21 / 44
16話 この時間がどれだけ大切か
しおりを挟む少し早めに登校する朝。
人も少ないからイヤホンを外している。いつもは雑音しか聞こえない環境音も、今日はクリアな音に聞こえる不思議。
綾瀬恭平と連弾する楽しみが、私を浮かれさせる。
音楽室からいつも聞こえる月の光は、防音室へと移動していた。
私が入ると、綾瀬恭平は演奏する手を止めて、軽く会釈をする。私は「おはよ」と短く挨拶しておく。
「ねえ、どうしていつも『月の光』弾いてるの? 今度の学内コンクールの曲?」
綾瀬恭平は当然推薦枠だ。まあ、彼の実力なら推薦枠など必要ないだろうけど。
「そうだけど……そうじゃない」
「何それ。変な答え」
学内コンクールで弾こうとしてるから毎日練習してるのかと思ってたけど、どうやら理由が他にもあるらしい。
質問ついでに、もう一つ気になっていたことを聞く。
「てか……それ、私の弾き方そっくりなんだけど、偶然?」
「……」
綾瀬恭平は一瞬泣きそうな顔をしたあと、今度はしかめっ面をしてピアノを睨み、口を噤んだ。
「何その顔。答えたくないの?」
綾瀬恭平は何も言わない。答えたくないという意思表示だろう。それならそう言えばいいのに、無口すぎる。
「一応聞くけど。悪意があるわけじゃないよね?」
私の弾き方をコピーして毎朝演奏をしていることに何か変な意図がないか確認する。
綾瀬恭平は一度だけ頷いた。
「……ならいい。今は聞かないでおいてあげる。てか答える気なさそうだし」
無理矢理問い詰めたところで答えは返って来なさそうだし、綾瀬恭平から敵意は感じない。
時間ももったいなので、その話題は切り上げた。
「今日、何弾く? この前の『仮面舞踏会』とかど──」
突然、ガタッと防音室のドアノブが上にあがる。
防音室特有のグレモンハンドルは、開けるのに力がいる。誰かがここに入ろうとしない限り、普通勝手に上がることはない。
誰だろう? と、綾瀬恭平と顔を見合わせる。
「……ちょっと待ってて」
綾瀬恭平が立ち上がり、ハンドルを押して扉を開けた。
「あ、綾瀬様……すみません、お邪魔するつもりじゃなかったんですけどお……」
そこにいたのは以前音楽室前で集まっていた綾瀬ファンたちだった。
しかし綾瀬『様』とは……なんかすごい。ちょっと引く。
綾瀬恭平の表情は変わらずだけど、少し空気が引き締まった感じがする。
「何?」
「昨日から音楽室でお姿を見かけなくて……私たち心配しててえ」
綾瀬ファンは私の方をチラッと見て、口元をぴくぴくと引き攣らせた。……あ、また敵が増えた、これ。
「何してるんですかあ?」
「別に。君たちには関係ない」
「……あのぉ、余計なお世話かもしれませんけど、あんまり変な人と付き合わない方がいいですよ。綾瀬様の評判に傷がつくって言うか──」
「帰って、今すぐ」
綾瀬恭平は有無を言わさず扉を閉め、グレモンハンドルを下にさげた。そんなに無下にしていいのかと、他人事ながら少し心配になる。
「……良かったの? 大事なファンじゃないの?」
「別に大事じゃないし、どうでもいい。君とこうしてることより大事なことなんてない」
「そ、そっか……?」
そんなに私との連弾気に入ってくれたんだ。私も同じだし、そう言ってくれて嬉しいけど……なんかちょっと恥ずかしい。
「早く弾こう。時間がもったいない」
綾瀬恭平は私の手を引いて椅子に座らせる。
選曲は? と聞こうとする前に、綾瀬恭平が『仮面舞踏会』の序盤を軽く弾いて私に視線の合図を送ってきた。
ちゃんと私のリクエスト聞いていたのかと少し笑いそうになりながら頷いて、指を動かした。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる