触手生物に溺愛されていたら、氷の騎士様(天然)の心を掴んでしまいました?

雪 いつき

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良い傾向

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 それからは森もなく、平和に馬を走らせ街に着いた。今までの街より人通りも多く、シグルズを氷の騎士と呼び怯える人も殆どいない。

「ここはもう東の森のそばだ。騎士である私より、ドラゴンの方が恐ろしいのだろう」
「そっか。ドラゴンが襲ってきたら、強いシグルズはこれ以上ない味方だもんな」
「助けるとは限らないがな」
「またまた。あんたなら放っておかないだろ? あんたのこと全部知ってるわけじゃないけどさ、俺はそう信じてるよ」
「……私の好感度をこれ以上上げてどうする」

 ふい、と顔を逸らすシグルズに、照れてる、と小さく笑った。


 シグルズとジンが相談して選んだのは、街で一番の宿だった。部屋も広く、三つのベッドがゆったりと置かれている。

「はー! 快適!」

 ベッドに飛び込んで、目を閉じる。ベッドは広々、布団はふかふか、野宿続きの体に柔らかさが滲みた。

「ここってお高いホテ……宿だよな。こんないいとこに泊まれるとは」
「慣れない長旅で疲れただろうからな」
「えっ、シグルズが普通に優しい」
「……パキュロスに散々喘がされて疲れただろうからな?」
「そうそう、それがシグルズだよな~」

 にへ、と笑って布団を抱き締める。太陽の香りがして気持ちが良かった。

「それが私ならば、期待に応えるか」
「は? え、ちょっと……?」

 ギシッとベッドが軋み、シグルズが背後から覆い被さる。体重をかけられ、逃げ場がなくなってしまった。

「道中で考えたが、君は体から籠絡する方が早そうだ」
「待て待て、好感度下がってるー!」
「安心しろ。優しくしてやる」
「絶対嘘じゃん! 手首捻り上げられてますけど!?」

 両腕を背後で纏めて掴まれ、ジタバタと暴れる。まさかここまで身動きが取れないなんて。シグルズがその気になれば簡単に犯されてしまうのだと知り、冷や汗が流れた。


 でも、シグルズはそれをしない。本当に好かれているんだと思うと、くすぐったいようなむず痒いような感覚になる。
 まぁ、その手前まではされるけどな!
 シグルズの手が胸元を撫で回し始めて、必死で身を捩った。

「んっ、やめっ……ジンっ、やめさせてくれっ」
「すいません、俺、ちょっと出かけて来ます!」
「待って!? 助けて!?」
「すぐ戻りますんで!」

 ジンは何も見ていないという笑顔を残して部屋を出て行ってしまった。

「すぐ戻るのか」
「だってなっ、だから離せっ」
「嫌だ」
「はっ? 嫌だって、あんたなっ……」

 文句を言おうとしたら、急に腕が解放される。そして体を横向けられて、向かい合わせでシグルズに抱き締められた。


「え……何、どうした?」

 てっきり高速で射精くらいはさせられると思ってたのに、拍子抜けする。

「具合でも悪いか?」
「いや……」

 シグルズは俺の頬を撫でて、唇に触れる。

「……キスしてもいいか?」
「え……?」
「駄目か?」
「あ、いや、別にいいけど」

 具合が悪いわけじゃなかった。

「いいのか……?」
「いやいや、なんでそんな驚愕してんだよ」
「キスは好きな相手とするものだろう?」
「それ言うなら、あんたがしてたの全部それな」

 性行為紛いが良くてキスが駄目ってなんだよ。つい小さく笑ってしまう。

「いいよ。あんたとなら別に嫌じゃない」

 何故そんな言葉が出たか分からない。でも、今のシグルズにそう言ってやりたい気分になった。普段は辛辣なくせに、こんな悲しげな顔を見せるから。

 ……とか言って、ファーストキスなんだよなぁ。
 学生時代に彼女はいたけど、彼女を大事にしすぎてフられてしまった。初めてと知られるのはなんか嫌で、慣れてるふりでシグルズの頬に触れて目を閉じる。


「んっ……」

 その手にシグルズの手が重ねられ、そっと唇が触れる。ただ重ねるだけ。押し付けるだけ。何度か触れては離れてを繰り返し、最後に唇を熱い舌で舐められた。

「……熱い」
「パキュロスは冷たいからな。熱い方がいいだろう?」
「ふはっ、あんたまだ嫉妬してんのかよ」
「嫉妬……。そうだな……神聖力のためとはいえ、本当は君を、他の何にも触れさせたくない」
「は……あ、えっと……うん、そっか」

 突然そんなことを言われ、間近で見つめられて顔が熱くなった。恋に落ちるなら今だとばかりの攻撃力だった。

「好感度は上がったか?」
「えぇっ、今それ言う?」
「君が居心地悪そうにしていたからな」
「やっぱちゃんと気遣い出来るイケメンじゃん」

 辛辣だったり意地悪だったりもするけど、基本はいい人だ。
 キスした今思うのは、俺はわりとシグルズに好感を持ってるということ。キスに抵抗がないのは、これだけ綺麗な顔だからかもしれない。いや、だからといって、男とキスして全く抵抗がないのも。


「うーん……やっぱシグルズって、しっかり男なんだよなぁ……」

 顔は綺麗でも、体はしっかり男で筋肉もあり、その力強さは身の危険を感じるほど。
 シグルズが女なら悩むことなく受け入れられたのかなと考えても、女のシグルズを俺が抱くという想像が全く出来ない。
 そもそも恋愛感情とは? という境地に陥ってしまう。

「性別が気になるのか?」
「まぁ、俺の国では男女カップルが一般的って感じだったし」
「そうか。この国ではそう気にすることでもない」
「え、そうなの?」
「特例にはなるが、婚姻届も出せる」
「まじでっ?」
「ああ。……先に届け出をするのも」
「待て待て、既成事実作ろうとすんな」

 真顔で言うから本気か冗談か分からない。

「……既成事実を作るなら、こちらからか」
「待てっ、体から作ろうとすんなっ、んむっ」

 がっちりと拘束されて、胸元を撫でられる。そのまま顎を掴まれキスされて、息苦しさにジタバタと暴れた。


「戻りましたーっ」

 その時、元気な声が響いた。

「あっ……すいません、おめでとうございます!」
「んんぅっ、んむぅっ」

 おめでたくないから! 勘違いだから!
 そう訴えたくても、シグルズが噛みつくようにキスをしたままで声にならない。ジンは今までのように出て行く素振りもなく、グラスに水を注ぎ始めた。

「アオ様のお力が目覚められたお祝いに、下の食堂でお祝い料理作って貰えることになりました。誕生日って言ってますけど、三十分くらいで出来るそうです」
「気が利くな」
「ぷはっ! はっ、けほっ」

 シグルズが口を離し、突然流れ込んできた酸素に軽く噎せる。その背をシグルズが優しく撫でてくれるけど、その優しさでキスの間に酸素を吸わせて欲しかった。


「はぁっ……ジン、違うから……」
「え?」
「アオバからキスの許しは出たが、まだそれだけだ」
「えぇっ、それってもう、……いえ、シグルズ様、後一押しっすね!」

 明るく応援しながら、俺に水を渡してくれる。グラスに注いだ水はこのためだったのか。やっぱりジンの方が好感度がグングン上がっていく。
 でも、ジンとキスはちょっと抵抗あるな……。可愛い犬っぽいけど、キスとなるとあまりしたいとは思わない。もしかして俺って相当面食い?

 シグルズを見ると、優しく目を細められて、反射的に顔を逸らした。イケメンの微笑みの攻撃力は怖い。水を飲み干した俺は、ふかふかのベッドに再びダイブして顔を埋めた。



◇◇◇



「美味かった~」

 満腹だし、食後の緑茶も美味い。大満足だ。
 この街は茶葉の栽培と焙煎で収入を得ているらしい。東の国が茶葉の名産地らしく、国境沿いのこの街は古くから交流があったそうだ。
 森に魔物が棲み着く以前は両国間の交流も盛んで、もっと賑やかな街だったとシグルズは言った。
 他のとこだとコーヒーか紅茶だった。たった数日飲まなかっただけで、緑茶の味が酷く懐かしく感じた。


「お祝い料理、豪華だったなぁ」

 分厚いのに柔らかい肉を使ったステーキと、魚の煮込み料理がメイン。ステーキは赤ワインのソースが絶品で、煮込み料理の方はハーブが効いて香りもよくてさっぱりしていた。
 他にも色々あり高級フレンチやイタリアンのコース料理のようで、それが宿の食堂で食べられるという最高の夕食だった。

 誕生日らしくケーキも出されて、食堂の客からもお祝いされて、久々に飲んだカクテルも美味しく、今、この世界に来て一番上機嫌だ。
 見慣れない果物はあったものの、異世界っぽい謎の肉やゲテモノ系はなくて、それはそうだよなとこの世界の人々にそっと謝罪した。

「緑茶なつかし~、うっま。茶葉売ってたら買っていこ。……って、無一文だった」

 すっかり忘れてたけど、この世界のお金がない。でも緑茶もあるなら、やっぱ就職先は東の国だな。

「君の世界ではこれが飲まれていたのか」
「うん、全く同じ。渋かったりさっぱりしてたり、いろんな味があったんだよ」
「それなら、人気の茶葉をいくつか屋敷に送るよう手配しよう」
「えっ、まじで?」
「ああ。私の屋敷に住めば毎日飲めるぞ」
「あー、そういう」

 さらっと同棲の流れに持ってきた。

「まぁ、そうだな。行くとこもないし、しばらく置いて貰えるとありがたいです」

 神聖力も目覚めた今、殺されはしないだろう。東の国で就職は、一度王都に戻ってから考えても遅くはないかもしれない。シグルズとジンとすぐ離れるのも寂しいし。


「茶葉代は、ちゃんと働いて返すよ」
「働く? 君が?」
「元々社会人だからな? 毎日働いて生活費稼いでたからな?」
「そうか。だがこれからは働く必要はない。欲しい物があれば私が買おう」
「……気持ちだけ貰っとく。愛人みたいになるのやだし」
「愛人ではなく恋人だ」
「当然みたいに言うなよ。それでもやだよ」
「君が望んだ、悠々自適な生活を送れるが?」
「うっ……」
「聖者としての仕事はあるだろうが、私なら週に一度にして、後は自由に過ごせるよう手を回すことも出来る」
「まじかっ」

 それは魅力的。週休六日で、家賃無料の貴族様のお屋敷だ。
 そもそも問題だったのは、神聖力がなかったこと。ドラゴン討伐もシグルズとジンなら簡単だと言っていた。全て解決した今、考えるまでもなく東へ渡る理由はない。
 でもそうなると、一時的じゃなくずっとシグルズの屋敷に住み、その大前提として恋人になるという……。

「………………前向きに検討させていただきます」

 悠々自適生活に関しては、前向きに考えたい。でもシグルズの恋心を利用して居座るのはちょっと。やっぱり結論は王都へ戻ってからだ。
 その返答に、シグルズは満足そうに微笑む。屋敷に戻ればもう二度と外へ出しはしない。そんな顔をしていた。


 ジンは満面の笑みでこっちを見ていた。そして壁の時計を見て、店員にお茶のおかわりを頼んでから立ち上がる。

「茶葉の手配してきます。請求先はシグルズ様のお屋敷でいいですか?」
「ああ。ひとまず一年分頼む」
「了解ですっ」

 にぱっと笑ったジンは、ごゆっくり、と言い残して食堂を出て行った。



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