44 / 48
*WEB連載版
第62話 出発
しおりを挟む
イリーナは館を去り、ダドリー様と共にオレリー家に戻った……とルベルド殿下から聞いたけど、それだけだ。……それ以上の興味は、もうない。
そんな一週間目のこと。
今日はルベルドと一緒に王都に行く日である。
国王陛下に婚約の報告をしにいくのだ。
支度をし終えた私は、玄関前に移動した。ズラリと使用人たちが並んでいる。見送りをするためだ。
館の前の馬車回しにはすでに馬車が停まっていた。黒地に金で装飾された重厚なもので、ノイルブルク王家の紋章も刻まれている。さすがはノイルブルク王国の第三王子の馬車、といった感じの豪華なものだった。
「そういえば、アデライザ先生はマティアス殿下に会うのは久しぶりなんですね」
馬車の前に立つクライヴくんが声をかけてきた。
そうなのだ。
前回会ったときは、家庭教師の面接だったから……。あれから本当にいろいろなことがあったわね。
「ええ。滅茶苦茶緊張してるわ」
口の中なんかもうカラカラだ。
「仕事をくれたマティアス殿下を裏切ってしまったことになってるしね。どんな顔でお会いすればいいのか……」
ルベルド殿下の研究を探れ――との仕事を仰せつかっていたのに、私はそれを破棄してしまったのだ。しかも次に会うのが弟の婚約者として、だなんて。ほんとにもう、どんな顔で会えばいいのか……。
「いえ、ご心配なく。マティアス殿下は喜んでいらっしゃいましたよ」
と、クライヴくんが意外なことを言った。
「喜ぶ? マティアス殿下が?」
裏切られて喜ぶなんて、マティアス殿下ってそういう趣味がある人なのかしら。
「これで弟も落ち着いてくれるだろう、とおっしゃっておられました」
「落ち着く……?」
ルベルド殿下はもう十分落ち着いているように見えるけど。
なんとなく腑に落ちずにいると、クライヴくんが補足してくれた。
「実は、ルベルド殿下は禁忌の研究をしているんです。マティアス殿下はその禁忌の研究がどこまで進んでいるのかを知りたいんですよ。だから先生に研究内容を探れ、とスパイを頼んだんです。でも、弟が愛する人を手に入れて落ち着けば、その研究自体をやめるかもしれない、と……マティアス殿下はそう考えていらっしゃいました」
「そんなものでしょうか……」
「少なくとも今しばらくは大丈夫かと思います。マティアス殿下はこうもおっしゃっていました――先生が弟の気を引きつけている時間が一秒でも長くあってほしい、と」
……なるほど。
確かに、ルベルド殿下は私に夢中だ。ちょっと、恥ずかしいくらいにね。
それで禁忌の研究が疎かになれば、それはそれでマティアス殿下の目的にかなっている、ということなのだろう。
「久しぶりだなぁ、外」
呑気な声がして振り返ると、ちょうど玄関からルベルド殿下が出てくるところだった。となりには荷物を持ったロゼッタさんが従っている。
「クライヴ、ありがとな。兄貴に掛け合ってくれて」
「いえ、僕は殿下のお役に立てて嬉しいです。……赤月館に置かせてもらっている身ですし、恩返しですよ」
それからロゼッタさんにウインクする。
「……少しは僕を見直してくれてもいいんだよ、ロゼッタ?」
「………………」
ぷい、と無言で顔を背けるロゼッタさん。
でも私は見てしまったわよ。そのほっぺが若干赤くなっていたのを……。
ううううううん、やっぱり可愛いなぁ、このカップルは!
「……手土産がありますので。あなたのコネクションなど必要なかったです」
「手土産って?」
私の問いに、ルベルド殿下がロゼッタさんの持つ荷物を指し示した。
「これだよ。教えられる範囲ではあるが、俺の研究の資料だ。兄貴はこれが欲しいんだろ」
「殿下、どうして……」
クライヴくんが呟く。
「いやほら。アデライザが怒られないように、と思って。手柄があったら兄貴もそんなに怒らないだろ?」
「……ぐふっ」
私は思わず笑ってしまった。笑い方がキモいのは自覚済みだ。
「ありがとうございます、殿下。そんな気遣いしてもらっちゃったんじゃ、私も頑張らないといけませんわね」
緊張してる、なんて言ってる場合じゃないわよね、こんなの。
私にはルベルド殿下がいるんだから!
「あ、そうそう。もちろん『あのこと』は入ってないから心配ご無用だぞ」
「……馬鹿」
ルベルド殿下の耳打ちに、私は顔を真っ赤にしてぼそっと呟き返した。
『あのこと』って、つまりは魔力発現薬の副作用である媚薬効果のことよね……。もうっ。
「ははっ。じゃ、行こうか」
先に馬車に乗りこんだルベルド殿下の背――。
殿下はいつものだらけた服じゃなくてピシッとした旅装だ。こういう格好を見ると、本当にこの人は王子様なんだなぁ、って思っちゃう。こんな素敵な人が私の婚約者って、本当に? これが夢だと言われたら信じてしまいそうよ。
でも……、これは現実なんだ。
「アデライザ」
はっと我に返ると、馬車のドアから身を乗り出している殿下がいた。
「大丈夫さ。俺がいる」
「殿下……」
「二人でなら、きっとなんだって乗り越えられるよ。……だから」
ルベルド殿下は私に手を差し出してくる。
その姿は、なんだか妙に格好良くて……。
「行こう、アデライザ!」
「はい、殿下」
私はその手をとって、馬車に乗り込んだのだった。
そんな一週間目のこと。
今日はルベルドと一緒に王都に行く日である。
国王陛下に婚約の報告をしにいくのだ。
支度をし終えた私は、玄関前に移動した。ズラリと使用人たちが並んでいる。見送りをするためだ。
館の前の馬車回しにはすでに馬車が停まっていた。黒地に金で装飾された重厚なもので、ノイルブルク王家の紋章も刻まれている。さすがはノイルブルク王国の第三王子の馬車、といった感じの豪華なものだった。
「そういえば、アデライザ先生はマティアス殿下に会うのは久しぶりなんですね」
馬車の前に立つクライヴくんが声をかけてきた。
そうなのだ。
前回会ったときは、家庭教師の面接だったから……。あれから本当にいろいろなことがあったわね。
「ええ。滅茶苦茶緊張してるわ」
口の中なんかもうカラカラだ。
「仕事をくれたマティアス殿下を裏切ってしまったことになってるしね。どんな顔でお会いすればいいのか……」
ルベルド殿下の研究を探れ――との仕事を仰せつかっていたのに、私はそれを破棄してしまったのだ。しかも次に会うのが弟の婚約者として、だなんて。ほんとにもう、どんな顔で会えばいいのか……。
「いえ、ご心配なく。マティアス殿下は喜んでいらっしゃいましたよ」
と、クライヴくんが意外なことを言った。
「喜ぶ? マティアス殿下が?」
裏切られて喜ぶなんて、マティアス殿下ってそういう趣味がある人なのかしら。
「これで弟も落ち着いてくれるだろう、とおっしゃっておられました」
「落ち着く……?」
ルベルド殿下はもう十分落ち着いているように見えるけど。
なんとなく腑に落ちずにいると、クライヴくんが補足してくれた。
「実は、ルベルド殿下は禁忌の研究をしているんです。マティアス殿下はその禁忌の研究がどこまで進んでいるのかを知りたいんですよ。だから先生に研究内容を探れ、とスパイを頼んだんです。でも、弟が愛する人を手に入れて落ち着けば、その研究自体をやめるかもしれない、と……マティアス殿下はそう考えていらっしゃいました」
「そんなものでしょうか……」
「少なくとも今しばらくは大丈夫かと思います。マティアス殿下はこうもおっしゃっていました――先生が弟の気を引きつけている時間が一秒でも長くあってほしい、と」
……なるほど。
確かに、ルベルド殿下は私に夢中だ。ちょっと、恥ずかしいくらいにね。
それで禁忌の研究が疎かになれば、それはそれでマティアス殿下の目的にかなっている、ということなのだろう。
「久しぶりだなぁ、外」
呑気な声がして振り返ると、ちょうど玄関からルベルド殿下が出てくるところだった。となりには荷物を持ったロゼッタさんが従っている。
「クライヴ、ありがとな。兄貴に掛け合ってくれて」
「いえ、僕は殿下のお役に立てて嬉しいです。……赤月館に置かせてもらっている身ですし、恩返しですよ」
それからロゼッタさんにウインクする。
「……少しは僕を見直してくれてもいいんだよ、ロゼッタ?」
「………………」
ぷい、と無言で顔を背けるロゼッタさん。
でも私は見てしまったわよ。そのほっぺが若干赤くなっていたのを……。
ううううううん、やっぱり可愛いなぁ、このカップルは!
「……手土産がありますので。あなたのコネクションなど必要なかったです」
「手土産って?」
私の問いに、ルベルド殿下がロゼッタさんの持つ荷物を指し示した。
「これだよ。教えられる範囲ではあるが、俺の研究の資料だ。兄貴はこれが欲しいんだろ」
「殿下、どうして……」
クライヴくんが呟く。
「いやほら。アデライザが怒られないように、と思って。手柄があったら兄貴もそんなに怒らないだろ?」
「……ぐふっ」
私は思わず笑ってしまった。笑い方がキモいのは自覚済みだ。
「ありがとうございます、殿下。そんな気遣いしてもらっちゃったんじゃ、私も頑張らないといけませんわね」
緊張してる、なんて言ってる場合じゃないわよね、こんなの。
私にはルベルド殿下がいるんだから!
「あ、そうそう。もちろん『あのこと』は入ってないから心配ご無用だぞ」
「……馬鹿」
ルベルド殿下の耳打ちに、私は顔を真っ赤にしてぼそっと呟き返した。
『あのこと』って、つまりは魔力発現薬の副作用である媚薬効果のことよね……。もうっ。
「ははっ。じゃ、行こうか」
先に馬車に乗りこんだルベルド殿下の背――。
殿下はいつものだらけた服じゃなくてピシッとした旅装だ。こういう格好を見ると、本当にこの人は王子様なんだなぁ、って思っちゃう。こんな素敵な人が私の婚約者って、本当に? これが夢だと言われたら信じてしまいそうよ。
でも……、これは現実なんだ。
「アデライザ」
はっと我に返ると、馬車のドアから身を乗り出している殿下がいた。
「大丈夫さ。俺がいる」
「殿下……」
「二人でなら、きっとなんだって乗り越えられるよ。……だから」
ルベルド殿下は私に手を差し出してくる。
その姿は、なんだか妙に格好良くて……。
「行こう、アデライザ!」
「はい、殿下」
私はその手をとって、馬車に乗り込んだのだった。
1
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました
春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。
名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。
誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。
ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、
あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。
「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」
「……もう限界だ」
私は知らなかった。
宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて――
ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。
殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました
まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました
第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます!
結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。