薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第1部 学校~始まり

お茶会

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 お茶会の会場は、町の中心部にある豪奢なサロンだった。
 学校は町の中では外れの方、ヴィルデ村にまだ近い場所にあるので、ソルが中心部に行くのは5年目にして初めてのことだ。

「すごい……何て言うか……凝った作りの建物だね」

「最近、できたばっかりなのよ。何でも、王都で有名な……何て言うの?こういう建物の作りを考える方が、図面を引いて作らせたんですって」

「こういう場所、大きな町にはポツポツできてきてるんだけど、貴族の方もこっそりお忍びで利用していらっしゃるらしいわ。あとは貴石とか高価な物を扱う人達は、こういう所で売り買いのお話を進めたりとか」

 行きは3人でソアラの家の馬車に乗せてもらい、サロンの前で降りる。
 扉の前には、綺麗に洗われた白いシャツの主人が立っていて。

「ようこそ、いらっしゃいませ。本日はネイゴン様の貸し切りとさせて頂いております。よろしければ、お名前を」

「は、はい……」

 ソルが名前を名乗ろうとした瞬間。

「やあ、君がソル君だね」

 内側から扉が開いて、濃茶色の髪の男が現われた。そして、それを受けたサロンの主人が1歩後ろに下がり、男に向かってお辞儀をする。

「初めまして、ユザーン・ネイゴンだ。気軽にユザーンと呼んでくれ」

「あ、ソ、ソルと申します。こちらこそ、本日はお招きにあ、預かり、まことに……」

「堅苦しい挨拶は不要だよ。さ、中に入って、入って。……本当は綺麗におめかししたレディ達が先なんだろうけど、今日の主賓はソル君だからね」

 “綺麗”という言葉に、ソルの横に立っていた女子2人組が頬を染め、控え目に笑い合う。その仕草はやはり教室で見るものとは違っていて、何となく華やいだ雰囲気だ。
 それも無理はなく、クロスとサレムの言っていた通り、ユザーン・ネイゴンはなかなかの美形。こんな相手から綺麗だと言われたら、女性なら誰だって、気分が華やいでしまうだろう。
 しかし、ソルは……。

(どうしよう、来ちゃった、とうとう来ちゃった。目の前、目の前にいる……目の前……)

 支離滅裂な思考状態で心臓をばくばくさせているソルに、ユザーンがクスッと笑みを零す。

「ソル君の席は、僕の隣りだよ?やっと会えたんだ。今日は、たくさんお話しようね」

 お茶会が始まった。

***

「……ソル君は、甘い物は嫌い?さっきから、全然手を付けてないみたいだけど」

「い、いえ……嫌い、ではないのですが……」

「緊張してるみたいだね。でも、大丈夫。取って食べたりはしないよ」

「は、はい……」

 緊張しているかと言われれば、それは勿論そうだ。隣りに座ってあれこれと気を配ってくれるユザーンの顔は、最初の挨拶以降、ほとんど見られていない。目の前に並べられたお菓子にも、全く手がつけられないままだけど……。

(でも、それってユザーン先輩も一緒だから……)

 本には、国の礼儀作法として、格上の人間が口をつけるまでは、下の人間が物を食べてはいけないと書いてあった。
 周りは気にせず食べているようだが、自分もそうしてよいものか。ソルには判断がつかない。

「どうも、ソル君は貴族のことについて色々勉強してきてくれたようだね?」

「え、あ……」

「さしずめ、教科書は『貴族の世界の歩き方』違う?」

「……その……当たりです」

 ソルが頷くと、ユザーンの目がすっと細められる。

「そう。で、どう思った?」

「え?どう……?」

「あの本、俺も読んだよ。随分前だから、ソル君の読んだものより古いかもしれないけど」

 ユザーンの言葉に、ソルは思わず顔を見上げてしまった。だってユザーン先輩は貴族じゃないか。貴族が、貴族についての本を読むの?
 ソルの疑問が顔に出ていたのか、ユザーンはにやりと笑い。
 しかし、その答えには触れないまま、別の言葉を話す。

「僕はね、君のことが知りたい。ソル君は、本を読んだ。そうして、その内容を今、実践している。本を読んで、実践してみて、その感想は?君の思っていることを聞かせてくれないかな」

「僕は……」

 まさか本の感想を聞かれるとは思っていなかった。それも、物語でもない、ただの教養本の感想を。

「……その、本を読んだだけでは、正直ピンとこない部分も多くて……。僕は、この通り平民で、この先、本に書いてあったような場面に出会うこともない気がします。でも、皆で勉強をしたのは楽しかった……」

「皆で?あの本を皆で読んだの?」

「はい。1人では理解できなかったことも、友達が一緒で、そこはこうなんじゃないか、ああなんじゃないかって言ってくれたから。じゃあ、実際にはこうしようって決めることもできたりして。それが今、きちんと生かされているかは自信がないけど、ユザーン先輩の仰る通り、実践してみて思ったことは『現実は本とは違うんだな』って思ってます」

 離れた席に座っている、笑顔で焼き菓子を口に運ぶソアラとメルリーを見ながら、ソルはこっそり付け加えた。

――だって、食べてるし……。

「アッハハハハハハハ!!」

 突然、ユザーンが高笑いを始めた。 
 ユザーン以外の人間は話すのを止め、ある者は驚いた顔で、ある者は引きつったような顔で、ユザーンに注目する。中には、ソアラとメルリーの心配そうな顔もあった。
 ユザーンは、ひとしきり笑い終えると。

「いやあ、失敬、失敬。楽しくって、つい大笑いしちゃったよ。皆、会話を止めてしまってごめんね。気にせず、続けてくれ」

 その言葉で曖昧に納得した一同が、またそれぞれの相手と話し始める。
 ユザーンは、どうやら笑い過ぎて浮かんだらしい、目尻の涙をぬぐいながら、ソルに向き直った。

「ソル君、君は楽しいね。気に入ったよ」

「え?あ、えっと……」

「俺は、自分が体験したことしか信じない。他人から与えられた何かを鵜呑みにして、その人間の世界で生きるなんて、そんなの本当に“生きてる”なんて言えない。まっぴらごめんだね」

「……!」

「ついでに言うと、人に従って、振り回されながら生きてる連中も嫌いだ。どこかのお貴族様とか、上から言われたことを垂れ流すだけの先生達とかもね」

 言いながら、整った口の端を歪める。
 あれだけ見られなかったユザーンの顔を、今、ソルは呆然と見つめていて……。

「君の、本の感想は面白かった。君は、俺と同じ。学び、実践し、その結果を自分のものとして生きる人間だ。もっと、色々話がしたいな」

 目の前に差し出される、白くて綺麗な手。あれっ?貴族様の手って、平民が握っても良いものだっけ?

「これから仲良くしようね、ソル君」

 ソルの手は吸い込まれるように、ユザーンの掌に収まっていた。
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