな目だ。
「コレ、使う? アリッサ?」
「……いいのか?」
「もちろん」
「では遠慮なく」
アリッサにマヨネーズを渡すと、両手で恐る恐る肉に絞り出していく。
っておい肉にかけるのかよ! ……まぁいいけどさ。
そして一口の大きさに切った肉を、小さく開けた口に放り込む。
頬張った肉をもぐもぐと噛みしめるアリッサは、ごくんと飲み込んで大きく息を吐いた。
「……美味いっ!」
アリッサは目を輝かせ、ぱくぱくと肉を口に運んでいく。
満足して頂けたようでなによりだ。
しかし肉にマヨネーズ……マジに美味いのだろうか。
「なぁカナタ! このマヨネーズというの、もっと使っても構わないか?」
「好きにしなよ。野菜にかけて食べるのも美味しいぜ」
「……本当だっ! これはすごいぞカナタ!」
アリッサが美味しそうに食べてくれる姿を見るのは、中々気分がいい。彼女もきっと同じ気分だったのだろう。
結局アリッサの食事が終わる頃には俺のマヨネーズは半分くらいになっていた。
喜んでくれるのはうれしいが、あまりマヨネーズをつけて食べるのは身体に悪いと思う……。
「いやぁ~美味かった。こんなに美味しい食事を食べたのは生まれて初めてかもしれないな」
「俺もだよアリッサ。ごちそうさま」
満足そうにぽんぽんと腹を撫でるアリッサに、俺も同意する。
アリッサはマヨネーズが大層お気に召したようで、口をつけてそのまま飲もうとしていた程だ。
……流石に止めたが。
しかし運がよかった。こんなところでジビエをごちそうになれるとは。しかもこんな美少女に。
自力で獲れればもっとよかったんだけど、それはまた次の機会にだな。
アリッサに獣の狩りの仕方を教えて貰うのもいいかもしれない。あーでも明後日は学校があるんだよなぁ。名残惜しいけど明日は森から出ないと……。
考え込んでいると、俺の腹がゴロゴロと鳴り始めた。
「あ、あれ……?」
身体が、熱い。目の前がぐるぐるとまわる感覚。
「どうしたカナタ? ……おい、カナタっ!?」
心配そうなアリッサの声、大丈夫と言いたいが、その声もでない。
腹を押さえて椅子にうずくまり、俺は机の上に突っ伏してしまった。
目の前が真っ暗になり、アリッサが俺を呼ぶ声だけがどんどん遠くなっていく。
――――翌日、目が覚めると俺はベッドの上にいた。
昨日ぶっ倒れてしまったのを、アリッサが寝かせてくれたのだろう。疲れていたのだろうか、情けない事である。
(そういえばアリッサは……?)
近くにたたまれていた服を着て、家の中を探すがアリッサの姿は見当たらない。
飲みかけのコップが置かれているので、遠くへは行ってないはずなのだが。
キョロキョロと室内を見渡すと、アリッサの下着らしきものを見つけ、つい目を逸らす。
そして目を逸らした先、窓の外にアリッサの姿が見えた。
声をかけようと窓に近づくと、アリッサの身体が薄く光っているのが見える。不思議に思い近づくと、彼女も俺の事に気づいたようだ。
「おはよう、起きたんだな。身体は大丈夫か? カナタ」
「あぁもう平気だよ。おはようアリッサ」
扉を開けてアリッサの元へ行く。近くで見てもやはりその身体は光っているようだ。
よく目を凝らしてみると、むしろ彼女を包む光が濃くなったようにすら感じる。
暖かくどこか優しい、太陽のような光。
「アリッサ……何か身体が光ってない?」
「ん? あぁこれは魔力による光だよ。私は鍛えているから普通より少し濃いんだ。……とはいえ別段不思議なものでもあるまい?」
不思議に思い尋ねてみたが、不思議な答えが返ってきた。
魔力、と言われても初めて聞く単語である。
いや正確には初めてではない。
聞いた事はある。
――――ゲームやアニメの中で、だが。
「カナタの身体からも出ているじゃないか」
「へっ?」
間抜けな返事を返しながらも自身の身体をよぉく見ると、確かにうっすらとモヤのようなものが俺を纏っているのが見える。
な、なんだこりゃ!? いつの間にこんなものが……?
「魔力、生きとし生けるものならば、誰もが多少なりとも持っている力だよ。世界樹の加護とも言われている……知っているだろう?」
「いや知らんけど……そもそも世界樹って何なのさ」
「あそこにあるではないか」
「あそこ?」
アリッサが空を指差すと、森に差す木漏れ日の向こう、空の彼方にまた森が見えた。
空に森、いや違う、確かに葉が生い茂っているが、あれは森じゃあない。あれは――――枝だ。
枝の根元には、空に真っ直ぐ生える一本の太い幹が地面から突き出ている。
幹は雲を突き抜け更に高く、その先は下手したら成層圏まで伸びているのではないだろうか。
滅茶苦茶デカい、樹。
あんなデカい樹は、俺のいた街には……日本には、世界中どこにもない。あるハズがない。
「世界の中心に根付く大樹、我々は世界樹と呼んでいる」
うっとりと、世界樹とやらに見とれるアリッサの髪が揺れ、横に長く伸びた耳が見えた。
それを見た瞬間、俺の脳裏にある単語が浮かぶ。
ファンタジー等でよくある、長耳長寿の種族。
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「……えと、アリッサって何歳?」
「何だ藪から棒に……125歳だよ。女性に年を聞くのは失礼だぞ」
照れくさそうに顔を赤らめるアリッサさん125歳に、俺は引きつり笑いしか返せない。
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菻莅❝りんり❞
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貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
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