無能な神の寵児

鈴丸ネコ助

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聖母喪失篇

第44話 兄妹喧嘩

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「ふっ…茶番だな。さて、貴様もすぐにその女と同じ場所に…」

フィリアを抱き、涙を流すシノアに剣を向けようとした団長クズだったが、シノアの放つ威圧に違和感を覚える。

(なんだ…?なんなんだ、この恐ろしい殺気は…)

 シノアから漏れでる人外の殺気。
人すら殺せそうなそれは、今までシノアやフィリアが放っていたものとはまるで桁が違う。

そして、団長がシノアを警戒していると突然、変化が起こった。

シノアの足元に闇色の魔法陣が出現し、そこから無数の鎖が飛び出してきたのだ。
辺りを吹き荒れる暴風はまるでシノアの内心を表したかのようで、快晴だった空はいつのまにか迅雷が鳴り響いていた。

「僕が…僕が弱いから…フィリアさんは死んだ」

心の奥から押し寄せる暗闇に、シノアの心は荒む。
その独り言に応える声がひとつ。

(そう、お前が弱いから死んだんだ)

男とも女とも取れる不思議な声色は声だけにも関わらず、圧倒的な覇気を放っていた。

「僕がもっと強ければ…フィリアさんを守れた」

(そうだ、強ければよかった。ならば簡単だ。強くなればいい)

微かに喜びが含まれた声色はシノアの内心の闇に潜むなにか…

「どうやって…?僕は…弱いのに…」

(容易いことだ、私に任せろ。そうすれば、お前から大切なものを奪った目の前の男も、この国も、世界そのものを破壊できる)

かつて闇に呑まれかけたシノアを再び、闇の深淵にに引きずり込もうとする声は、シノアを身体に手を伸ばす。
そして、シノアの意識は闇に包まれた。

◇◇◇

「よし!よしよしよし、やったぞ!」

静まりかえった城の中に、一柱の女の声が響く。その両手両足には鎖がついており、自由に動くことは出来るものの、この城から出ることが出来ない罪人だということを示していた。

「ふふふ…ようやく…ようやく器を手に入れた…これで私は自由だ!」

狂喜乱舞といった様子の女だったが、突然静かになり笑みを浮かべる。

「ふっ…年甲斐もなくはしゃいでしまった…だが、いつぶりだろうなぁ…こんな喜びを得たのは…」

溜息をひとつ吐くと、手に嵌められた枷を撫でる。

「ふふ…もうすぐだ。もうすぐこの世界、そしてお前を、破壊することが出来る!」

大笑する彼女だったが、かつて慣れ親しんだ気配を感じ、殺気を滾らせる。

「貴様…なぜ、ここに…」
「いいじゃないか、妹に会いに来ちゃいけないのかい?」
「その妹を監禁して、こんな場所に閉じ込める貴様は、果たして兄と呼べるのだろうな?」

純白の美しいロングヘアに青空色の瞳を持つ美少年は殺気を放つ彼女を困ったように見つめる。

「君は変わらないね。少しは改心したかと思っていたけど。僕を破壊なんてまだ言ってるのかい?」
「当たり前だ。人間を作り、あんな失敗作の動向を見て楽しむ貴様など存在する価値はない」

会話しながら2人は超がつくほど高度な魔法戦闘を行っていた。
魔法の原初、“神の奇跡”による人外の戦い。相手の神の奇跡が発動する前に事象を上書きし、打ち消して自分のものにする。少しでも対応が遅れれば辺り一帯が吹き飛ぶ程の大魔法が発動してしまうだろう。

「くっ…相変わらず、貴様が1枚上手か…クレアトール…」
「封印されていて、その力なんだから勘弁して欲しいけど。少しは仲良くしたいと思っているんだがね、ソリス」

ソリスから放たれる殺気が弱まり、辺りの張り詰めていた空気が僅かに緩む。
それと同時にソリスが、クレアトールがここにきた目的を問う。

「それで何の用だ?わざわざ貴様から会いに来るなど…」
「あぁ…君が僕の器に手を出そうとしていたから警告に来たのさ」
「チッ…気付いていたのか」
「もちろんさ。あれは僕の大切な器。世界の運営には欠かせない存在だ。手を出しちゃダメだよ」

その言葉と共に右手をソリスに向け、神の奇跡を発動させる。

空間に無数の魔法陣が出現し、そこから大量の鎖が放たれる。それらはソリスの体を縛り、雁字搦がんじがらめにする。だが、鎖はすぐにソリスの体の中へ浸透し、紋章を刻んだ。

「くっ…」
「封印が弱まっていたのは知っていたよ。諦めてまた大人しくしておいてね」

歯を食いしばり、クレアトールを睨み付けるソリスだが、観念したのか体から力を抜き、されるがままになる。

「ひとつだけ頼みがある」
「なんだい?」

静かな口調のソリスに、穏やかに続きを促すクレアトール。

「魔人族の国が人間族の国の属国になったのは知っているか?」
「あぁ、たしかイリニパークス共和国だったかな。そこが神聖国家イ・サントに敗北し、属国になったんだったかな。僕の器が召喚された国だからよく覚えているよ」

シノア達が召喚された神聖国家イ・サント。
1年前に魔人族の国家、イリニパークス共和国が敗北し属国となった国だ。

「それをチャラにしてくれ。不平等条約の破棄、魔人奴隷の解放、それから皇太子を1歳から15歳まで成長させてくれ」

一般的に破壊神とは、残酷で無慈悲、破壊することしか考えていない厄病神だと思われがちだ。
だが、実際はそうではなく、自分が生み出した種族は大切にし、そのためなら仇敵に頭を下げることも厭わない慈愛も持ち合わせていた。

クレアトールはソリスの頼みに少し考え込む素振りを見せると、指を鳴らした。

「最初の2つは叶えたよ。ただ、最後の1つは少し難しいね。“時の番人”は気まぐれでどこにいるかわからないし、今の僕の力じゃ、ね」
「…そうか。充分だ。感謝する」

ソリスは溜息を吐くとクレアトールに問う。

「…なぁ、クレア。どうして私達、神は無力なのだ?」

その言葉に含まれるのは“どうして大切なものを守れないのか”という解けることの無い命題。不老不死という死という概念とは無縁の神は、他人の死をより惜しむ。

彼女は魔人族の国家、イリニパークス共和国の王を気に入っていた。呆れる程に甘かったが、その分他人を労る心を持っており、それは為政者には欠かせないものだった。

「そうだね…僕もそれを今、痛感しているところさ」
「…そうか。あの女はたしかお前の─」
「さて、僕はもう戻るよ。彼女と最期の言葉を交わしにね」

クレアは言葉と共に悲しげな笑みを浮かべ、その場に魔法陣を出現させる。

「それじゃあ、ソリス。またね」

クレアが去り、再び城に沈黙が訪れた。

「まったく…騒がしいやつめ」

微かに笑みを浮かべ、懐かしむように目を伏せる。

「ふぅ…これで魔人族も安泰か…」

窓から空を見上げ、次代の王に期待を寄せるソリス。
ふと、クレアが立っていた場所に紙が落ちているのを見つけ、手に取る。
そこには─

“頼み事の代償として保管庫のキャラメルプリンを貰いました。とても美味しかったです☆”

と書かれていた。

「………」

無言で紙を凝視していたソリスだったが、、紙の近くに甘い匂いを放つスプーンが落ちていたことで、殺気を滾らせ紙を燃やした。

「絶対に…絶対に破壊してやるからな!デウス・クレアトール!!」
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