運命のあなた

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亡霊

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ヴィルフラム王は、私の部屋に訪れる侍従達に、迷うことなく指示を出していった。

そして私は今、ベッドにうつ伏せになり、侍医から足の治療を受けている。

「ッ――」

救われたことに安堵している身体は、その一点に集中して、脂汗を掻く。
痛みに呻かないように、シーツをギュッと握りしめた。

それほど時間は経っていないだろうに、木の欠片を取り除き、洗浄するだけの作業が遅く感じる。

「取り除きました」

侍医の言葉に、一度、ベッドに息を吐いて身体を深く沈ませた。

その間に、ヴィルフラム王と侍医が何かボソボソと話し合っている。

このまま寝たい。
そう思うものの、未だに汚れて濡れた服のままであったし、頬に塗りたくられた血もちろんのこと、髪や身体の汚れを洗い流したかった。
重たい身体を起こして、ベッドの端に腰かけた。

すると、話を終えたらしい侍医と入れ替わりに、侍女が風呂の用意が出来たと告げた。

「ああ、ありがとう――ぁッ……」

礼を言って、立ち上がろうとする前に、いつの間にか近くにいたヴィルフラム王が、私をまた横抱きにした。

咄嗟のことに妙な声を上げてしまい、顔が熱くなるのを感じる。
右足の痛みなど、吹き飛んだ。

ヴィルフラム王自ら、私を脱衣所まで運び、備え付けの寝椅子に降ろす。
そして、ヴィルフラム王は躊躇なく服を脱いだ。

それに驚いていれば、私の服に手を掛けてくる。
ハッと我に返り、慌てて腕を掴む。

「あ、あの…陛下。私のことは、コニ―が――」
「コニ―を待っていたら、お前が風邪を引く」

有無を言わせないような瞳に見詰められ、何も言えなくなる。

問答無用とでもいうように、部屋着なので簡素な造りだからか、いとも簡単に服を脱がされた。

細身の方なのに、しっかりした筋肉が綺麗についているヴィルフラム王とは反対に、自分の身体が貧相で恥ずかしい。

背中を縮めた私を、ヴィルフラム王は横抱きして浴室に入る。

浴室は、洗う場所が設けられ、同じ空間に浴槽が設けられているのが主流だ。
温泉を生かしたシャワーという技術があり、蛇口を捻れば温かい湯がすぐに出てくる仕組みになっている。
この種類の浴室は、私とヴィルフラム王の国が代表的で、他国はもっと簡素な造りが多いのだという。

従者が用意したであろう、椅子にそっと座らされる。
私への配慮か、さりげなく股に布を掛けてくれた。

おぼろげな記憶だが、性行為をした男性と一緒に裸で浴槽に入るのは、居た堪れない。

それでも心配いらないと心に言い聞かせられるのは、裸になると少しは漏れ出てしまうだろう、アルファのそういった匂いが感じられないからだ。
やはり、アルファ性に支配されることなく、ヴィルフラム王が自身で制御できる力を持っているということだろう。

どうすれば正しいのか、おろおろしている内に、ヴィルフラム王は蛇口を捻り、温度調節をしたシャワーを近づけ「掛けるぞ」と短くいった。

どうやら、ヴィルフラム王自ら私の入浴を介護しようとしているらしいと理解し、目の前の湯を出すシャワーに手をかけた。

「あの、陛下……自分で致しますので……」
「お前は、私の番。世話をするのが当たり前だ」

何かおかしいか。と目で問われてしまえば、首を横に振るしかない。

おかしいかと問われれば、本当は『貴方の番ではない。貴方の妹君いもうとぎみこそが私の番だ』と言いたかったが、どうしても口に出すことができなかった。

ここまで私に優しいのは、私が運命である番だと思っているからで、その真実を知ったヴィルフラム王が、恩赦はすべて無しとして、この国の民や弟達に害が及ぶなんてことがあるのではないかと危惧している。

「――お願い、します……」

これは命令なのだと、私はシャワーから手を離し、心情を隠すのがどうにも下手で、消え入りそうな声で呟いた。

聞こえるか心配な小ささだったが、聞き取れたらしく、ヴィルフラム王は頷いた。
私の手を、空いている大きな手で持ち上げ、温めるようにお湯を当ててくる。

指先がジンとして、かじかんでいたことに気づく。
温まった頃を見計らってか、もう片方の手も同じように温め、次には揃えていた両足の爪先にお湯を当てる。

爪先が温まった頃、血を塗りたくられた頬を、何度もお湯を乗せた手で優しく擦られた。
頬の他に、額や眉、目尻など労わるように細い指で触られ、気持ち良い。

顔がさっぱりすると、ヴィルフラム王がいきなりタイルに膝を着いた。
そして、私の怪我をしている右足を持ち上げ、自身の膝に私の踵を乗せて、

「痛いと思うが……」

大丈夫かと、私を見上げて問うてくる。

痛みに備え身構えながら頷くと、思い切りが良いといえば良いのか、遠慮無しにといえば良いのか、大胆にお湯を足に掛けられる。
私の様子を見ながらゆっくりやるよりも、早く苦痛が終わると判断したのだろう。

「――いッ…、ぅっ……、いたぁ……」

痛みに手を握りしめ、身悶えることしかできない。

少し足が暴れても、ヴィルフラム王は私を咎めることはなかった。

洗い終えたようで、シャワーが遠ざけられ、全身に籠めていた力を抜く。

「イオリス。良く耐えた」
「……いッ…た…」

ヴィルフラム王が褒めるように、私の頭を撫でようと触れてきたが、頭皮の痛みに肩を竦ませ身体を強張らせた。
素早く手が離れていく。

「イオリス……」
「あの、髪を引っ張られたのを忘れていました……」
「―――お前は、忘れてばかりだな……。他に、忘れている怪我はないか?」
「はい。大丈夫です」

少し呆れたような顔で見下ろしてくるヴィルフラム王だが、私の頭にそっと触れて治癒してくれる。

痛みがなくなると、ヴィルフラム王はその触れた場所に唇を落とし、音を立てながら離れていく。
そして、何事もなかったように、私の左足を温めながら洗いはじめる。

何といえば良いのか、アイリス様のお膝元である大国の王が、小国の―――しかも、敗退国の王子である私の前で膝を着いて、世話を焼いている姿が不思議でならない。

いや。やけに胸がドキドキとする。
これは、アルファの中のアルファに介助してもらっているから、オメガの性質が同調して鼓動が激しくなるのだろうか……。

洗い終わったのか、一度、お湯を出したままシャワーをもとの位置に戻した。
湯気が天井近くまで舞うことで、浴室の空気が温められていく。

何をするのだろうと、ヴィルフラム王の行動を目で追っていると、また私の目の前にまた膝を着いた。

どうしたのだろうか?

「陛下?」

私の困惑した呼び声には答えず、右足をヴィルフラム王が両手で包んだ。

「傷口を軽く塞ぎ、痛みを癒すことしかできないが―――」

独り言つように呟いて、ヴィルフラム王は私の右足を見詰め治療していく。

ジクジクと痛んでいた足の裏の痛みは消え、傷が塞がっていくのがわかった。

「これで良いだろう」

そう言って、ヴィルフラム王は手慣れたように片手で私の膝を曲げさせ、足首と踵を空いたもう片方の手で支える。

私は、身体の均等を保つように、背後に腕を回し椅子の縁を掴んだ。

足の裏の傷が塞がっただろうそこに確かめるように、ヴィルフラム王は身を屈め端正な顔を近づけた。

「―――え…?」

何が起きているのか、わからなかった。

足の裏に、少し湿る柔らかい何かが触れている。
何か。といってももう、本当はその何かがわかっているが、信じられずに目を見張ったまま、その様子を凝視してしまう。

――――口付けられている。

頭で認識してしまえば、カッと燃え上がるように、身体が熱くなった。

王子といえ、そんなこと、一回だってされたことがない。

私が頭も心も混乱しているのを見透かしたのだろう、唇を離したヴィルフラム王が、私を見ながら口端を少し上げフッと笑う。

挑発と似た感情を乗せた切れ長の目で、こちらを射抜かれ、囚われたように目が離せない。

何か神聖な儀式めいた仕草で、爪先ゆったりと口付けられる。
次には足の甲もそうされて、クラリと眩暈がした。

後ろへ倒れそうになった私を、慌てることなくヴィルフラム王が片腕を背に回して支える。

引き締まった胸に抱き寄せられてしまえば、思わず安堵のため息をついていてしまった。

アルファ―――しかも、その頂点に居るだろう存在の腕の中は、何も纏っていない無防備な身体を弛緩(しかん)してしまうほど、守られている安心感が強い。

「熱が出ているな……」

落ち着き払った心地の良い声が、耳をくすぶる。

ふるりと震えながらも、オメガを安心させるアルファの力を出されてしまっては、身体は素直で指先まで動かない。

そんな私の状況を知っているのか、知らないのか、サーっと波が引くように熱が下がっていく。

また、治癒の力だ。
この人は、どこまで奇跡を起こせるのだろうか。

「イオリス、座っていられそうか?」
「……はい」

問いかけに頷くと、ヴィルフラム王は離れていく。

庇護中から放り出されたような喪失感に、オメガの本能がまた腕の中に戻りたいと心をざわつかせるが、背筋を正してグッと耐える。

そして私は、髪はもちろん、隅々まで丁寧に洗われた。
傷を確認するかのような洗い方に、最初はくすぐったかったが、何かを呼び起こされそうになり、洗い終わる頃には私は疲れと相まってぐったりとしてしまった。

私にはかなりの時間を割いたのにも関わらず、ヴィルフラム王は自身の身体を洗うのはサッと済ませた。

もう何度目かの横抱きをされて、終わりかと心の中でホッとしそうになったが、そのまま温泉の張られた浴槽に入っていく。

大人が二人、ゆったりと入れるほどの広さはあるのだが、ヴィルフラム王は横抱きの形で私を膝に乗せたままだ。

温泉の効能だけでなく、薬液が混ぜられた湯は、疲れ切った身体に浸透する。
さらには、ヴィルフラム王がアルファの力で、心身の全ての緊張をほぐすように配慮してくれているようで、人心地着いた。

「お前が無事で、本当に良かった」
「陛下、助けてくださりありがとうございます」

無表情に近い方ではあるが、ほっと顔を緩ませたヴィルフラム王につられて微笑んだ。



寝間着までヴィルフラム王の手ずから着せてもらい、何から何まで世話を焼いてもらって、ベッドに横たえられた。

そのまま、ヴィルフラム王までベッドに潜り込んでくる。
そして、腕枕をされ、彼の胸元に額をつける形で抱きしめられた。

見上げれば、こちらを見ているルビーの様な目と合う。

「疲れただろう。寝ろ」

そう言って、ヴィルフラム王の方が先に目を瞑った。
眠る姿勢のヴィルフラム王の顔は、少し幼く見えて、小さいころに出逢ったロザリア様の顔と重なる。

「―――イオリス?」

瞼を上げ、現れた瞳になんだと問われて、ハッと我に返った。

無意識に私は、目の前の頬に触れていた。
いまだに乗せられている私の手に、手を重ねたヴィルフラム王が掴み、指先に口付けてから、上掛けの中に仕舞われる。

「イオリス。侍医は、お前を安静させろと言っていた」

だから、寝ろとまた、ヴィルフラム王は瞼を閉じてしまった。

少し身じろいでいたが、ヴィルフラム王は眠ってしまったのか、なんの反応を示さない。

案外、睫毛が長いんだな。などと、目の前の美貌を眺めていたが、いつの間にか私も眠りに落ちていった。
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