薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第1部 学校~始まり

ユザーン・ネイゴン ①

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※新たな女性キャラが出ます。苦手な方は、すみませんがご注意下さい。


 ユザーン・ネイゴンは、貴族の息子だ。

「ユザーン様、おはようございます。お目覚めでいらっしゃいますでしょうか」

「おはよう、メアリ。今日も良い天気だね」

「食堂に朝食の準備が整っております。お召し替えのお手伝いはいかがいたしましょう」

「今日はいいよ。自分で好きなものを選びたい気分なんだ」

「左様でございますか。では、私はこれで」

「待って。父上と母上は、今日は?」

「旦那様はまだお休みでいらっしゃいます。奥様は、朝早くから旧カナーン男爵領の領地へと……」

「貴石を探しに行ったの?好きだねー、あの人も」

「……ご用がお済みでしたら、私はこれで。炊事場の仕事が残っておりますので」

「ああ、あともう1つ。あの人は?どうしてるの?」

「はて、あの人、と仰いますのは……」

「とぼけなくていいよ、メアリ」

 にこやかに、機嫌の良い顔で伸ばされたユザーンの手が、メアリの肩を掴む……寸前で止まる。

「何?その顔。まさか、俺に何かされると思ったの?それとも、まさか、期待してたクチ?」

「……トニーク様は、いつもの通りお休みでございます。では、私はこれで」

 まだ伸ばされたままのユザーンの手を避けながら、メアリは一礼して部屋を出た。
 そして扉が閉まった瞬間、周りの目など気にせず、一目散に手洗い場を目指して走り出す。

(あの薄汚い盗っ人ギツネ!元は、私なんかよりずっと卑しい“橋の下”のくせに!!)

 “橋の下”というのは、貴族達の間で使われる隠語。住居も定職も持たずに他人からの施しで生きる者、もっと言えば、他人から強制的に施しを奪って糊口を凌いでいる、ならず者達のことをいう。そのような者のことなど、口にするだけでも息が汚れる、とお上品ぶった貴族達が、代わりに作り出した言葉、所謂、“端の下”とかけて作られたのが“橋の下”だ。

 そう、ユザーン・ネイゴンは貴族の息子。
 でも生まれた時から貴族だった訳ではなく、産み落とされた場所は文字通り、町を流れる川べりの、橋の下だった。
 父親が誰なのかは母親にも分からず、その母親は生まれたばかりのユザーンを置いて、姿を消したという。それでも、教会の世話になりどうにか成長してからは、生きるためなら何でもやってきた、と……こうした話は全て、ユザーン本人が楽しそうに語って聞かせてよこした。こちらは、欠片も聞きたくなかったのに。

(そもそも何で、私があんな男の世話なんてしなきゃならないの!前任者が辞めさせられたりしなければ、こんなことにはならなかったのに!)

 怒りと屈辱にまみれているのは、決してメアリだけではない。元々貴族でもないのにネイゴン伯爵家に入り込んだユザーンを、裏でも表でも悪く言う者は数えきれないくらい、たくさんいた。いや、屋敷で働いているほぼ全ての使用人が、同じことを思っているに違いない。
 でも、それを表に出した者はこれまで全員、辞めさせられている。
 かろうじて、ギリギリのところで堪えているメアリ1人を除いて。


『君はねえ、世間にすり込まれた価値観で、俺を嫌ってる訳じゃない。“橋の下”の俺を蔑んでるんじゃなくて、単に“俺”という人間が嫌いなのさ。だから、辞めさせない。面白いからね』


(意味が分からない!あの男そのものが嫌いだというのは、その通りだけれども!)


『分からないかなあ。誰かの言うことを鵜呑みにして、その誰かの世界で生きるなんて、それこそ生きている意味がないと思うんだけど』


 ユザーンは口癖のようにそう言っていた。
 自分は、自分が体験したことだけを信じる。他人の言葉も、それに振り回されて生きている人間にも用はないのだ、と。

(そんなこと、知るもんですか。私は、あの男の姿が見えないところで仕事ができれば、それでいいの。ああ、もう!お父さまが生きていて下さったら、こんなところ今すぐにでも辞めてやる!あの男の顔に唾を吐いて出て行ってやるのに!!)

 あの、人を食ったような話し方、自分を嫌っている人間を楽しそうに眺める顔、全てが気に入らない。
 どうやら学校では、端正な顔立ち、洗練された立ち居振る舞いが素晴らしいと女子生徒に人気のようだが、メアリからすれば、それは持ち前の器用さが卑しい境遇で磨かれた故に、自分をどの様にも見せられる獣じみた能力が開花しただけのこと。その場に応じてどのようにも振る舞える、唇からは常に人を惑わす甘い言葉がポロポロ出てくる。ネイゴン卿にだって、そうやって取り入ったのだ。本当に、卑しい男!

「メアリ、メイド長がこっちを見てる。水を使いすぎよ」

 同僚から小声で囁かれて、メアリは慌てて井戸の蛇口を止めた。地下水を井戸で汲み上げている手洗い場では、水を無駄にするとひどく怒られるのだ。

(これも、皆あの男のせい!くたばっちまえ!!)

 心の中で思い切り毒づいて。
 こちらを睨んでいるメイド長を見ないようにしながら、メアリはそっと水場を後にした。

***

「お帰り、ソル。遅かったね」

「あ、ああ、モーネ、ただいま。あの、ちょっと……道が混んじゃって……」

「え、道が混むって……まさか馬車で……?」

 町の方ならともかく、ヴィルデ村の周辺が馬車であふれ返ることはない。それとも、いつも混み合う校門の周辺が、今日は大渋滞でも起こしていたのだろうか。

「ま、まあ、いいじゃん。それより熱は?今日は、もう出なかった?」

「うん。もう、すっかり元気。今はソルが選んでくれたコクの根に、もう少し体液と精気を増やす薬草を加えて飲んでるんだよ?」

「へーえ、コクって熱が下がった後も効くんだな」

 思わず、いつも鞄に入れているノートを取り出してメモしてしまう。その姿を、モーネは顔をほころばせながら見守った。

「ねえ、ソル。ソルに話したいことがあるんだ」

「え……えーっと、今日はちょっと……宿題がたくさんあって……」

「そうなんだ……少しだけでも、ダメ?忙しい?」

 そう言われると、駄目だとは言えない。
 ソルは、諦めて食堂の椅子に座った。

「何?何かあった?」

「うん、あのね……」


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