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「グルルルル……」
おっと、驚いている暇はない。
吹き飛ばされたのも大して効いてないのか、毛長犬が壁の破片からのそのそと起き上がって、唸り声を上げてくる。
「ちっ……」
まるで獣のように異形と化した手を、毛長犬に向けて威嚇するように構えた。
異形の手ではあるが、素手よりは遥かに頼り甲斐がある。
毛長犬も先刻より俺を警戒している様子で、グルルと唸りながら俺の周りを回っている。
「バウッ!!」
チッ、俺の意識が逸れた不意を突き、このクソ犬飛びかかって来やがった。
凄まじいスピードで飛びかかって来る毛長犬、その分厚い毛の奥から覗く、光る眼と牙が恐怖を煽る。
「おりゃあっ!」
獣化した腕で毛長犬を薙ぎ払うが、その瞬間ヤツの毛が鋭く尖り、針のように鋭く尖った金毛が俺の腕に突き刺さる。
「ってぇ……っ!?」
と、条件反射で声を出すが別段大した痛みはない。恐らくはこの獣化した手が魔力で具現化した「手袋」だから、魔力の部分が障壁となり、俺の肉体までは届かなかったのだろう。
しかしあの柔らかそうな毛を一瞬で尖らせてくるとは、流石は異世界の獣というべきか。ハリネズミみたいな奴である。
長い金毛が突き刺さった腕をブンブン振り回すと、諦めたのか毛を柔らかくし、俺から離れてくるりと着地する。
そしてまた、俺に向かってきた。
毛長犬の目にはもはや警戒の色はなく、俺など恐れるものではないと思っているのだろう。
俺をナメきって飛びかかってくる毛長犬のニヤついた顔が、ふいに驚愕に歪む。
その直後、飛びかかってきたはずの毛長犬は明後日の方向へと突っ込んでいった。
「……え?」
後ろの草むらを覗き込むと、毛長犬がぴくぴくと痙攣しながら倒れていた。その背中には見覚えのある一本の矢が突き刺さっている。
あの矢はアリッサのものだ。
「カナタ!」
直後、アリッサの声が森の奥から聞こえ、すぐにガサガサと草をかき分けて心配そうな顔であらわれる。
無傷である俺を見て、ホッとしたような顔をしている。
「……ところでカナタ、その手は?」
俺のまるで獣のように変化した腕に気付いたようだ。
というか俺も今思い出した。
何と説明したものか、俺にも説明不明なこの状況にあたふたとしていると、獣化した腕が元に戻ってしまった。
しかしアリッサには見当がついたようで、ふむと頷いた後、俺に尋ねる。
「……今の、もう一度やってみて貰えるか?」
「ん、わかった」
必死過ぎて無我夢中だったけど、あの時は確か手に全ての魔力を集中させたような気がしたな。
再現を試み、手に全身の魔力を集中させていく。
すると徐々に手に集まった魔力が色形を帯び始め、先刻のような獣の手に変わっていった。
生成の瞬間をじっくり見ててわかったが、やはりこれは魔力を変成させて作ったモノのようである。
それにしてもこの手、何か熊に似てるよなぁ。
「成程、やはり魔術だったか」
魔術、何ともティーンエイジャーを刺激する単語があらわれた。俺は前のめりになりたいのを何とかこらえつつ聞い直す。
「……魔術ってのは?」
「魔力を用いた技術の総称だ。何種類かの系統に分類されており私も少しは使えるが……カナタのは恐らく特異魔術と呼ばれるモノだろう」
特異魔術、異世界に来た事で、俺は魔力に目覚めたが、特異魔術を得たのもその影響だろうか、まぁ何せ異世界だ。何が起きても不思議ではないか。
ここに来る前に襲われた熊のインパクトで力の象徴=熊、みたいな方程式が俺の中で出来上がり、特異魔術として発現してしまったのだろう。
手をぐっぱしながら考えていると、アリッサは倒れた毛長犬から矢を抜いて俺の方を向く。
「それにしても無事でよかったなカナタ。こいつはワイアドバウ。長く強靭な毛で覆われた身体は並みの攻撃では傷ひとつつかない。魔力で毛を強化して鋭く尖らせたりもする。この辺りではそれなりに警戒すべき獣だよ。私が留守の間に肉の匂いに釣られて来たのだろう、不覚だった。すまない」
「いやいや、留守番が俺の仕事だろ? 仕事が出来たから追い出されなくて済むというもんだ」
「ん、別にあれはそういうつもりで言ったワケでは……」
ぽりぽりと照れくさそうに頬をかくアリッサは、話を変えるようにワイアドバウが壊した壁へと歩き出す。
「そ、それよりこの壁を直さなければな。穴が開いてしまったし」
「ごめんアリッサ。俺も必死だったから……」
「気にする事はない」
破壊された壁の前に立ち尽くす俺とアリッサ。
うーんひどい。どっから手をつけたらいいものか。
アリッサの家は全て木で出来ているが、どうにも構造かは不明である。
あえていうと、昔の日本の建築みたいにはめ込み式で作っているように、見える。
「てかこの壁、どんな原理で作ってんの?」
「私の魔術で結合してあるのだよ。まぁ見ていろ」
魔術で何でも出来るんだな。魔術万能論。
アリッサが穴の開いた壁に木の破片を立てかけて嵌め合わて魔力を集中させていくと、バラバラになった木が成長して互いを結合していく。
終わったら次の板を、それが終わったら次の……何度か繰り返すと壁は完全に塞がってしまった。
「木片に魔力を注ぎ込み、強制的に成長させる事で小さな隙間を埋めるように結合させているのさ」
「へぇ~すごいなアリッサ」
「これが樹術、私の唯一使える魔術だ」
――――樹術とは、樹や草花に魔力を注ぎ込み、その性質を強化し指向性を持たせるというもの。
アリッサの家にあるシステムは全てこの樹術で成り立っており、熱を起こす火炎葉、水を蓄える貯水草、うっすら光る蛍光桐、これらの自然にある草花を、樹術で大幅に強化して利用しているそうだ。
戦闘には向かないと言っていたが、その分生活する上ではかなり便利な魔術である。
風呂や洗濯、明かりに暖房冷房など、その効果は多岐にわたる。
「その樹術ってやつ、俺にも出来る?」
「いや、魔術は本人の魔力の質によって使う事が出来る範囲が限られる。一人一つ、カナタは特異魔術、私は樹術しか使えないのだ……試してみるか? カナタ、この葉を指で擦ってみろ」
モミジのような葉っぱ。魔力を込めて擦ってみるが、うんともすんとも言わない。
首を振ってアリッサに返すと、彼女は葉を細い指に魔力を込めて軽く擦った。
すると、ボウと小さな火が葉に灯り、アリッサはそれを吹き消す。
「樹術、シードファイア。件の火炎葉に魔力を込めて操作すると、その過多で熱や炎を発生させることが出来る。敷き詰めて風呂の熱源にしたり、料理の時にも使えるのだよ」
「おおー便利だなー」
「……カナタだって私にできないことが出来るのだから、おあいこだ」
「あはは、わかってるさ」
からかうように笑うと、アリッサはそれに気づいたのか少し不機嫌そうに頬を膨らませるのだった。
――――夕食、テーブルに出されたのはアリッサが仕留めたワイアドバウの肉である。
アリッサによるとワイアドバウは分厚い毛で覆われており大きく見えるが、実は身が少なくあまり食べる所はないらしい。着やせするタイプなのだろう。
骨とまとめて切り分けられた肉を丸ごと焼いたモノ、スペアリブに近いかもしれない。
昨日の熊よりは味が濃く、歯応えがある。骨の周りの肉には特に脂が乗っており、噛むと肉汁が溢れてくる。
「これも美味いな!」
「うむ、マヨネーズをかければ完璧だ」
アリッサはまたもマヨネーズをたっぷりかけて、美味しそうに肉を頬張っていた。
どんだけマヨネーズ好きなんだよ。これがマヨラーという奴なのだろうか。
それにしても異世界は本当に美味い物だらけだ。
日本の食文化は最高レベルだと信じてきたが、殆ど煮たり焼いたりしただけでこの美味さはヤバい。
もっとこの異世界を巡って、色々なものを食べてみたい。
(出来ればアリッサと二人で……)
ちらり、とアリッサの方を見ると、その尖った耳が目に入る。
「そういえばアリッサはエルフなんだよな」
「あぁハーフだがな。父がエルフでな、人間である母がこの世界樹の森を調査する際、母の案内役をしていたらしい。それがきっかけで二人はこの家で暮らすようになって、私が生まれたのだよ。この家はその、忘れ形見さ」
寂しそうな顔をするアリッサ。少し地雷を踏んでしまったかもしれない。
話題を変えてみるか。
「聞きたいんだけどさ、昨日のデカい熊……グリーズだっけ? アリッサがあいつを仕留めた時は、魔力を使っていたんだよな」
「あぁ、上手くコントロール出来れば身体能力を大幅に向上させる事が出来る」
「あっちは俺にも出来る?」
「うむ、あれは魔力を用いた身体強化だから、修練を積めば誰にでも出来るよ」
高い才能か長い修練が必要だがな、と続けるアリッサ。聞けばアリッサは魔力を扱う才能が全くなかったらしく、それでも諦めずに修練を続けて何とかここまで魔力を扱えるようになったとか。
「よかったら俺にも、魔力の使い方を教えてくれないか?」
「私のは殆ど自己流だし、参考にならないかもしれないぞ。それでもよければ」
「勿論さ!? ありがとうアリッサ!」
「む……ぅ……」
アリッサの両手を握ると、少し照れた様に目を逸らした。
俺から顔を背けたまま、アリッサは少し上ずった声で口を開く。
「だ、だが私の修行は甘くないぞ! 明日からなどとなまっちょろい! 今日からやるぞ!」
「おうとも!」
アリッサは立ち上がり足早に部屋へと歩いていく。
なんか……気合い入ってたな。
教えてくれるアリッサがやる気を出してくれてるんだ、俺も気合い入れないとな。
ばちんと頬を叩いて気を入れ直す。
戸惑うようにドアを開け、アリッサはベッドの上にぽすんと腰を下ろした。
その顔はほんのりと赤い気がする。
「ではそこに座れ、カナタ」
「わかった」
ベッドに座るアリッサの正面にある椅子に座った。
近くに来ると、アリッサの服の下からその身体の輪郭がうっすらと見え、ドキドキと心臓が高鳴る。
「……魔力について聞きたいのだったな」
こくりと頷く。
煩悩を振り払え、でなければ教えてくれるアリッサに失礼だ。
「……うん、まず魔力自体は動物や草花でも持っているが、その力を十全に発揮するには確固たる信念が必要となる。けして折れぬ、砕けぬ心の柱……それを支えとして強力な力を得る。強い生きるという意志……だから本能で生きる獣の持つ魔力は強いのだよ」
「信念に本能……か。成程ね」
「私たちエルフは、昔から世界樹を信仰し崇める事で魔力を持つ事を実現している。樹術を使えるのはその影響が強いのだろうな」
生きる意思、強い信念が強い魔力を生むって事か。
俺も確かに、死にたくないという意志で獣の手を発現させた気がする。
「しかし魔力を完全にコントロールするのは難しい。私も小さい頃から父に習っていたが、樹術を使えるようになるまでで5年はかかったかな。ま、私は魔力を使う才能がなかったのだが」
「そこまでなのか」
「あぁ、カナタはこの二日で二度も命の危機に瀕した。本来の資質もあるのだろうが、それで急成長したのかもな。本来はそんなすぐに魔術を使えるようにはならないよ」
それはラッキーだ。
いやだからと言って二度とあんな目に会いたくはないが……。
「まずは魔力の密度を上げてみようか。見ていてくれカナタ」
そう言うとアリッサは目を瞑り、身体を纏う魔力を大きく広げて見せた。
大きいだけではない。
力強く暖かい……まるで湯気にでも包まれているような感じだ。
「魔力をできるだけ広い範囲で留め、その中をできるだけ多くの魔力で満たしていく……それを呼吸をするかのように、自然に行う事。地道だがこれが魔力をコントロールする上で、最も効率的な修業と言われている」
「おぉ……すごいなアリッサ」
アリッサの纏う魔力にぷにぷにと触ると、柔らかい弾力が跳ね返ってくるような感じがする。
相当の高密度で魔力を練っているのだろう。
「習うより慣れろだ。カナタ、とりあえずやってみろ」
「わかった!」
立ち上がって自然体に構え、ゆっくりと身体を包む魔力に意識を向けていく。
イメージしろ。俺の身体を覆う魔力を、練り上げて纏うような……っ!
「はぁぁぁぁ……」
「おっ、その調子だカナタ。筋がいいぞ!」
気合いを入れると身体のまわりを揺らめいていた魔力が、徐々に身体の表面近くで集中していくような感じがする。
薄皮一枚程度の魔力を、徐々に、徐々に練り上げ纏い直していく。
「はあっ!!」
かけ声と共に、俺の魔力が爆発したように解放された。
アリッサの驚いた顔、魔力を使いすぎたからか少し視界がぼやけて見える。
そんな俺を見て驚く、アリッサの声。
「か、カナタ、何だそれは……?」
「何って……」
俺の身体を覆っていたのは魔力ではなく金色の長い毛、それが頭から足元まで大量に伸びている。
この金毛、まるでさっき倒したワイアドバウの長い毛のようだ。
(……もしかして俺の特異魔術って、食べた獣の能力を吸収する事なのか?)
うーん、これはなんともエグい魔術に目覚めてしまったようである。
おっと、驚いている暇はない。
吹き飛ばされたのも大して効いてないのか、毛長犬が壁の破片からのそのそと起き上がって、唸り声を上げてくる。
「ちっ……」
まるで獣のように異形と化した手を、毛長犬に向けて威嚇するように構えた。
異形の手ではあるが、素手よりは遥かに頼り甲斐がある。
毛長犬も先刻より俺を警戒している様子で、グルルと唸りながら俺の周りを回っている。
「バウッ!!」
チッ、俺の意識が逸れた不意を突き、このクソ犬飛びかかって来やがった。
凄まじいスピードで飛びかかって来る毛長犬、その分厚い毛の奥から覗く、光る眼と牙が恐怖を煽る。
「おりゃあっ!」
獣化した腕で毛長犬を薙ぎ払うが、その瞬間ヤツの毛が鋭く尖り、針のように鋭く尖った金毛が俺の腕に突き刺さる。
「ってぇ……っ!?」
と、条件反射で声を出すが別段大した痛みはない。恐らくはこの獣化した手が魔力で具現化した「手袋」だから、魔力の部分が障壁となり、俺の肉体までは届かなかったのだろう。
しかしあの柔らかそうな毛を一瞬で尖らせてくるとは、流石は異世界の獣というべきか。ハリネズミみたいな奴である。
長い金毛が突き刺さった腕をブンブン振り回すと、諦めたのか毛を柔らかくし、俺から離れてくるりと着地する。
そしてまた、俺に向かってきた。
毛長犬の目にはもはや警戒の色はなく、俺など恐れるものではないと思っているのだろう。
俺をナメきって飛びかかってくる毛長犬のニヤついた顔が、ふいに驚愕に歪む。
その直後、飛びかかってきたはずの毛長犬は明後日の方向へと突っ込んでいった。
「……え?」
後ろの草むらを覗き込むと、毛長犬がぴくぴくと痙攣しながら倒れていた。その背中には見覚えのある一本の矢が突き刺さっている。
あの矢はアリッサのものだ。
「カナタ!」
直後、アリッサの声が森の奥から聞こえ、すぐにガサガサと草をかき分けて心配そうな顔であらわれる。
無傷である俺を見て、ホッとしたような顔をしている。
「……ところでカナタ、その手は?」
俺のまるで獣のように変化した腕に気付いたようだ。
というか俺も今思い出した。
何と説明したものか、俺にも説明不明なこの状況にあたふたとしていると、獣化した腕が元に戻ってしまった。
しかしアリッサには見当がついたようで、ふむと頷いた後、俺に尋ねる。
「……今の、もう一度やってみて貰えるか?」
「ん、わかった」
必死過ぎて無我夢中だったけど、あの時は確か手に全ての魔力を集中させたような気がしたな。
再現を試み、手に全身の魔力を集中させていく。
すると徐々に手に集まった魔力が色形を帯び始め、先刻のような獣の手に変わっていった。
生成の瞬間をじっくり見ててわかったが、やはりこれは魔力を変成させて作ったモノのようである。
それにしてもこの手、何か熊に似てるよなぁ。
「成程、やはり魔術だったか」
魔術、何ともティーンエイジャーを刺激する単語があらわれた。俺は前のめりになりたいのを何とかこらえつつ聞い直す。
「……魔術ってのは?」
「魔力を用いた技術の総称だ。何種類かの系統に分類されており私も少しは使えるが……カナタのは恐らく特異魔術と呼ばれるモノだろう」
特異魔術、異世界に来た事で、俺は魔力に目覚めたが、特異魔術を得たのもその影響だろうか、まぁ何せ異世界だ。何が起きても不思議ではないか。
ここに来る前に襲われた熊のインパクトで力の象徴=熊、みたいな方程式が俺の中で出来上がり、特異魔術として発現してしまったのだろう。
手をぐっぱしながら考えていると、アリッサは倒れた毛長犬から矢を抜いて俺の方を向く。
「それにしても無事でよかったなカナタ。こいつはワイアドバウ。長く強靭な毛で覆われた身体は並みの攻撃では傷ひとつつかない。魔力で毛を強化して鋭く尖らせたりもする。この辺りではそれなりに警戒すべき獣だよ。私が留守の間に肉の匂いに釣られて来たのだろう、不覚だった。すまない」
「いやいや、留守番が俺の仕事だろ? 仕事が出来たから追い出されなくて済むというもんだ」
「ん、別にあれはそういうつもりで言ったワケでは……」
ぽりぽりと照れくさそうに頬をかくアリッサは、話を変えるようにワイアドバウが壊した壁へと歩き出す。
「そ、それよりこの壁を直さなければな。穴が開いてしまったし」
「ごめんアリッサ。俺も必死だったから……」
「気にする事はない」
破壊された壁の前に立ち尽くす俺とアリッサ。
うーんひどい。どっから手をつけたらいいものか。
アリッサの家は全て木で出来ているが、どうにも構造かは不明である。
あえていうと、昔の日本の建築みたいにはめ込み式で作っているように、見える。
「てかこの壁、どんな原理で作ってんの?」
「私の魔術で結合してあるのだよ。まぁ見ていろ」
魔術で何でも出来るんだな。魔術万能論。
アリッサが穴の開いた壁に木の破片を立てかけて嵌め合わて魔力を集中させていくと、バラバラになった木が成長して互いを結合していく。
終わったら次の板を、それが終わったら次の……何度か繰り返すと壁は完全に塞がってしまった。
「木片に魔力を注ぎ込み、強制的に成長させる事で小さな隙間を埋めるように結合させているのさ」
「へぇ~すごいなアリッサ」
「これが樹術、私の唯一使える魔術だ」
――――樹術とは、樹や草花に魔力を注ぎ込み、その性質を強化し指向性を持たせるというもの。
アリッサの家にあるシステムは全てこの樹術で成り立っており、熱を起こす火炎葉、水を蓄える貯水草、うっすら光る蛍光桐、これらの自然にある草花を、樹術で大幅に強化して利用しているそうだ。
戦闘には向かないと言っていたが、その分生活する上ではかなり便利な魔術である。
風呂や洗濯、明かりに暖房冷房など、その効果は多岐にわたる。
「その樹術ってやつ、俺にも出来る?」
「いや、魔術は本人の魔力の質によって使う事が出来る範囲が限られる。一人一つ、カナタは特異魔術、私は樹術しか使えないのだ……試してみるか? カナタ、この葉を指で擦ってみろ」
モミジのような葉っぱ。魔力を込めて擦ってみるが、うんともすんとも言わない。
首を振ってアリッサに返すと、彼女は葉を細い指に魔力を込めて軽く擦った。
すると、ボウと小さな火が葉に灯り、アリッサはそれを吹き消す。
「樹術、シードファイア。件の火炎葉に魔力を込めて操作すると、その過多で熱や炎を発生させることが出来る。敷き詰めて風呂の熱源にしたり、料理の時にも使えるのだよ」
「おおー便利だなー」
「……カナタだって私にできないことが出来るのだから、おあいこだ」
「あはは、わかってるさ」
からかうように笑うと、アリッサはそれに気づいたのか少し不機嫌そうに頬を膨らませるのだった。
――――夕食、テーブルに出されたのはアリッサが仕留めたワイアドバウの肉である。
アリッサによるとワイアドバウは分厚い毛で覆われており大きく見えるが、実は身が少なくあまり食べる所はないらしい。着やせするタイプなのだろう。
骨とまとめて切り分けられた肉を丸ごと焼いたモノ、スペアリブに近いかもしれない。
昨日の熊よりは味が濃く、歯応えがある。骨の周りの肉には特に脂が乗っており、噛むと肉汁が溢れてくる。
「これも美味いな!」
「うむ、マヨネーズをかければ完璧だ」
アリッサはまたもマヨネーズをたっぷりかけて、美味しそうに肉を頬張っていた。
どんだけマヨネーズ好きなんだよ。これがマヨラーという奴なのだろうか。
それにしても異世界は本当に美味い物だらけだ。
日本の食文化は最高レベルだと信じてきたが、殆ど煮たり焼いたりしただけでこの美味さはヤバい。
もっとこの異世界を巡って、色々なものを食べてみたい。
(出来ればアリッサと二人で……)
ちらり、とアリッサの方を見ると、その尖った耳が目に入る。
「そういえばアリッサはエルフなんだよな」
「あぁハーフだがな。父がエルフでな、人間である母がこの世界樹の森を調査する際、母の案内役をしていたらしい。それがきっかけで二人はこの家で暮らすようになって、私が生まれたのだよ。この家はその、忘れ形見さ」
寂しそうな顔をするアリッサ。少し地雷を踏んでしまったかもしれない。
話題を変えてみるか。
「聞きたいんだけどさ、昨日のデカい熊……グリーズだっけ? アリッサがあいつを仕留めた時は、魔力を使っていたんだよな」
「あぁ、上手くコントロール出来れば身体能力を大幅に向上させる事が出来る」
「あっちは俺にも出来る?」
「うむ、あれは魔力を用いた身体強化だから、修練を積めば誰にでも出来るよ」
高い才能か長い修練が必要だがな、と続けるアリッサ。聞けばアリッサは魔力を扱う才能が全くなかったらしく、それでも諦めずに修練を続けて何とかここまで魔力を扱えるようになったとか。
「よかったら俺にも、魔力の使い方を教えてくれないか?」
「私のは殆ど自己流だし、参考にならないかもしれないぞ。それでもよければ」
「勿論さ!? ありがとうアリッサ!」
「む……ぅ……」
アリッサの両手を握ると、少し照れた様に目を逸らした。
俺から顔を背けたまま、アリッサは少し上ずった声で口を開く。
「だ、だが私の修行は甘くないぞ! 明日からなどとなまっちょろい! 今日からやるぞ!」
「おうとも!」
アリッサは立ち上がり足早に部屋へと歩いていく。
なんか……気合い入ってたな。
教えてくれるアリッサがやる気を出してくれてるんだ、俺も気合い入れないとな。
ばちんと頬を叩いて気を入れ直す。
戸惑うようにドアを開け、アリッサはベッドの上にぽすんと腰を下ろした。
その顔はほんのりと赤い気がする。
「ではそこに座れ、カナタ」
「わかった」
ベッドに座るアリッサの正面にある椅子に座った。
近くに来ると、アリッサの服の下からその身体の輪郭がうっすらと見え、ドキドキと心臓が高鳴る。
「……魔力について聞きたいのだったな」
こくりと頷く。
煩悩を振り払え、でなければ教えてくれるアリッサに失礼だ。
「……うん、まず魔力自体は動物や草花でも持っているが、その力を十全に発揮するには確固たる信念が必要となる。けして折れぬ、砕けぬ心の柱……それを支えとして強力な力を得る。強い生きるという意志……だから本能で生きる獣の持つ魔力は強いのだよ」
「信念に本能……か。成程ね」
「私たちエルフは、昔から世界樹を信仰し崇める事で魔力を持つ事を実現している。樹術を使えるのはその影響が強いのだろうな」
生きる意思、強い信念が強い魔力を生むって事か。
俺も確かに、死にたくないという意志で獣の手を発現させた気がする。
「しかし魔力を完全にコントロールするのは難しい。私も小さい頃から父に習っていたが、樹術を使えるようになるまでで5年はかかったかな。ま、私は魔力を使う才能がなかったのだが」
「そこまでなのか」
「あぁ、カナタはこの二日で二度も命の危機に瀕した。本来の資質もあるのだろうが、それで急成長したのかもな。本来はそんなすぐに魔術を使えるようにはならないよ」
それはラッキーだ。
いやだからと言って二度とあんな目に会いたくはないが……。
「まずは魔力の密度を上げてみようか。見ていてくれカナタ」
そう言うとアリッサは目を瞑り、身体を纏う魔力を大きく広げて見せた。
大きいだけではない。
力強く暖かい……まるで湯気にでも包まれているような感じだ。
「魔力をできるだけ広い範囲で留め、その中をできるだけ多くの魔力で満たしていく……それを呼吸をするかのように、自然に行う事。地道だがこれが魔力をコントロールする上で、最も効率的な修業と言われている」
「おぉ……すごいなアリッサ」
アリッサの纏う魔力にぷにぷにと触ると、柔らかい弾力が跳ね返ってくるような感じがする。
相当の高密度で魔力を練っているのだろう。
「習うより慣れろだ。カナタ、とりあえずやってみろ」
「わかった!」
立ち上がって自然体に構え、ゆっくりと身体を包む魔力に意識を向けていく。
イメージしろ。俺の身体を覆う魔力を、練り上げて纏うような……っ!
「はぁぁぁぁ……」
「おっ、その調子だカナタ。筋がいいぞ!」
気合いを入れると身体のまわりを揺らめいていた魔力が、徐々に身体の表面近くで集中していくような感じがする。
薄皮一枚程度の魔力を、徐々に、徐々に練り上げ纏い直していく。
「はあっ!!」
かけ声と共に、俺の魔力が爆発したように解放された。
アリッサの驚いた顔、魔力を使いすぎたからか少し視界がぼやけて見える。
そんな俺を見て驚く、アリッサの声。
「か、カナタ、何だそれは……?」
「何って……」
俺の身体を覆っていたのは魔力ではなく金色の長い毛、それが頭から足元まで大量に伸びている。
この金毛、まるでさっき倒したワイアドバウの長い毛のようだ。
(……もしかして俺の特異魔術って、食べた獣の能力を吸収する事なのか?)
うーん、これはなんともエグい魔術に目覚めてしまったようである。
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