喫茶・憩い場

深郷由希菜

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1杯目 前編

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その喫茶店は、どの街にもあってどの街にもない。

気づいたらどこかの路地裏のさらに奥まった、隅の方に隠れるようにして存在するという話のそこには、1人の白髪交じりの優しい顔のマスターと、その飼い猫だろうか、ちょっとぶさいくでかわいい、ふっくらした猫がいると言う。

悩みを持つ人の元に現れるという噂の店に、今日も誰かが迷いこむ。





「・・・はぁ」

私は今日何度目かのため息をついた。

よくある黒のスーツに身を包み、どれだけ断れようとひたすらに笑顔で色んなお宅に売り込みをしないといけない仕事の振るわない成果にうちひしがれていた。

いや、うちひしがれるのはか。

ふふ、と自嘲じちょうする私はふと、誰も通らないだろう路地裏へと足を進めた。

なんとなく、いつもと違う道を行きたかったのだ。

「・・・あれ」

知らない路地の、知らないお店。

「こんなところに喫茶店・・・?」

首をかしげながらも、私の足はそこへと吸い込まれていった。

周りがちょっと路地裏らしい見た目なのに雰囲気も外観もかけ離れているのに調和している、赤茶色の屋根に白い壁の不思議な喫茶店の前に植えられている花に気づくこともなく、扉を開ける。

カランカラン、と喫茶店ならではの音が鳴って、ふんわりとコーヒーの匂いが私を包んだ。

「いらっしゃい。好きなところに掛けてください」

ふわっと笑う男性は、この店のマスターかな?

白髪交じりの髪、若いころはかなりモテただろうというのがわかるいい感じの老い方をした顔立ち、ぜい肉のついていない体。

何気なくマスターの前のカウンターに座ると、隣に何かが座った気配がした。

そっちを見ると、ふっくらとした白い毛のところどころに黒や茶色のまだらが入っている猫が椅子に乗っている。

背もたれのない、屋根と同じ色の丸い椅子だからどこからでも座れるだろうとは思うけれど。

隣に来たのに、私の方なんて全く見ない。

「コーヒーでいいですか?」

「あっ、ハイ。ありがとうございます・・・」

思わずお礼を言うと、BGMのない店内はマスターの作業音だけしか聞こえなくなる。

ちらりと見ると、大人しく座っているので思わず撫でたくなった。

そろりと手を伸ばすと、大きさに見合わない速度で席1つ分離れた。

撫でられるの、嫌いなのかな?

そんなことをしていると、すっ、と差し出されたカップに入った黒い液体。

「お待たせしました。まずはブラックでどうぞ」

柔和に微笑まれ、ブラックなんて飲まない私は恐る恐る口を付けた。
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