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1杯目 後編
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「・・・おいしい」
その答えを聞いて満足したのか、マスターは嬉しそうに笑った。
「私、ブラックなんて飲んだことなかったんですけど。これはおいしいですね」
つられて笑うと、頷かれる。
それ以外は何も話してくれない、私も話せない空気が少し流れて、迷った結果口を開いたのは私だった。
「ここ、おしゃれでいいお店ですね。コーヒーも美味しいし」
「ありがとうございます。お気に召したなら何よりです」
微笑む男性に微笑み返し、カップを両手で持つ。コーヒーを飲もうとして、止めた。
「うん、ここを知ることができてよかった。・・・少し、愚痴を言ってもいいでしょうか」
下を向いていた視線を上げると、さっきと変わらぬ表情が私を見つめていた。
「私、元々は今の職場につきたかったわけじゃないんです。いわゆる、田舎から夢を見て上京してきたクチでして」
静かな店内に、私の声だけがする。
愚痴をこぼすだけじゃなく、色々な話をまるで独り言のようにとりとめもなく話す。
目を閉じてしまったら本当に『独り言』になってしまいそうなほどの静寂だけれど、ちゃんと私の目の前にはイケオジと言っても差し支えない男性がいる。
そしてすべてを話し終えた時、静かにわかりました、という仕草だけが返ってきた。
「コーヒーのお代わりはいかがですか?」
「えっ、あ。お願いします」
いつの間にか私のカップは空になっていて、いつ飲んだかしら?と思った。
こぽこぽ、と注がれたのは、さっきよりも白さが増えた茶色。(コーヒー色というのがあるらしい。)
「ミルクを入れましたが、砂糖は入れますか?」
シンプルな茶色の入れ物の中に入っている角砂糖を見せるけれど、要らないです、と答える。
だって、ブラックだけでも美味しかったんだもの。
その予想は裏切られなかった。
静かにまた流れる時間が、心を癒していく。
愚痴に対する答えとか、そういうものは一切貰えなかったけれど。
それでも、誰かが聞いてくれたという事実が私を落ち着かせてくれたんだろう。
2杯目のコーヒーはさっきよりも甘く、心のわだかまりも甘さでほどけていくようだった。
そして、そろそろ帰ろうとしたとき、今まで鳴かなかった猫がぶなぁ~う、と独特な鳴き声を出した。
それに少しほっこりして、私は入ってきた扉を開いた。
お金は取られなかった。帰るときに、お代は結構ですと言われたから。
「あなたのお話がお代、ということで。なんて、気障ですかね?」
そして通りに出た時、そこは私の家の側の通路だった。
それから、あの喫茶店は行っていないし見ていない。
あの場所で、まだお店を開いているのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
それでも、私はあの時間を忘れない。
ありがとう、マスター。そしてぶさねこちゃん。
・・・・・・・・・・・・・・・
「全く。お前はキザな言い方を何とかできないのか」
今まで発されたどの声よりも渋い、男性の声がした。
「そこまでキザでしたか?本当のことでしょう?」
突然の事にも驚かず、柔和に笑う男性。
「まぁな。さて、次は俺の番か。どんな話が出てくるか。疲れたような奴ばっかり来るのは少々飽きた」
まぁまぁ、と宥められる視線の先にいるのは、猫。
その猫がぼふん、と音を立てて煙を出すと、そこにいたのはつまらなそうな表情の、首元で髪を少しだけまとめた40代くらいの少し濃い顔の男性だった。
そして、今まで柔和に笑っていた男性は、細身の大型犬になった。
これは、そんな謎の多い2人の店主がいる喫茶店の話。
次の話は、どういうものになるか。それを知る人は、誰もいない。
その答えを聞いて満足したのか、マスターは嬉しそうに笑った。
「私、ブラックなんて飲んだことなかったんですけど。これはおいしいですね」
つられて笑うと、頷かれる。
それ以外は何も話してくれない、私も話せない空気が少し流れて、迷った結果口を開いたのは私だった。
「ここ、おしゃれでいいお店ですね。コーヒーも美味しいし」
「ありがとうございます。お気に召したなら何よりです」
微笑む男性に微笑み返し、カップを両手で持つ。コーヒーを飲もうとして、止めた。
「うん、ここを知ることができてよかった。・・・少し、愚痴を言ってもいいでしょうか」
下を向いていた視線を上げると、さっきと変わらぬ表情が私を見つめていた。
「私、元々は今の職場につきたかったわけじゃないんです。いわゆる、田舎から夢を見て上京してきたクチでして」
静かな店内に、私の声だけがする。
愚痴をこぼすだけじゃなく、色々な話をまるで独り言のようにとりとめもなく話す。
目を閉じてしまったら本当に『独り言』になってしまいそうなほどの静寂だけれど、ちゃんと私の目の前にはイケオジと言っても差し支えない男性がいる。
そしてすべてを話し終えた時、静かにわかりました、という仕草だけが返ってきた。
「コーヒーのお代わりはいかがですか?」
「えっ、あ。お願いします」
いつの間にか私のカップは空になっていて、いつ飲んだかしら?と思った。
こぽこぽ、と注がれたのは、さっきよりも白さが増えた茶色。(コーヒー色というのがあるらしい。)
「ミルクを入れましたが、砂糖は入れますか?」
シンプルな茶色の入れ物の中に入っている角砂糖を見せるけれど、要らないです、と答える。
だって、ブラックだけでも美味しかったんだもの。
その予想は裏切られなかった。
静かにまた流れる時間が、心を癒していく。
愚痴に対する答えとか、そういうものは一切貰えなかったけれど。
それでも、誰かが聞いてくれたという事実が私を落ち着かせてくれたんだろう。
2杯目のコーヒーはさっきよりも甘く、心のわだかまりも甘さでほどけていくようだった。
そして、そろそろ帰ろうとしたとき、今まで鳴かなかった猫がぶなぁ~う、と独特な鳴き声を出した。
それに少しほっこりして、私は入ってきた扉を開いた。
お金は取られなかった。帰るときに、お代は結構ですと言われたから。
「あなたのお話がお代、ということで。なんて、気障ですかね?」
そして通りに出た時、そこは私の家の側の通路だった。
それから、あの喫茶店は行っていないし見ていない。
あの場所で、まだお店を開いているのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
それでも、私はあの時間を忘れない。
ありがとう、マスター。そしてぶさねこちゃん。
・・・・・・・・・・・・・・・
「全く。お前はキザな言い方を何とかできないのか」
今まで発されたどの声よりも渋い、男性の声がした。
「そこまでキザでしたか?本当のことでしょう?」
突然の事にも驚かず、柔和に笑う男性。
「まぁな。さて、次は俺の番か。どんな話が出てくるか。疲れたような奴ばっかり来るのは少々飽きた」
まぁまぁ、と宥められる視線の先にいるのは、猫。
その猫がぼふん、と音を立てて煙を出すと、そこにいたのはつまらなそうな表情の、首元で髪を少しだけまとめた40代くらいの少し濃い顔の男性だった。
そして、今まで柔和に笑っていた男性は、細身の大型犬になった。
これは、そんな謎の多い2人の店主がいる喫茶店の話。
次の話は、どういうものになるか。それを知る人は、誰もいない。
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