ストーカー

Mr.M

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四章 神無月

十月七日(金曜日)

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僕はただ安倍瑠璃からの連絡を待ち続けていた。

待ち人来たらず。

結局、
この日も営業中に彼女からの連絡はなかった。


二十時三十分になって僕は家を出た。
そして車に乗り込んでエンジンをかけた。

国道から分かれて稲置横断道路に入ると、
ひたすら東に向けて車を走らせた。
稲置横断道路は
稲置市の北を東西に走る片側三車線の県道で、
通称四十メーター道路と呼ばれていた。
北には忌寸湾が臨めた。
週末の夜だが道路は空いていた。
街灯のない稲置横断道路は寂しかった。
特に海側を走るこちらの車線は
中央分離帯の街路樹が、
対向車線のライトや街の灯りを遮っていて
真っ暗だった。
臨海の工業地帯の灯りも
ここまでは届かない。

稲置川に架かった橋を渡っていると
工場の灯りが爛爛と輝いているのが見えた。
海の向こうの忌寸市からこちらを眺めると、
きっと工業地帯の灯りが演出している
幻想的な夜景が見えることだろう。
橋を渡りきると目に見えて車の数が減った。

しばらく進むと二つ目の橋が見えてきた。
その橋を渡ると三車線が二車線となった。
左に見える海岸線が空の闇と同化していて、
その境がわからなかった。
いつの間にかバックミラーに映る
後続車のライトも消えていた。

三つ目の橋を渡り終えると
左手前方にコンビニの灯りが見えてきた。
こんな場所でコンビニを開いて
需要があるのかと不思議に思ったが、
そこは大手チェーン店のことだから
綿密なリサーチをしていることだろう。
コンビニを過ぎてしばらく進むと
二車線が一車線となった。

灯のない道を僕の車のライトだけが照らしていた。


野分岬に到着すると
二十時五十分になっていた。
自宅を出てからここまで
二十分足らずで着いたことになる。
適当なところに車をとめて僕は車から降りた。
潮の香りが鼻孔をくすぐった。
月が雲に隠れていた。
ゆるやかな登り坂の向こうに、
灯台のシルエットがぼんやりと浮かんでいた。
聞こえてくるのは波の音だけだった。
誰もいない。
周りには人が隠れるような場所もない。
この状況で
犯人はどうやって僕を監視するのだろうか。

僕は車に戻って野分岬を後にした。

計画では、
野分岬で安倍瑠璃の肉体を弄んだ後、
僕は立ち去ることになっている。
その後、現れるであろう犯人を大烏が捕まえる。
そして大烏は犯人を僕のもとへ連れてくる。

どこへ?

僕は慌ててブレーキを踏んだ。
僕はどこで大烏を待てばいいのか。

その時、工業地帯が目に入った。
僕はハンドルを右にきって工業地帯へ車を進めた。

真っ暗な道をゆっくりと車を走らせた。

僕は「千代丸急送」と書かれた会社の敷地に
車を乗り入れた。
倉庫として使われている敷地内は真っ暗だった。
五台のトラックが整然と並んでいた。
奥に事務所の非常灯の灯が見えた。
僕はゆっくりとその灯りへと車を進めた。
そして事務所の前に車をとめた。
しばらく待ったが
警備員がくるようなこともなかった。

ここなら野分岬から五分とかからない。
僕はここで大烏を待つ。
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