ストーカー

Mr.M

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四章 神無月

十月十三日(木曜日)1

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この日。
太陽が沈みかけた頃、携帯電話が震えた。

安倍瑠璃だった。

僕は大きく息を吸ってから通話ボタンを押した。

「予約を入れたいのですが?」
聞き慣れた、それでいて懐かしい声がした。
その声は同時に僕の欲望を刺激した。
「じゅ、十六日の日曜日はどうでしょうか?
 十九時以降なら空いてますが・・」
携帯の向こうからは何も聞こえてこなかった。
僕は一度、携帯を耳から離して
小さく唾を飲み込んだ。
それからふたたび耳を近付けた。
「・・十九時でお願いできますか?」
獲物が餌に食いついた瞬間だった。

通話を終えると僕は急いで外に出た。
そして大烏に連絡した。

「も、もしもし。
 い、今彼女から連絡がありました」
大烏に繋がると僕はすぐに報告した。
「十六日の十九時に予約を入れたので、
 施術が終わるのは
 二十時三十分を過ぎると思います」
「ふむ。
 それなら彼女を野分岬に連れてくるのは
 二十一時を過ぎるか」
電話の向こうの大烏は
まるで世間話をしているかのように普通だった。

「・・問題は犯人をどうするかだ。
 君もわかっているとは思うが、
 この計画において我々は
 犯人を警察に渡すことはできない。
 彼女が襲われている時間、
 君は宿禰にある私の自宅にいることに
 なっているからだ」

そう。
この計画では
犯人を警察に引き渡すという選択肢は
端からないのだ。
ならば・・。

「前にも少し話したと思うが、
 私なら犯人の口を封じてしまうがね」
「そ、それは・・」
その先の言葉を自分から口にする勇気はなかった。
僕は続く大烏の言葉を待った。

沈黙が流れた。

「・・も、もしもし、大烏さん」
その沈黙に耐え切れず僕は大烏の名を呼んだ。

「・・殺すんだよ」

電話の向こうから
冷静で沈着な大烏の声が聞こえた。
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