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 アリエールは、ジークフリートと肉体関係を持つようになってから何度も誓約魔法の解除を試みているが一度も成功したことがない。

 やはり命をかけなければ、解除は無理だとわかっているものの自害するきっかけがない。

 学園にリリアーヌ嬢が転校されてからというもの、ジークフリートのストーカー行為は収まり、お妃教育も終了したことから学園で時折見かける殿下は、いつもリリアーヌ嬢とご一緒のところばかり、きっとアリエールの身代わりにされていらっしゃるのだろう。お気の毒としか言いようがないが、その分、晴れやかな気持ちでいられる。

 この分だと、婚約破棄をされる見込みもあるだろうから、その前に誓約魔法を何としても解除しておきたい。

 ジークフリート殿下にも、ようやく愛し愛されるリリアーヌ嬢の存在は、さぞかし喜びが大きいものに違いない。

 誓約魔法は、実に厄介な代物で、いつどこにいても相手の所在が分かる仕組みで、だから浮気防止になり浮気できない仕組みになるのだが、ジークフリートはそのことを理解しているのかどうかさえわからない。

 別にジークフリートがどこで誰と何をしていようが、清い関係で恋焦がれていた時とは違い、今はどうだっていいことで興味さえない。

 まるでジークフリートの鎖に縛り付けられている感覚が常にある。だからうっとうしい。

 もうすぐ学園の卒業式、そこでアリエールは自殺することを予定している。もちろん本当に死ぬ気でいるわけではない。誓約魔法の呪縛を解くための狂言として毒を呷るつもりでいる。

 王都の薬師に秘密裏に頼んで作らせた毒。法外な値段を取られたが、その毒を飲めば、たちどころに心の臓が止まり、死んだようにカラダが硬直する。でも半日も経てば、息を吹き返し、誓約魔法の呪縛からも解き放たれるという代物。

 だってジークフリートとの結婚なんて、死んでも嫌なのだから、だったら結婚式か卒業式でないと、自殺出来ない。

 結婚式は、卒業式の次の日、というべきか卒業記念祝賀パーティの終宴と共に、結婚式が始まるので、卒業パーティにはウエディングドレスを着て、参加するものなのだ。

 結婚式が終われば、たちまちドレスを脱がされ、朝まで抱きつぶされる運命しかない。

 だから死ぬのなら、卒業式か卒業パーティの最中でないと死ねない。結婚式では、ドリンクを飲まないから。卒業式も飲まないと言えば、飲まないけれど、卒業パーティはさすがに乾杯があるから、シャンパンのかわりに隙を見て毒を呷っても問題はない。

 例年通りなら、卒業パーティは大聖堂で行われるのだが、今年は王太子殿下の結婚式も兼ねているので、チャペルがある王宮で行われることがすでに決まっている。

 5歳のころよりお妃教育で何度足を運んだかしれない勝手知ったる王宮内は、神がアリエールの味方をしてくれているようで心強い。

 そしていよいよ卒業式の日を迎える。

 簡単な昼食後、卒業パーティまでは何も口にできない。女は、少しひもじいぐらいのほうが美しく見えるというのは、侍女長の言い分。でも水分だけは摂るように念を押される。

 ルクセンブルク家では、最後の出立になる。朝から風呂に入らされて、ありとあらゆるところを念入りに洗われる。今夜遅くには、王太子妃殿下になるのだから最後の御奉公とばかりに使用人全員が張り切っていることがわかる。

 そして綺麗にメイクを施され、髪を結われる。キツめにコルセットの紐が結ばれる。まるで今夜王太子殿下がその紐をほどくまでは、決して誰にも触れさせないという決意が込められているようで、苦しい。

 コルセットの胸元、谷間に隠すように毒の小瓶を仕込ませる。

 公爵邸の前に使用人とお父様、お兄様が並び、馬車に乗り込むアリエールを見送る。

 もう、お父様は朝から泣きっぱなしで、夕方から行われる卒業パーティに出席されるはずなのに、こんなに泣いていて大丈夫だろうかと、心配になる。

 アリエールは、ひとりひとりに最後のお別れをして、時にはハグして、別れを惜しむ。心穏やかで晴れやかな心情とは、ほど遠い。

 なんせ、これから自殺しようとしているのだから。そんな胸に内をおくびにも出さず、にこやかな表情で馬車に乗り込む。
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