ストーカー

Mr.M

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四章 神無月

十月三日(月曜日)2

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大烏はテーブルに座るなり深い溜息を吐いた。
疲れているというよりは
ひどく落ち込んでいるように見えた。

「お、大烏さん、コーヒーでよかったですよね?」
「ふむ・・」
僕の問いに大烏は力なく頷いた。
それから僕の方へとチラリと目を向けると
ふたたび小さく溜息を吐いた。
「大烏さん、どうしたんですか?
 何かあったんですか?」
「ふむ・・」
こんな大烏を見るのは初めてのことだった。
僕は徐々に不安になってきた。

その時、もしほがコーヒーを運んできた。
「お待たせしました。
 先日は美味しいお肉をありがとうございました」
そう言ってもしほはぺこりと頭を下げた。
「ふむ。
 喜んでいただけて幸いだ」
大烏はもしほに笑顔を向けた。
この男はどんな時でも女性の前では紳士なのだ。
「ごゆっくりどうぞ」
もしほは僕へ目くばせをしてから
カウンターへ踵を返した。
「・・君とこうして会うのも久しぶりだ」
それを確認して大烏が口を開いた。
「実は一昨日まで色々と調べていてね」
「な、何かわかったんですか!」
僕ははやる気持ちを抑えて小声で訊ねた。

「ふむ」
大烏は頷いてからゆっくりとコーヒーを飲んだ。
僕は黙って大烏の表情を窺った。
「・・これは非常に言い難いことだが、
 残念ながら銭湯と市民プールの利用客の中に、
 犯人らしき人物を見つけることはできなかった」
僕は急に全身の力が抜けた。
同時に疑問に思った。
大烏の言葉はどの程度信じられるのだろうか。
そもそも不特定多数の人間が利用する
銭湯とプールを完全に調べることなど、
いくら大烏でも不可能なはずだ。
「君は私の調査に見落としがあると
 思っているのだろう?」
「い、いや、そんなことは・・」
僕は慌てて首を振った。
「君がこの結果に納得できないというのはわかる。
 しかしこれが現実。
 これ以上は調査を続けたところで無駄だろう」
大烏は溜息を吐いて
ふたたびコーヒーを口に運んだ。

静かな店内に、
もしほの動き回る足音と
テレビの雑多な音が響いていた。

僕は手にしたコーヒーカップに目を落とした。
そしてテーブルの上にあるシュガーを
スプーンで一杯すくってカップに入れた。
それからゆっくりとかき混ぜた。
「はぁ・・」
大烏の溜息が僕にまで伝染していた。

「そんなに落ち込む必要はない。
 犯人を見つける方法ならある」

僕は驚いて大烏の顔を見た。
口元を歪めた大烏がこちらを見ていた。
その表情に僕は言いようのない胸騒ぎを覚えた。

「・・そ、そんな方法があるのなら
 早く教えて下さいよ」

大烏は僕に目を向けたまま
もう一度コーヒーを飲んだ。
そしてチラリとカウンターに目を配ってから、
身を乗り出すと僕に小声で囁いた。
「ふむ。
 簡単なことだよ。
 君がまた誰かを襲えばいいのだ」
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