華麗なる暴君~最凶女王の軌跡~【改稿版】

ナカジマ

文字の大きさ
12 / 47
第1章 最凶の女王が生まれた日

第12話 女王様の華麗なるお散歩⑤ ※残酷表現あり

しおりを挟む
 その日も男は、モーラン共和国の諜報員としての活動を続けていた。アニス王国の国内情勢や巷で流れている噂まで、様々な情報を収集していた。
 特に軍部が作戦行動中のアニス王国南部について、王都ではどれだけ把握されているかの確認を最重要視していた。
 事がばれてアニス王国騎士団が大規模に押し寄せると、モーラン共和国軍では少々苦戦を強いられる。
 ただでさえ、最近増員された騎士達の警戒は厳しい。そろそろ潮時ではないかと、軍部では思われていた。予定よりも随分早い撤退となるが、こればかりは仕方ない。

 数年前までは腰抜け揃いだと、揶揄されていたアニス王国騎士団は、見違えるほど精強で行動も迅速だった。
 たった数年でこれほどまでに変化したのであれば、噂が本当なのではないかとという思考が、諜報員の男の脳裏に浮かぶ。
 当時たった18歳だった小娘が、1人で1万の軍勢を倒したという件だ。もしそれが真実であるなら、モーランは大きなミスを犯したのではないかと。

(いやまさか……そんな筈があるか)

 思わず浮かんだ思考を、自らの意思で否定する。いくら騎士団が見違えるほどに強くなったからと、そんな馬鹿げた話まで真に受ける必要はない。
 そんなあり得ない話を信じる馬鹿が、一体何処に居ると言うのか。男はそうして、自分に言い聞かせる。
 常識で考えたらあり得ないと、首元を伝う冷たい汗を拭う。だが王都に住むアニス王国の国民達は、その話を全く疑っていない。
 どれだけ調べても、真実だという回答しか出てこない。ではもしそんな化物みたいな女が、この国に実在するならば。
 自分の存在などとっくにバレているのではないかと、嫌な予感が男の精神を蝕んで行く。

(落ち着け、ただのモーランから来た商人にしか見えない筈だ)

 モーラン共和国内では、馬鹿げた話だと笑い話にされていた。その筈だったのに、王都である中央都市ファニスの発展具合を見れば、全てが嘘とは思えない。
 たった数年でこれ程の発展があり得るのかと、男の冷静な部分が警鐘を鳴らす。前国王の治めていた頃とは、何もかも大違いなのは間違いない。
 最早大陸一の都市に、今やなろうとしているのではないのかとさえ、男には感じられた。たった18歳の小娘が、4年でここまで発展させた。
 
 噂の方はともかくとしても、かなり頭の切れる人物なのではないかと、評価を改めざるを得ない。
 諜報員としての勘が、なるべく早くこの地を離れるべきだと訴えている。臆病風に吹かれたと笑われようとも、まだやり残した仕事があろうとも。
 今からでもこのまま闇夜に紛れて、撤退をすべきだと男は判断した。しかし残念な事に、その判断は少し遅かったようだ。

「ご機嫌よう、モーランのネズミさん?」

「っ!? な、何ですか貴方は? 一体何の話か……」

 王都ファニスの裏通り、殆ど誰も通らない様な薄暗い場所。そんな所に現れたのは、町娘にしては随分と美しい2人組。
 全く日に焼けた痕跡がない真っ白な肌の女性と、異国風の浅黒い肌の女性。どちらもかなり美しい女性だが、こんな所に居るのは不自然だ。
 何よりも、明らかに男へ狙いを定めて話し掛けて来ている。撤退しようとしていた男の鼓動は、一気に跳ね上がる。
 騎士団の女性騎士か、はたまたアニス王国の諜報員か。この状況であの言い方、まず間違いなく正体がバレていると男は確信した。
 危険な空気を感じた男は、どうにか2人を振り切って、素早く逃走する道を選ぶ。いや、選ぼうとした。

「逃げれば貴方から攻撃された事にして、明日にでもモーランに戦争を仕掛けます」

「は? な、何を馬鹿な事を…………」

 男は知らない。とある女王が、自ら出向いてまで調べていた理由。モーランに濡れ衣を着せたい別の国が、犯人だった場合に備えたのだ。

「ああ。これでお分かりかしら?」

 白い肌の女性が、自らに掛けた魔法を解除する。闇夜を照らす僅かな月の光が、その漆黒の髪と真紅の瞳を照らし出す。
 王城の警備が厳重な為、直接男はその人物を目にした事が無かった。しかし王都で売られている広報誌や、魔道具の映像等でその顔だけは知っていた。
 わずか18歳で前国王を排除し、自ら女王となったこの国の絶対王者。魔女と呼ばれ、魔族すら警戒していると言われている暴君。
 服装は質素でも、持ち前の美しい肢体と、最上級の美貌は隠しきれていない。放つオーラは場慣れしている諜報員の男ですら、全身を震えさせる圧力があった。

「イ……イリア……アニス……ハーミット」

「えぇ、わたくしがこの国の女王ですわ」

 イリアが人形のように整った顔で、にっこりと微笑みながら返答する。

「な、何故こんな所に……」

 男には理解出来なかった。わざわざ自分のようなただの諜報員を相手に、最高権力者が自ら問い詰めに来るなど普通はしない。
 事実この男は、アニス王国の諜報員や騎士だと考えた。追手を差し向けるのならばまだ分かる。それが普通の対応だ。どこの国もそうするだろう。
 だが国のトップ自らが出向く国などどこにある? 頭がおかしいとしか、男には思えなかった。
 薄暗い裏通りの片隅で、獰猛な猛獣に睨まれた小動物のように、身動きが取れない男は呼吸も忘れてイリアを見る。
 そんな男の様子を楽しそうに微笑みを浮かべながら、イリアは怯え震える男の問いに答えた。

「どんなネズミなのか、見てみたかっただけですわ」

「そ、それだけで……」

 何だこの女はと、男は怯えている。目の前に居る遥かに年下の女性が、下手な狂戦士よりも恐ろしく見えた。
 
「ところで貴方、ご家族はいらして? もし戦争となると、大変ですわね?」

 突如イリアから吹き上がった覇気に、男はゴクリと喉を鳴らした。忘れていた呼吸を思い出し、息を吸えども全く足りない。
 先ほど目の前の女は何と言ったか。まるで大した事でもないかのように、あっさりと戦争を起こすと言った。
 家族が居るかとわざわざ聞いたのは何故だ。様々な疑問が脳裏に浮かび、男の目にはイリアが理解出来ない存在に見えた。
 お前が何も話さないのであれば、戦争を起こしてしまえば良いだけだ。そんな風に言われたような、妙な確信だけはある。

 長い諜報員としての勘が告げている、この女は普通の存在でないと。自分が何も話さないのであれば、それはそれで構わないと言う態度だ。
 明らかに狂人の思考、こんな奴が女王をやっている国が、まともである筈がないと心から男は思った。
 男は観念して、全てを話す事にした。小競り合い程度で済むなら兎も角、この女は間違いなく侵略して来る。そうイリアの紅い瞳が告げていた。

「ま、待ってくれ! 話す! 全て話す!」

「私はどちらでも構わないのですが?」

 ケロッとした表情で、対応するイリアを見て男は悟る。もう自分には、交渉する余地すら残されていないのだと。
 
「ち、違う! 話します! 聞いて欲しい!」

 モーランに居る家族の為、例え裏切り者と罵られても構わない。国を守る為なら全てを話す方が良い。
 まだ幼い娘の顔が、男の脳裏に浮かんでは消える。帰ったら誕生日を祝う約束をしたのだ。何とかこの場で留めて、戦争だけは回避しなければならない。
 そんな使命感から男は必死だった。今のモーラン共和国では、間違いなくアニス王国に勝てない。確実に敗北すると言う確信が男にはある。

(何がお飾りの女王だ! とんでもない化物じゃないか!)

 無事モーランに帰れたら、小娘のままごとだと笑っていた部隊長を全力で殴ろうと男は心に誓った。
 これほど強烈な覇気を纏い、痛い程に肌を刺す狂気を振り撒く女のどこがお飾りなのか。いかに自国の認識が甘かったのか、男は痛感していた。
 上層部の思惑は知らずとも、大体の事情を男は把握している。知る限りの事を洗いざらい話した男は、恐る恐るイリアの顔色を窺う。

「なるほど、大体は分かりました」

「じゃ、じゃあ」

 戦争は回避されたのかと、希望が男の心を包む。しかし目の前に居るのは、美しき暴君である。

「えぇ、もちろんは、叩き潰しませんとね?」

「………………は?」

 当たり前だと言うように告げられた言葉に、男の思考は一時的に麻痺した。この女は何を言っているのだと、男はイリアの顔を見る。
 妖艶な笑みを浮かべながら笑うその顔に、男は怒りをたぎらせる。全て話したではないかと。
 にも拘わらず、叩き潰すと言ったのか? 故郷の人々を盗賊扱いされ、ふざけるなと男は激情に任せて、懐に隠して持っていた短剣を抜いた。

「貴様ぁ!!」

 せめてもの報いだと、男は悪あがきをする。勝てるとは思えなくても、せめて一撃でも入れられれば。

「リーシェ」

「はっ!」

 駆け寄ろうとした男の首元に、リーシェの投げた投げナイフが突き刺さる。致命傷を負った男は、ガクリと地面に膝を突き、短剣が掌からこぼれ落ちる。
 金属音が裏通りに小さく響き、瀕死の男は地面に倒れた。消え行く僅かな命を振り絞って、諜報員の男はイリアを見る。
 薄暗い裏通りに降り注ぐ月光の下で、煌々と紅く輝くイリアの双瞳が瀕死の男を射抜く。

「話せば何もしないなんて、私は一言も申しておりませんわよ?」

 とても良い笑顔でそんな発言をするイリアを見て、男は自分達モーランが大きなミスを犯したと実感した。

「ぁ……ぃ……」

「それに私、家族愛って理解出来ませんの」

 ニコリと微笑んだイリアに向けて、残された僅かな時間を目一杯使い、男は呪い続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

女性が少ない世界でVTuberやります!

dekoma26+ブル
恋愛
ある日朝起きてキッチンに行くとそこには知らない男性たちが! …え、お父さん⁉ なぜか突然女性の少ない世界に来てしまった少女がVTuberをしたり、学校に通ったりするお話。 ※忘れてなければ毎週火曜・金曜日の夜に投稿予定。作者ブル

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

ほーみ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...