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第1部 学校~始まり
お茶会前日
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「では、問題です。『公爵』『侯爵』『伯爵』『男爵』……この中で1番、位が高い爵位はどれか?」
「えーっと、こうこうはくしだん、だから……侯爵!じゃなくて、公爵!!」
「オッケー。正解です」
でも、危なかった……と全員が胸をなで下ろす。
ソルが招かれている、ユザーン・ネイゴンのお茶会まで、残された時間はあと1日だ。
幸い、この国では書物は割と平民まで流通していて、ソルが参考にしている本もソアラやメルリーが小さい頃に買い与えられた入門書から、ティファールが学校の図書館から借りてきてくれた最近のものまでなかなかに層が厚い。
中でも役に立ったのは、近年の貴族事情を幅広く紹介した『貴族の世界の歩き方』
「この本、いいよなあ。俺、ソルに問題出してるうちに、何か自分も詳しくなってきた気がするもん」
「そうそう、明日からでも貴族になれそうな感じ」
クロスとサレムが呑気に「なあ?」と頷き合う中、さすがのティファールは。
「服装とかは大丈夫か?学校帰りの寄り道は禁止されてるし、制服って訳にはいかないんだろ?」
「うん。それは……」
「大丈夫!私とソアラで用意しました!」
「従兄弟のお兄様のシャツとズボンをお借りしてきたの。最初はお父様に借りようかと思ったんだけど……」
「ソル君、細いものね。その、何て言ったらいいか……」
「……はっきり言ってくれていいよ。農村出身だけど、他の人達みたく常に畑仕事があるわけじゃないから、“もやし”なんだ」
「そんな、ねえ」
「もやし、なんて」
口では否定しているものの、女生徒2人は明らかにホッとした表情だ。ソルが自分で言ってくれたおかげで、言いにくいことを言わずに済んで助かった、というところか。
「よし、じゃあ服も大丈夫ということで……。基礎知識はそこそこ身につけた。テーブルマナーも、まあオッケー。一応、その場にはソアラとメルリーも招待されているし、いざとなったら助けてもらうとして。それで衣装も手に入ったなら、まあできることは全部やった感じ?」
ティファールが指折り数えるのを、ソルは首を横に振って。
「まだ……帰りの馬車を断らないといけなくて……」
お茶会は週末。
学校の授業が午前中で終わった後の、ランチタイムに町のサロンを貸し切って行われるという。
ユザーン・ネイゴンは、お茶会はソルのために開くと言っていたようだが、実際には他に数名の特別クラスの生徒と、ソアラやメルリーを含む一般科生の女子生徒も何人か呼ばれているらしい。
しかし、学校があるなら、帰りはルートが迎えに来るはずで……これを断るのは、実はソルが思っていたより難関だった。
「ソルさんを置いて帰るなんて、ルートには、そんなことは許されねえですよ!」
その日だけ、放課後、用事があるから、先に帰って欲しい。年下2人のことは送ってやってくれ。自分は、村の入口まで、乗り合い馬車で帰るから。
ソルがそう言っても、ルートは頑として首を縦に振らない。
「坊ちゃんやモーネさんだけじゃねえ。ソルさんだって、あっしにとっちゃあ旦那様から任された大事な預かりもんでさあ。それを、誰が隣りに来るとも知れねえ乗り合い馬車なんかに乗せて。もしソルさんの身に何かあったら、ルートは旦那様にもフォードさんにも生涯、顔向けできねえですよ!」
ルートは元々、ここからかなり離れた別の村の農家の3男坊。なので、言葉にはこの辺りでは聞かれない、独特の訛りがある。
家の農家は長兄が継ぎ、元々何故か兄弟と折り合いの悪かったルートは、ほぼ身体1つで家を出されてしまった。それが悔しくて、ただその土地から離れたい一心で西に歩いてきたところを、町に作物を売りに来ていたマグワルト氏に拾われたらしい。当時、お金も仕事もなく、相当行き詰まっていたルートは、どこの者とも分からぬ自分を信じて、仕事まで与えてくれたマグワルト氏に並々ならぬ恩義を感じている。
時に、使用人の立場を忘れて諫めたり、叱ったりすることのある子息シェリーについても、内心では密かに誇りに思っていて、幼少期、村の悪ガキどもが「やーい、お金持ちー、お金持ちの息子―」とからかってきた時、シェリーがさらっと「町に出るとね、うちなんか全然、お金持ちの部類に入らないんだよ。ていうか、どっちかっていうと貧しい方だから。町の大きな商人さん達から見たら、俺達、全員ひとくくりだから」と返した時には、厩の隅で涙を流して喜んだ。
『さすが、うちの坊ちゃん。旦那様の教育の甲斐あって、ケンシキが広くていらっしゃる!』
そんな大事なシェリーに加えて、村でただ1人の薬師、フォードの血縁者2人――実際には、血の繋がりがあるのはソルだけだが――の送り迎えを任されたルートは、常に使命感に燃えていた。村の期待を背負う子供達3人を、その道中、どんな危険にも晒してはならねえ!
「……良い人なんだよ。本当に」
ソルが溜息を吐くと。
「主人の息子だけならともかく、本来、関係ないソルのこともそこまで考えてくれてるのは、多分、本当に良い人なんだろうなあ」
ティファールが、うーんと腕を組んで。
「俺も一緒に頼みに行こうか?」
「いや、そんな迷惑をかける訳には……」
「でも、このままじゃ、どうにもならないだろう」
確かに、その通り。
でも、ティファールが一緒に頼んでくれたとして、ルートの気持ちが変わるかどうかは分からないのだけど……。
(でも、もうあと1日しかないし……)
だめもとで、1度お願いしてみるのも良いかも知れない。実際に友達と一緒のところを見たら、ルートも折れてくれる可能性はある。
(それでダメなら、貴族様の名前を……ああ、でも、できれば出したくないなあ…)
その後に起こるであろう、新たな問題を思うと、更に頭が痛い。
「取り敢えず、ティファールにはお願いしてもいいかな?放課後、馬車に来て?」
ソルが頭を下げると、ティファールは「任せとけよ」と笑った。
そして、ふと首を傾げると。
「そういえば、そのルートさんの坊ちゃん……シェリー君て、もしかして中等部にいる、ヴィルデ村のシェリー君のことかな?」
「そうだね。知ってるの?俺、話したことあったっけ?」
「いや。ソルからは今、初めて聞いた。ただ、先生から名前を聞いてて……ヴィルデ村なら、ソルと同じところだから、後で聞いてみようと思ってたんだ。丁度いい機会だから、今日紹介してくれる?」
「いいけど……シェリーのやつ、もしかして先生に何か言われてるの?」
「大丈夫。悪いことじゃないから……悪いことではない、むしろ良いことだとは思うんだけど……。これ、言っちゃって大丈夫かな」
ティファールは、少し困ったような顔で腕組みをした。
「国史学の先生、いるじゃん。あの青光石が大好きな。あの先生がね、シェリー君を国内留学させたいんだって。一時的に」
「えーっと、こうこうはくしだん、だから……侯爵!じゃなくて、公爵!!」
「オッケー。正解です」
でも、危なかった……と全員が胸をなで下ろす。
ソルが招かれている、ユザーン・ネイゴンのお茶会まで、残された時間はあと1日だ。
幸い、この国では書物は割と平民まで流通していて、ソルが参考にしている本もソアラやメルリーが小さい頃に買い与えられた入門書から、ティファールが学校の図書館から借りてきてくれた最近のものまでなかなかに層が厚い。
中でも役に立ったのは、近年の貴族事情を幅広く紹介した『貴族の世界の歩き方』
「この本、いいよなあ。俺、ソルに問題出してるうちに、何か自分も詳しくなってきた気がするもん」
「そうそう、明日からでも貴族になれそうな感じ」
クロスとサレムが呑気に「なあ?」と頷き合う中、さすがのティファールは。
「服装とかは大丈夫か?学校帰りの寄り道は禁止されてるし、制服って訳にはいかないんだろ?」
「うん。それは……」
「大丈夫!私とソアラで用意しました!」
「従兄弟のお兄様のシャツとズボンをお借りしてきたの。最初はお父様に借りようかと思ったんだけど……」
「ソル君、細いものね。その、何て言ったらいいか……」
「……はっきり言ってくれていいよ。農村出身だけど、他の人達みたく常に畑仕事があるわけじゃないから、“もやし”なんだ」
「そんな、ねえ」
「もやし、なんて」
口では否定しているものの、女生徒2人は明らかにホッとした表情だ。ソルが自分で言ってくれたおかげで、言いにくいことを言わずに済んで助かった、というところか。
「よし、じゃあ服も大丈夫ということで……。基礎知識はそこそこ身につけた。テーブルマナーも、まあオッケー。一応、その場にはソアラとメルリーも招待されているし、いざとなったら助けてもらうとして。それで衣装も手に入ったなら、まあできることは全部やった感じ?」
ティファールが指折り数えるのを、ソルは首を横に振って。
「まだ……帰りの馬車を断らないといけなくて……」
お茶会は週末。
学校の授業が午前中で終わった後の、ランチタイムに町のサロンを貸し切って行われるという。
ユザーン・ネイゴンは、お茶会はソルのために開くと言っていたようだが、実際には他に数名の特別クラスの生徒と、ソアラやメルリーを含む一般科生の女子生徒も何人か呼ばれているらしい。
しかし、学校があるなら、帰りはルートが迎えに来るはずで……これを断るのは、実はソルが思っていたより難関だった。
「ソルさんを置いて帰るなんて、ルートには、そんなことは許されねえですよ!」
その日だけ、放課後、用事があるから、先に帰って欲しい。年下2人のことは送ってやってくれ。自分は、村の入口まで、乗り合い馬車で帰るから。
ソルがそう言っても、ルートは頑として首を縦に振らない。
「坊ちゃんやモーネさんだけじゃねえ。ソルさんだって、あっしにとっちゃあ旦那様から任された大事な預かりもんでさあ。それを、誰が隣りに来るとも知れねえ乗り合い馬車なんかに乗せて。もしソルさんの身に何かあったら、ルートは旦那様にもフォードさんにも生涯、顔向けできねえですよ!」
ルートは元々、ここからかなり離れた別の村の農家の3男坊。なので、言葉にはこの辺りでは聞かれない、独特の訛りがある。
家の農家は長兄が継ぎ、元々何故か兄弟と折り合いの悪かったルートは、ほぼ身体1つで家を出されてしまった。それが悔しくて、ただその土地から離れたい一心で西に歩いてきたところを、町に作物を売りに来ていたマグワルト氏に拾われたらしい。当時、お金も仕事もなく、相当行き詰まっていたルートは、どこの者とも分からぬ自分を信じて、仕事まで与えてくれたマグワルト氏に並々ならぬ恩義を感じている。
時に、使用人の立場を忘れて諫めたり、叱ったりすることのある子息シェリーについても、内心では密かに誇りに思っていて、幼少期、村の悪ガキどもが「やーい、お金持ちー、お金持ちの息子―」とからかってきた時、シェリーがさらっと「町に出るとね、うちなんか全然、お金持ちの部類に入らないんだよ。ていうか、どっちかっていうと貧しい方だから。町の大きな商人さん達から見たら、俺達、全員ひとくくりだから」と返した時には、厩の隅で涙を流して喜んだ。
『さすが、うちの坊ちゃん。旦那様の教育の甲斐あって、ケンシキが広くていらっしゃる!』
そんな大事なシェリーに加えて、村でただ1人の薬師、フォードの血縁者2人――実際には、血の繋がりがあるのはソルだけだが――の送り迎えを任されたルートは、常に使命感に燃えていた。村の期待を背負う子供達3人を、その道中、どんな危険にも晒してはならねえ!
「……良い人なんだよ。本当に」
ソルが溜息を吐くと。
「主人の息子だけならともかく、本来、関係ないソルのこともそこまで考えてくれてるのは、多分、本当に良い人なんだろうなあ」
ティファールが、うーんと腕を組んで。
「俺も一緒に頼みに行こうか?」
「いや、そんな迷惑をかける訳には……」
「でも、このままじゃ、どうにもならないだろう」
確かに、その通り。
でも、ティファールが一緒に頼んでくれたとして、ルートの気持ちが変わるかどうかは分からないのだけど……。
(でも、もうあと1日しかないし……)
だめもとで、1度お願いしてみるのも良いかも知れない。実際に友達と一緒のところを見たら、ルートも折れてくれる可能性はある。
(それでダメなら、貴族様の名前を……ああ、でも、できれば出したくないなあ…)
その後に起こるであろう、新たな問題を思うと、更に頭が痛い。
「取り敢えず、ティファールにはお願いしてもいいかな?放課後、馬車に来て?」
ソルが頭を下げると、ティファールは「任せとけよ」と笑った。
そして、ふと首を傾げると。
「そういえば、そのルートさんの坊ちゃん……シェリー君て、もしかして中等部にいる、ヴィルデ村のシェリー君のことかな?」
「そうだね。知ってるの?俺、話したことあったっけ?」
「いや。ソルからは今、初めて聞いた。ただ、先生から名前を聞いてて……ヴィルデ村なら、ソルと同じところだから、後で聞いてみようと思ってたんだ。丁度いい機会だから、今日紹介してくれる?」
「いいけど……シェリーのやつ、もしかして先生に何か言われてるの?」
「大丈夫。悪いことじゃないから……悪いことではない、むしろ良いことだとは思うんだけど……。これ、言っちゃって大丈夫かな」
ティファールは、少し困ったような顔で腕組みをした。
「国史学の先生、いるじゃん。あの青光石が大好きな。あの先生がね、シェリー君を国内留学させたいんだって。一時的に」
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