王女と男爵令嬢

青の雀

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3.駆け落ち

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 アクエリアスは、学園を通信制に変え、フローラルと顔をあわせないようにしたものの、不安が付きまとう。

 乙女ゲームの設定では、二人が顔を合わせるのは、今から3年後の18歳になってからだというのに、ずいぶんな前倒しのせいで死期が始まったかのような不安を抱いている。

 産業革命なんか派手にやらかしたせいかも?

 でも、あのままなら不便で息が詰まりそうだったもの。仕方ない。当初の予定では、まだ先のことだったけど、そろそろトンズラすることにする。

 必要な荷物は、すべて亜空間の中にしまってあるから、身一つで出ても大丈夫なはず。

 王都を出る前に金融ギルドのアクエリアス口座の残高をカラにしておいた方がいいかも?地方へ行けば、まだまだ現金決済のところが多いはずだもの。

 アクエリアスは念のため口座名をアクエリアスではなく、アリエスの偽名を使って、作っている。どちらもみずがめ座という意味だから、愛称というよりは、少々真面目に考えた名前なのだ。

 どこか僻地に行って、目立たないようにひっそり小さな商店でも買って、穏やかに静かに暮らしたい。

 商店は、何でもいい。パン屋でもお菓子屋でも、お惣菜のお店でも何でも、……だって前世キャリアウーマンとして、いろいろな企画を成功させた実績がある。

 別に誰かのためにプレゼンテーションをするわけでもないから、適当にやればいいと思っている。

 たった一人の逃亡旅、頼みの綱は、5歳の頃からなぜかアクエリアスと行動を共にしてくれている5属性の精霊たち。

 ふわふわと飛んで移動してくれるので、情報収集には、もってこいの存在。しかもアクエリアス以外の人間には見えないと来ているから、かなり重宝している。

 普段使っている自転車もとい電動アシストならぬ魔石アシストも、亜空間の中にしっかり納まっている。

 いざとなれば、馬より高速で走れるように改造した。

 夜中の12時に出発する予定だ。前世なら、まだ終電が走っている時間帯だが、ここは異世界なので、外はもう真っ暗、一寸先も見えない。一応、寝ずの番をしている騎士もいるにはいるが、皆、船を漕いでいる状態なので脅威ではない。

 寝静まった時間帯の扉の開け閉めは意外と響く。アクエリアスは、少しだけ浮遊魔法を発動して、床から10センチぐらいの高さで移動することにした。

 そうすれば、靴音も響くことなく移動ができる。

 王城の居住空間区域を難なく突破した後は、中庭を通って、正面の鉄城門のところまで、誰かに見られることなく難なく行けた。

 外に出た後は、正面通を突き切ってステーションまで行き、その後は、始発の列車に飛び乗って執着駅まで行けば、……と胸算用をしていたら、正面通にハロルドが待ち構えていた。

 だてに10年もアクエリアスの腰巾着をしていたわけではない。と言いたげな表情に、ちょっとムカつく。

「王女様、私もお供させていただきます」
「ダメよ。ハロルドは帰って」
「そういうわけにはまいりません」
「んもうっ。真面目なんだから」

 二人で出奔したら家出ではなく駆け落ちということになるじゃない?ハロルドは、フローラルの攻略対象だから、下手をすれば、見つかり次第即処刑されるかもしれないというのに。

 でも、こんなところで言い争えば、見つけてくださいと言っているようなものになるから、無言のまま歩き出すことにした。

 その後を大荷物を抱えたハロルドが、必死に追いかけるという滑稽な光景に思わず吹き出して笑いそうになる。

 仕方なくハロルドの大荷物をいったんアクエリアスの亜空間にしまい込んであげることにする。

 おそらくハロルドは全財産を持ってきていたのだろう。ズシリと重い革袋を手放そうとしなかったが、押し問答の末、アクエリアスが没収した。

 身軽になった二人は手に手を取って、夜の街を駆け出す。

 でも駅には向かわない。ハロルドが合流したときに、行先は変わっている。二人で駅へ行けば、沿線の街が真っ先に怪しまれる。だから駅舎に入る直前にテレポートして、沿線ではない港町に転移した。

「あれ!?ここは?」

 一瞬のテレポートにハロルドの理解が追い付かない。

「ラスベガスよ。ここはいろんな国の文化が綯い交ぜになっているから、ここならしばらく潜伏できるはず」
「わかりました。では、とりあえず今夜の宿を確保しに行きます」

 アクエリアスは、逃げることに必死で、宿の手配まで気が回らなかった。こういう時は、素直にハロルドを頼ろうと思った。

 亜空間からハロルドが持ってきた金貨の入った革袋を渡す。それを受け取って、ハロルドはしばらく考え込みながら、辺りを探索して、一軒の宿屋の前で足を止める。

 ハロルドが選んだ宿屋は、「泊まり木」という名前の商人がよく利用するようなタイプの宿屋だったが、1部屋しか空きがないという。

 ひょっとすれば、明日にでも、もう1部屋空きが出るかもしれないという店番の言葉に従い、その1部屋を頼むことにした。別の宿屋を検討することも考えたが、商人が利用するということは、かなり防犯面で優れていることは確かなわけで、さりとて貴族が宿泊するような宿を利用していたら、たちまち足がつく可能性があるばかりか、持ってきた金貨がすぐに底をつく。

 そういうことを懸念して、それにいざとなれば、自分が廊下に出て、そこで寝ればいいと思ったのだ。

 アクエリアスを連れて、宿屋に戻り鍵を受け取る。

「申し訳ありません。この一部屋しか用意できませんでした。私は、廊下で休みますから、どうぞこちらでごゆるりとお過ごしください」
「そんな……、だったらハロルドもこの部屋で寝ましょう。ベッドは一つしかないからソファで休むか、ベッドで寝るかはじゃんけんして決めましょう」

 ハロルドは頑として、自分がソファで眠るから、アクエリアスがベッドを遣ってくれとして、主張を譲らない。

 仕方なくそうすることにして、まずはアクエリアスが寝間着に着替えるため、ハロルドに後ろを向いてもらうことにする。

 衣擦れの音が妙に、その気をそそる。

 ハロルドは、『我慢、我慢』と必死に自分に言い聞かせている。ハロルド自身はもうビンビンでいつでも起動できる状態。ゴクリと生唾を飲み込む音がアクエリアスに聞こえはしないか、ハラハラしている。

 それなのに……。
「明日は、何時に起きる?朝食は6時から8時の間でしょ?だったら7時頃にしよっか?」
 
 無邪気な声がする。人の気も知らないで。

「そ、それで、いいと思います」
「なーに?やっぱりベッドを取って、怒ってる?」
「いえ、怒っていません」

 そう言いながら、ベッドサイドのランプを消そうと近づくと、ネグリジェの隙間から見える白い肌が眩しすぎる!

 それに隣の部屋から聞こえる。ギシギシという音が壁伝いに……明らかにヤっていると思われる音が妙に響く。

 ベッドは壁際に設置されている。たぶん、隣の部屋も、この部屋のま反対の位置にベッドを設置しているのだろう。ちょうど壁を鏡に見立て、前世ニッポンのビジネスホテル、シティホテルがほとんどその配置であったように。

 さすがにアクエリアスも、その音の正体に気づいたようで、顔を真っ赤にしながら

「やっぱり、わたくしがソファで休みますわ」

 ハロルドは、一晩中、隣の音を聞かされるなど、拷問に等しい。

「いえ、ご遠慮申し上げます」
「だって……、とても眠れるような状態ではありませんもの」
「私とて、同じです。一晩、ご辛抱ください。明日になれば、空き室が出るやもしれません」
「もし明日も、今のような騒音がしたら?」
「その時は、私がこの部屋を借りることをお約束します」

 再びランプを消そうと手を伸ばしかけた時、ふいにアクエリアスがハロルドの胸に飛び込んできた。

「お願いわたくしが眠りにつくまで、一緒にいて」

 何を言っているのだ!この女は?それは、ハロルドに『抱いて』と言っているのと同じ意味だぞ?アクエリアスは、不安だから言ったまでのことで、その意味はないとは思う……が。

 そんな苦行に耐えられるわけがない。今でも美味しそうな柔らかい肉がハロルドの胸を圧迫しているというのに……!

 やっとの思いで、アクエリアスのカラダを引きはがす。だが、その刹那、またアクエリアスがハロルドに抱き着いてきて、唇を奪われることになった。

 わずかに残っていたハロルドの理性は、完全に吹き飛び、気づけばアクエリアスを押し倒し、腕の中の王女様を蹂躙し尽くしていた。
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