喫茶・憩い場

深郷由希菜

文字の大きさ
2 / 5

1杯目 後編

しおりを挟む
「・・・おいしい」

その答えを聞いて満足したのか、マスターは嬉しそうに笑った。

「私、ブラックなんて飲んだことなかったんですけど。これはおいしいですね」

つられて笑うと、頷かれる。

それ以外は何も話してくれない、私も話せない空気が少し流れて、迷った結果口を開いたのは私だった。

「ここ、おしゃれでいいお店ですね。コーヒーも美味しいし」

「ありがとうございます。お気に召したなら何よりです」

微笑む男性に微笑み返し、カップを両手で持つ。コーヒーを飲もうとして、止めた。

「うん、ここを知ることができてよかった。・・・少し、愚痴を言ってもいいでしょうか」

下を向いていた視線を上げると、さっきと変わらぬ表情が私を見つめていた。

「私、元々は今の職場につきたかったわけじゃないんです。いわゆる、田舎から夢を見て上京してきたクチでして」

静かな店内に、私の声だけがする。

愚痴ぐちをこぼすだけじゃなく、色々な話をまるで独り言のようにとりとめもなく話す。

目を閉じてしまったら本当に『独り言』になってしまいそうなほどの静寂だけれど、ちゃんと私の目の前にはイケオジと言っても差し支えない男性がいる。

そしてすべてを話し終えた時、静かにわかりました、という仕草だけが返ってきた。

「コーヒーのお代わりはいかがですか?」

「えっ、あ。お願いします」

いつの間にか私のカップは空になっていて、いつ飲んだかしら?と思った。

こぽこぽ、と注がれたのは、さっきよりも白さが増えた茶色。(コーヒー色というのがあるらしい。)

「ミルクを入れましたが、砂糖は入れますか?」

シンプルな茶色の入れ物の中に入っている角砂糖を見せるけれど、要らないです、と答える。

だって、ブラックだけでも美味しかったんだもの。

その予想は裏切られなかった。

静かにまた流れる時間が、心を癒していく。

愚痴に対する答えとか、そういうものは一切貰えなかったけれど。

それでも、誰かが聞いてくれたという事実が私を落ち着かせてくれたんだろう。

2杯目のコーヒーはさっきよりも甘く、心のわだかまりも甘さでほどけていくようだった。


そして、そろそろ帰ろうとしたとき、今まで鳴かなかった猫がぶなぁ~う、と独特な鳴き声を出した。

それに少しほっこりして、私は入ってきた扉を開いた。

お金は取られなかった。帰るときに、お代は結構ですと言われたから。

「あなたのお話がお代、ということで。なんて、気障きざですかね?」

そして通りに出た時、そこは私の家の側の通路だった。


それから、あの喫茶店は行っていないし見ていない。

あの場所で、まだお店を開いているのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

それでも、私はあの時間を忘れない。

ありがとう、マスター。そしてぶさねこちゃん。





・・・・・・・・・・・・・・・


「全く。お前はキザな言い方を何とかできないのか」

今まで発されたどの声よりも渋い、男性の声がした。

「そこまでキザでしたか?でしょう?」

突然の事にも驚かず、柔和に笑う男性。

「まぁな。さて、か。どんな話が出てくるか。疲れたような奴ばっかり来るのは少々飽きた」

まぁまぁ、と宥められる視線の先にいるのは、猫。

その猫がぼふん、と音を立てて煙を出すと、そこにいたのはつまらなそうな表情の、首元で髪を少しだけまとめた40代くらいの少し濃い顔の男性だった。

そして、今まで柔和に笑っていた男性は、細身の大型犬になった。

これは、そんな謎の多い2人の店主がいる喫茶店の話。

次の話は、どういうものになるか。それを知る人は、誰もいない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

『雪嶺後宮と、狼王の花嫁』

由香
キャラ文芸
後宮に降る雪は、呪いではなく嘆きだった。 巫女として献上された少女セツナは、 封じられた狼王の“花嫁”としての前世を思い出す。 人と妖、政と信仰の狭間で、 彼女が選ぶのは従属ではなく均衡。 雪嶺を舞台に描く、異種婚姻×後宮伝承譚。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...