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番外編
書籍化記念SS*ピアノの調べは誰のため1(アデライザ11歳とイリーナ5歳)
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「ふふふふーん、ふふふふーんふふー」
鼻歌でリズムを取りながら、私は楽譜を読んでいた。あと少しでピアノの先生が来る、そんな午後のことである。
「それ、やめてくださる?」
すぐに今年5歳になる妹のイリーナが絵本から顔を上げてそう言ってきた。白銀の髪を可愛らしく編んだ彼女は、嫌そうに青い目をすがめている。
「おねえさまのお歌を聞いてると、耳がおかしくなりそうですわ。おねえさまのヘタクソ!」
「はいはい、ごめんなさいね」
さらりと返し、私は鼻歌をやめて頭の中で最初から音符をたどり始める。
さんざんな言われようだけど、このくらいでは私の上機嫌は崩れない。
だって、3日前の11歳の誕生日で、お母さまにこんなことを言われたんだもの。
『あなたは12歳になったら全寮制の寄宿学校に行くのよ、アデライザ。いっとくけどね、魔力がないあなたを家にこれ以上置いてあげることはできないの』
――やったぁ! と内心でガッツポーズした瞬間だった。
お母さまにもお父さまにも冷たくされて、たった一人の妹まで生意気で、使用人にすら軽んじられるこんな家、すぐに出ていきたいくらいだけど……、残念ながら、まだ11歳である私は一人で生きていくことができないっていうのが悩みだったから。
それをお金を出してまで家を出させてくれるなんて、なんてラッキーなんだろう! 12歳といわず、今すぐにでも寄宿学校に行きたいけど、そんな我が儘いったら駄目よね。
イリーナはといえば、むーっと私のことを睨みながら、まだ悪口を続けた。
「おねえさまったら魔力がないのにお歌まで下手だなんて、ほんとにどうしようもない『しっぱいれいじょう』なんですのねっ」
「そんなこと言ってていいの?」
私は楽譜を見つめたまま、イリーナにそんなことを質問した。
「ちゃんとピアノの練習しないと、イリーナまで『失敗例嬢』になっちゃうわよ? この前なんて、ドロシー先生怒る寸前だったんだからね」
「だいじょうぶですわよ、わたくし、天才ですもの」
ぷいっ、と顔を背けるイリーナ。
「ピアノなんてちょちょいってやればいいんですの。おねえさまこそ、一つの曲にそんなに手こずっちゃうなんて、馬鹿みたいですわ。一回聴けば、だいたい分かるでしょう?」
なんでもないことのようにイリーナは言うけど、それが難しいんだってば。
――確かに、イリーナにはピアノの才能があった。まだ5歳なのに両手で弾けるし、先生が弾いた曲を器用に真似して弾くこともできる。もちろん、簡単な曲に限るけれども。
それでもピアノの練習曲集を、練習もしないである程度は弾いてしまうだけの才能はあった。
問題は、それでいい気になって練習をまったくしないことだ。
唇を尖らせて、イリーナは更に私の悪口を言う。
「魔力がないのなら、せめてわたくしくらいピアノが弾ければよかったんですのにね!」
それは、お母さまがよく私に言う言葉だった。ああ、イリーナも覚えちゃったのね。
「私は私のペースでやるからいいのよ」
溜め息交じりに答えてから、私は楽譜を見る。
この曲は好きだから、寄宿学校に行くまでには通して弾けるようになってたい。
……実際問題として、家族に悪口をいわれるのは、もう慣れっこになっていた。魔術の名門オレリー家に生まれながら魔力がないというのは、それくらい肩身の狭いことなのだ。
だからこの程度の悪口じゃ、ちっとも心は動かない。
でも、ちょっとくらい反撃もしてもいいわよね?
「でもねイリーナ、弾けるからって調子に乗ってないで、ちゃんと練習して、先生の言うことをきかなきゃだめよ? この先もっと難しい曲だって出てくるんだからね」
「ふんっ、よけいなお世話ですわ!」
噛みつくように言うと、イリーナはさっさと絵本に向き直ってしまった。
鼻歌でリズムを取りながら、私は楽譜を読んでいた。あと少しでピアノの先生が来る、そんな午後のことである。
「それ、やめてくださる?」
すぐに今年5歳になる妹のイリーナが絵本から顔を上げてそう言ってきた。白銀の髪を可愛らしく編んだ彼女は、嫌そうに青い目をすがめている。
「おねえさまのお歌を聞いてると、耳がおかしくなりそうですわ。おねえさまのヘタクソ!」
「はいはい、ごめんなさいね」
さらりと返し、私は鼻歌をやめて頭の中で最初から音符をたどり始める。
さんざんな言われようだけど、このくらいでは私の上機嫌は崩れない。
だって、3日前の11歳の誕生日で、お母さまにこんなことを言われたんだもの。
『あなたは12歳になったら全寮制の寄宿学校に行くのよ、アデライザ。いっとくけどね、魔力がないあなたを家にこれ以上置いてあげることはできないの』
――やったぁ! と内心でガッツポーズした瞬間だった。
お母さまにもお父さまにも冷たくされて、たった一人の妹まで生意気で、使用人にすら軽んじられるこんな家、すぐに出ていきたいくらいだけど……、残念ながら、まだ11歳である私は一人で生きていくことができないっていうのが悩みだったから。
それをお金を出してまで家を出させてくれるなんて、なんてラッキーなんだろう! 12歳といわず、今すぐにでも寄宿学校に行きたいけど、そんな我が儘いったら駄目よね。
イリーナはといえば、むーっと私のことを睨みながら、まだ悪口を続けた。
「おねえさまったら魔力がないのにお歌まで下手だなんて、ほんとにどうしようもない『しっぱいれいじょう』なんですのねっ」
「そんなこと言ってていいの?」
私は楽譜を見つめたまま、イリーナにそんなことを質問した。
「ちゃんとピアノの練習しないと、イリーナまで『失敗例嬢』になっちゃうわよ? この前なんて、ドロシー先生怒る寸前だったんだからね」
「だいじょうぶですわよ、わたくし、天才ですもの」
ぷいっ、と顔を背けるイリーナ。
「ピアノなんてちょちょいってやればいいんですの。おねえさまこそ、一つの曲にそんなに手こずっちゃうなんて、馬鹿みたいですわ。一回聴けば、だいたい分かるでしょう?」
なんでもないことのようにイリーナは言うけど、それが難しいんだってば。
――確かに、イリーナにはピアノの才能があった。まだ5歳なのに両手で弾けるし、先生が弾いた曲を器用に真似して弾くこともできる。もちろん、簡単な曲に限るけれども。
それでもピアノの練習曲集を、練習もしないである程度は弾いてしまうだけの才能はあった。
問題は、それでいい気になって練習をまったくしないことだ。
唇を尖らせて、イリーナは更に私の悪口を言う。
「魔力がないのなら、せめてわたくしくらいピアノが弾ければよかったんですのにね!」
それは、お母さまがよく私に言う言葉だった。ああ、イリーナも覚えちゃったのね。
「私は私のペースでやるからいいのよ」
溜め息交じりに答えてから、私は楽譜を見る。
この曲は好きだから、寄宿学校に行くまでには通して弾けるようになってたい。
……実際問題として、家族に悪口をいわれるのは、もう慣れっこになっていた。魔術の名門オレリー家に生まれながら魔力がないというのは、それくらい肩身の狭いことなのだ。
だからこの程度の悪口じゃ、ちっとも心は動かない。
でも、ちょっとくらい反撃もしてもいいわよね?
「でもねイリーナ、弾けるからって調子に乗ってないで、ちゃんと練習して、先生の言うことをきかなきゃだめよ? この先もっと難しい曲だって出てくるんだからね」
「ふんっ、よけいなお世話ですわ!」
噛みつくように言うと、イリーナはさっさと絵本に向き直ってしまった。
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