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9話 理解者
しおりを挟む「そっか、そんなことがあったんだね」
ホームルームから抜け出したあと、自らこの礼拝堂に来た。
告解室にはやっぱり男がいて、つい勢いのままさっきあったことを説明する。話しているうちに段々頭が冷えてきた。
「ムカついて推薦枠もらっちゃったけどさ、クラスの全員が全員私を推薦したわけじゃないと思うんだよね。普通に枠欲しい人いただろうしさ」
「……何? まさか枠返そうと思ってる?」
「いや。でもどうだろ……冷静になったら、やっぱり私で枠潰すのどうなんだろってちょっと思ってる」
嫌がらせを受けたとはいえ、別にやり返したいわけじゃない。変に恨みを買うのも嫌だし、推薦枠をもらったのは悪手だった気がしてきた。
私は悩み始めるも、相手は共感しなかった。
「優しいねえ。君に悪意向けた奴らなんてどうなろうが構わないでしょ」
「向けてない人も混ざってると思うよ。別に同情はしないけど……まあ、普通に罪悪感はあるよね。その人だって被害者なわけだから」
「推薦枠でしか本選進めないよう実力だったらたかが知れてるって。にしても、もったいないな。君がもし弾けるようになったら、そいつら全員捻り潰してやれるのにね」
どうやら相手はクラスの奴らに対して怒っているようだった。穏やかな口調は変わらないのに、言葉の節々に棘が混ざる。
私のことで怒ってくれるのは……ちょっとだけ嬉しかったりする。
でも、推薦枠のことはネックだ。本当にこのままもらってしまっていいものか、迷いは残る。自然とため息が零れる。
「はあ……面倒なことになったなあ」
「いいんじゃない? とりあえず推薦枠に選ばれたのは君なんだから。君が当日コンクールに出場しなくても、彼らに文句を言う筋合いはないさ」
「……まあ、でもさ」
彼の言うことは正しい。このままの状態でコンクールに出なくても、文句を言えるような人がいないことも。
不満ならあの場で言うべきで、同調圧力に負けて言えなかった方が悪い。
しかし理屈は正しくても、納得できるかは別の話だ。
「わかるんだよ。どんな理由があったって私が特別扱いされてるのは事実なわけで。クラスの奴らが反感抱くのも当たり前なんだよね」
「君は学校側からのスカウトで入学したんだろ? 人前で弾かなくていいって条件向こうが飲んでるんだから、君が気にする必要はない」
私も『文句あんなら校長に言え』と発言している。彼の言う通り気にしなくていいのはわかっているのに……どうしてこんなにも引っかかるんだろう。
「それは……そうなんだけど」
「結局のところ、君は推薦枠云々じゃなくて、『人前で弾けない』ことを気にしているんじゃないの? 『人前で弾けない自分』が推薦枠をもらうことに引け目を感じてるんだ」
「え……?」
思ってもみなかった指摘を受けて、言葉が詰まる。彼は私の見えていない本音を掬い出していく。
「君は心の奥底で、どうにか克服したいと思ってるんじゃないかな。自覚はなくてもさ」
「……」
四年前のあの日から、人前でピアノを弾けなくなった。
でも、今も変わらずピアノは毎日続けている。身体に染み付いた習慣ではなく、自分が弾きたいから。ピアノを、嫌いにはなれなかったから。
私はまた、前みたいに弾けるようになりたいんだろうか。
……自分のピアノを、誰かに聴いて欲しいと思っているのだろうか。
「でも、やっぱり人前で弾くのは……怖いよ」
「うん……そうだね。そう簡単な話じゃない」
「何で、わかったような口聞くの」
「君のことは誰よりも詳しく知っているからね」
そう言って彼は冗談っぽく笑う。
でも私は本当に彼が私のことを理解している気がして、茶化して否定することはできなかった。
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