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 家へ帰るとまたあの猿が居座っている。それも玄関付近に浮いている。

「また、アンタ!」

 その後に、やっぱり妖怪だったのね。とは口ごもる。誰かに聞かれでもしたら、厄介なことになると思ったから。

「檸檬様ぁ、ここから先は結界が張ってあり、ボクは入れません。どうか名前を付けてください」

 お願いします。と何度も頭を下げられると、悪いことをしているような気分になってくる。

「じゃあ、アナタの名前は吹雪にするわ。よろしくね:

 迷惑なものが浮かんでいるから、そう名付けただけだけど、一瞬、吹雪のカラダが光り、元に戻る。ああ、これがティムしたということになるのか。

「ふぶき!素晴らしい名前をありがとうございます!かっこいいです。気に入りました」

 吹雪の目の前の結界は消え失せ、また檸檬にまとわりついてくる。鬱陶しい。スマホの動画サイトで見た猿の洋服を取り寄せて、着せてみることにする。

 着せ替え人形とまではいかないけれど、そこそこ楽しめる。それに実体がないので、おむつなどもいらない。

 名前を付けてからは、透けていたカラダがよりはっきり、くっきり見えるようになった。

 感心してみていると、吹雪が急にポツリ、ポツリと身の上話を始めたので、よく聞いてやることにする。

「儂はな、元は人間で比叡山の千日回峰をしていた行者なのだが、千日はかなり過酷な修行で、途中で命を落とすものが後を絶たない程過酷な修行なのじゃ、餓死する者、転落死する者、それら魂の集合体で儂のカラダはできているのじゃ」

「ずっとボクよびしていたのに、なぜ儂に替えたの?」

「ギャルには、ボクの方が受けるじゃろうと思ってな。これで儂も神獣の仲間入りができて、向こう1000年はまだまだ生きられるというもの。ありがとう存じます」

「え!待って。吹雪はいくつなの?何歳?」

「かれこれ999年と11か月、儂ら魂の集合体は、1000年経ったら、自然消滅してしまうのじゃ。だから上垣内家の次期当主に取り憑こうと、ずっと機会を狙っていたが、そもそも上垣内家の当主は、比叡山に足を向けぬ。後1か月で儂も自然消滅させられるところに、檸檬様が現れてくれたのだ。いやあ、実際助かったよ」

「1000年の間、我が家に取り憑こうとしていたなんて……」

「誰でもいいわけではない。初代清兵衛様は、異世界の魔導師をしておられた方だったが、結界を張られて、どうにも取り憑く島もなかったお人じゃ。12代目当主の清兵衛様は、関東大震災の時に人助けをされたお方じゃ。あの方もまた異世界からの転生者で、おそらく魔導師をされていたのだと思う」

 檸檬の父がちょうど15代目当主になるから、計算は合う。

「おそらくって、なんでよ?」

「比叡山の猿は、東方へは行けんのだよ。比叡山と隣接している京の街か坂本あたりまでなら、なんとか行ける。もう檸檬様とは千歳一隅のチャンスであったのだ。この機会を失えば、儂の魂は永遠に自然消滅する」

 言われてみれば、確かにつじつまが合っているような気がするけど……。



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 それから毎日吹雪と行動を共にするようになり、どこへ行くのもいつも一緒で少々気がめいってくる。

 教習所通いも、仮面を合格したので、もう通うことはないが、時折、吹雪が比叡山へ行きたがるものだから、度々足を運ぶことになった。どうやら吹雪は神獣となったことが嬉しくて、つい自慢しに行っているような様子に、檸檬はさらにゲンナリする。

 そんなある日のこと、いつものように京都の自宅から御所を通り抜け、出町柳から叡電に乗ろうとしているとき、急に違和感を覚える。

 ん?

 昼間だったはずが、空の色が急に褪せはじめ、辺りは提灯の灯が見えるくらいに薄暗くなっている。

 今はいつ?

 ふと前方を目にやると、180センチはあろうかという大男に数人の侍らしき男たちが刃を向けているではないか。

 あんな大男なんて、弁慶か石川五右衛門ぐらいしか知らない檸檬。

 とりあえず、檸檬自信と吹雪に隠ぺい魔法をかけようとしたら、吹雪がいち早くウホき出し、その大男の横に並び立つも、その姿は修験者のようないでたちをしている。

 ダメよ。こういう時は見て見ぬふりをしなきゃ。

 どうやら吹雪は、多勢に無勢な大男を助けるつもりでいるらしい。

 まあ、千日介抱するほどの体力がある魂なのだから、当然と言えば、当然かもしれないけど。

 暗闇には、吹雪は慣れているかもしれないけど、大男の方は、ちょうちん一つで、明らかに分が悪い。

 それに侍と思しき男たちは、覆面をしている。

 もう、めんどくさいけど、吹雪が飛び出してしまったから仕方がない。檸檬も、大男の横に並び立ち、空に向かって義狩り魔法を放つ。

 一気に真っ昼間のような明るさになったものだから、男たちは、目を押さえて、くらくらしている。その隙に、大男と吹雪を回収して、転移魔法を使い、御所の中に逃げ込むことに成功する。

 御所、現在の寺町通から烏丸通までの場所と違い、どうやらそこは、千本通にほど近い聚楽第と呼ばれるようなところへ飛んだみたいだ。

「ふぅ。ここまで来たら大丈夫ですよね」

「もう!吹雪が飛び出すからよ」

「でも、檸檬様の光魔法は効きましたね!あいつら、腰抜かしたんじゃないですかね」

「おだてたって、ダメよ」

「あの……危ないところを、助けてくださりありがとうございました」

「あっ!いいえ。こちらこそ、余計なことをしてしまったかもです」

「私は千宗易と申す茶人をしております。これから越前の信長様のところまで、品物を届けに参ります」

「ん?どっかで聞いたことがあるような名前ね?あ!千利休様!?」

「いえ。お人違いかと存じます」

「利休様の養女になられる方が、ウチのご先祖様と結婚したのですよ。まだまだ先の話になるけど……」

「?」

「私は、上垣内家の一人娘の檸檬と申します。今から450年後の先の世からやってきました。と言っても信じてもらえないだろうから、今のところは聖女様、いえ女神さまと思ってもらっても構いませんわ」

「菩薩様か観音様の化身ということでしょうか?」

「まあ、そういうことにしておきましょう」

「上垣内家と言えば、お茶で有名な?あの上垣内家でございますか?これは、なんという奇遇なことか……」

「はい。ですから我が家の古い文献に利休様、いえ宗易様のことがたくさんつづられておりますので、少しばかり存じ上げております」

「助けていただいて、申し訳ないのですが、その不思議な力で、私を越前まで連れて行ってはもらえぬか?」

 越前と言えば、福井県ね。京都から行くには、鯖街道を通って、途中越えすれば、なんとかなるかもしれないけど、なんせ、檸檬は免許取り立て、新米ドライバーなので、運転がおぼつかない。

 かといって、今から大地君(脳筋男)を呼び出すとしても、東京からだと時間がかかりすぎる。

 吹雪は、すっかり元の猿の姿に戻っているし、何の役にも立ちそうにない。

「わかりました。命の保証、安全かどうかはわかりかねますが、今晩中に越前へ行けるように手配致しましょう」

 利休様は、目を輝かせて、檸檬を見ている。

 そう期待されても、困るのよね……、なんせ新米ドライバーだからね。命の保証までは無理よ。でも、檸檬は何があろうとも、死なない覚悟だけはある。前世、あんなにつらい目に遭って、今世もすぐ死ぬような運命ならば、神様は何のためにヴェロニカを転生させたかわからないもの。

 そういう意味で、ヴェロニカも檸檬も神様の存在を信じているというわけ、檸檬がこの世に生を受けたのは、きっと檸檬にしかできないことを成し遂げるためだと信じている。それが、何もしないで死ぬことなどありえないという思いを信じていると言っても過言ではない。

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