上 下
56 / 134
1章

11 過去を訪ねて 4

しおりを挟む
――山中の薬局――


 ヘイゴー連合シソウ国の元王子モードックを連れて、ガイ達は店に戻った。
「ただいま、マーメイ」
 事もなげに挨拶するモードック。
 店主の少女はカウンターを回り込んで駆け寄ると、躊躇なくその旨に跳び込んだ。
「お帰りなさい! 遅かったじゃない、心配したわ」
 優しく抱き合う二人。

 それを呆然と見ていたガイだが、やがて声を絞り出す。
「‥‥婚約者って、まさか」

 モードックが振り返って頷いた。
 店主の少女は照れてはにかむ。

「マジ!?」
「異種族の婚姻は昔から結構ある事だが」
 再び驚くガイに、モードックは事も無げに答えた。

 この世界インタセクシルには多数の人間型ヒューマノイド種族がいる。
 それらの大半は異種族間での生殖が可能であり、それゆえに異なる種族での婚姻も古代から行われてきた。
 その事はガイも当然知っている。

 だがそれも外見の近しい種族同士での話。
 人間やそれと同じような顔の種族と、頭部が丸ごと動物というタイプの獣人では、種族を超えた婚姻例は非常に少ない。

 だがまぁ無いではない事だ。
 そんな関係を生まれて初めて見るガイにとって衝撃ではあるが。
 しかし珍しかろうと他人の幸せ、ガイは気を取り直して祝福する。
「そ、それは素敵ですね‥‥おめでとうございます」
 モードックは「ゲゲー」と笑った。
 少女も恥ずかしそうに微笑み、軽く一礼する。
「ありがとうございます。さっそく薬を調合いたしますね。何をお望みでしょうか?」

 ここは薬局、少女は薬師。彼女はガイ達が薬を探しに来たと思っているのだ。
「いえ、薬じゃないんです。セイカ子爵ご夫妻に会いたくて、ここまで訪ねて来ました」
 ガイは改めて説明した。

 すると少女は目を丸くする。
「え!? 祖父母に御用なのですか」
「祖父母!? では貴女はセイカ子爵のお孫さん?」
 今度はガイ達が驚く番だ。
「はい、マーメイ=セイカです」
 そう名乗ると、少女は事情を話しだした。


 魔王軍とのいくさで祖父・セイカ子爵が負傷した事。
 高齢のためか、それにより病も患った事。
 大事をとり、防衛や統治を腹心の部下に任せて療養に専念している事。
 マーメイは以前から薬学を学んでいたので、祖父母に同行している事。
 良い薬を求めながら安全な奥地へ、奥地へと移り、ここにまで引っ越して来た事。
 引っ越しを繰り返す途中でマードックと知り合い、共にいるうちに惹かれあった事。
 現在はこの近所に祖父母が住んでおり、マーメイは実技と人助けも兼ねて薬局を経営し、素材の調達をマードックに任せている事‥‥。


「なんと‥‥」
 呻くガイ。
 ようやく求める人物の側に来たのだ‥‥というより、ミオンの身元を確認するなら、この少女に聞いてもいいのだ。
 それに思い至り、ミオンはマーメイに話しかけた。
「あの、ではミオンという名はご存知でしょうか」
 マーメイは頷いた。

「私の母ですね。10年ほど前、父が没してすぐに上京して皇族に仕える女官になりました。あまり便りをよこさない人で、今どうしているのかはわかりません」

 この少女こそが『ミオン』の娘だったのである。

 ガイとはしばらく金縛りになる。
 イムがきょろきょろと、二人の顔を交互に見回した。

 やがてガイが声を絞り出す。
「‥‥母上のお歳はいくつぐらいになられますかね?」
「35です」
 怪訝な顔をしつつもマーメイは答えてくれた。どう考えてもとかけ離れた年齢を。
 再びガイが声を絞り出す。
「‥‥種族は人間ですよね?」
「ええ。うちに限らず、ケイト帝国の貴族はほとんどが人間族ですし」
 怪訝な顔をしつつもマーメイは答えてくれた。

 ガイとは再び金縛りになる。イムがきょろきょろと、二人の顔を交互に見回した。
 そんな二人に、怪訝な顔をしつつマーメイが訊いた。
「あの‥‥母がどうかしました?」


 今度はガイ達が状況を説明する番だった。
 カーチナガ子爵からの招待状も見せて経緯を語る。


 話を聞くと、マーメイは言い難そうに告げた。
「‥‥薄々感づかれておられると思いますが、母の持ち物を拾っただけで、そちらの女性は別人です」
「そのよう、ですね‥‥」
 頷く
 その横でガイは呆然と突っ立っていた。


 別人の可能性がある事も頭では理解していたのだが‥‥子持ちの既婚者という可能性の衝撃と、それへの覚悟を決めているうちに、同一人物だという前提で考えてしまっていたのだ。


 は宝石入りの小袋をマーメイに差し出した。彼女の母親の、ミオンの名前が刺繍された小袋を。が眠っていた避難機で拾った物を。
「貴女のお母様の物です。すいません、結構使ってしまいました」
「お気になさらず。その状況なら誰でも同じ事をするでしょう。使ったお金はモードックを助けていただいた報酬として前払いした、と考えます」
 そう言ってマーメイは小袋を受け取った。

 そしてモードックは。
「私からもお礼をしよう。これは我が一族に伝わる回復アイテム【ガマーオイル】だ。量さえあればケイオス・ウォリアーにさえ使える」
 そう言って金属の缶をガイに渡した。
 感嘆の声をあげるガイ。
「それは凄い! 製法を知りたいぐらいです」
 モードックは大きな頭で頷いた。
「ああいいよ」
「え?」
 ガイは驚いた‥‥が、一族に伝わる物ではあっても秘伝の類ではなかったという、ただそれだけなのだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【R18】お飾り妻は諦める~旦那様、貴方を想うのはもうやめます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:305pt お気に入り:459

継母の心得

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:68,810pt お気に入り:23,356

転生令嬢、目指すはスローライフ〜イベント企画担当者ではないのよ!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:24,290pt お気に入り:2,364

メイドから母になりました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:525pt お気に入り:5,892

転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,831pt お気に入り:23,938

婚約破棄した姉の代わりに俺が王子に嫁ぐわけですか?

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:175

処理中です...