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第1部 学校~始まり
分水嶺
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帰り道、ガタガタと揺れる馬車の振動で目を覚ましたモーネは、自分の頭が何か温かいものの上に置かれているのを感じた。
狭い座席に横向きで寝かされているので、足は窮屈に折りたたまれているけど、頭と肩の辺りは温もりを感じる。薄く目を開けると、見たことのあるシャツが目に入って……。
――ああ、ソルだ……。
少し重い頭は、ソルの膝の上に乗せられている。こんな時でもなければ決して、してはもらえないだろう、膝枕、だ。
車輪の振動で落ちてしまわないように、ソルの手は頭に添えられていて、たまに優しく紙を梳いている。きっと、特に意識しているわけではなく、無意識のうちにやっていること。ソルは動物でも赤ん坊でも子供でも、目の前に来るとつい手を伸ばして触りがちで、馬のハーシーのこともよく背中を撫でているのだ。
膝枕も、髪を梳かれるのもいつもだったら嬉しいけれど……。
(でも、今はかっこ悪いとこ見られちゃって、そっちの方が恥ずかしい。せっかく、お願い叶えてあげるとか言ったのに……)
ソルに触れられている嬉しさが半分、残りの半分はカッコ悪さでソルの顔が見られずに、瞼を閉じて寝たふりをする。
後ろからはシェリーの声が聞こえてきて。
「ねえ、ソル兄。さっきの、ユザーン先輩?が言ってたことだけど……結局、モーネを治すには精気を増やすっていう今までの方法しかないの?」
「……あと、お腹が……消化がちょっと、って言ってた……」
――ごめんね、ソル。それは多分、今飲んでる薬の副作用で、本来の症状とは別物なんだ。
シェリーも、恐らくそう言おうとしたのだろう。
数秒間、不自然な沈黙があって……。
でも、シェリーが何かを言う前に、ソルが再び口を開いた。
「それでさ、思いついたことがある」
「えっ、思いついたこと?」
「うん。そもそも精気は身体の機能そのものを動かすもので、歩いたり、走ったりする活動のエネルギーは食事から作られる。でも、その食事をエネルギーに変えるところそのものは、精気が関与してるから、そこがうまく機能しないと、精気を無駄遣いしちゃうんだ」
「ごめん、ソル兄。よく分からない……」
「あ……こっちこそ、ごめん。でも、シェリー。モーネって、午後の授業とかやたら眠そうにしてることない?」
――ある。それは、結構ある……。
モーネが心の中で答えるのと同時に、シェリーが「それは……あるかも……」と頷く気配。
それに、「でしょ?やっぱり!」とソルが身を乗り出したらしく、モーネの頭にググっと圧がかかってきた。
「だからさ、今までみたいに精気にだけ注目するんじゃなくて、その食べ物からのエネルギーも作りやすくしてあげたら、もう少し効率よく回復していくと思うんだ。それに、今の薬って、ちょっと……お腹を悪くしやすいから。その点も、改善してあげられるだろうし」
「そうなんだ!うん、それなら安心だね!!」
良かったねー、モーネ~、と頭をくしゃくしゃされる。
その頭を撫でて元に戻しながら、ソルが言った。
「モーネがこんなになるまで頑張ってくれたから……何とかして、応えたい。無駄に痛い思いをしたっていう風にはさせたくないから……」
それから数年経った後、この日のことを振り返ってみて。
モーネは、ユザーンの見た消化器の問題というのはやっぱり薬の副作用で、本来の症状には関係がないものだった、と信じている。
でも、この時、ソルが考えたことについては間違いなく正しかった。
この後、ソルが作った薬をきっかけに、モーネの身体は大きく変わっていくことになる。
それは勿論、モーネも嬉しかったし、誰よりもソルが1番、嬉しそうにしていた。それを見たモーネが、また嬉しさを嚙み締めたというのも間違いではない。
ただ……。
この日、ユザーンの見た消化器の問題が薬の副作用だと言わなかったことを、モーネはずっと後悔することになる。
何故なら、自分の作った薬でめきめき身長が伸び、視力や聴力も良くなっていくモーネに、ソルの思い込みはより強固なものとなっていったからだ。
やっぱり、ヒーセンスの力こそが最上。薬だって、アドバイスをもらってから作ったら、途端に効くようになったし……。
――違うよ。僕は、ソルの作った薬で良くなっていってるの。お願いだから、自分を信じて。
モーネの中で、あの“約束”は有効。
ソルが立派な薬師になるのを側で見ている、という約束は、例えソルの方が忘れてしまったとしても、ずっと有効なのだ。
――大丈夫、ソル。僕は、信じてる。ずっと見ている。
ここから何年か先の未来も、それだけは変わっていない。
そして、今。
ソルの膝の上で揺られながら、モーネは少しずつ眠気に引きずり込まれていた。
――これから家に帰って……明後日は、国史学のセイコー先生に会いに行くんだ……。シェリーが、ちゃんと先生と話ができるように……でも、それでりゅうがくとかになって……しぇりーがいなくなっちゃうのは……さびしいかも……ぐぅ。
いつかの未来が来るのは、もう少し先の話。
狭い座席に横向きで寝かされているので、足は窮屈に折りたたまれているけど、頭と肩の辺りは温もりを感じる。薄く目を開けると、見たことのあるシャツが目に入って……。
――ああ、ソルだ……。
少し重い頭は、ソルの膝の上に乗せられている。こんな時でもなければ決して、してはもらえないだろう、膝枕、だ。
車輪の振動で落ちてしまわないように、ソルの手は頭に添えられていて、たまに優しく紙を梳いている。きっと、特に意識しているわけではなく、無意識のうちにやっていること。ソルは動物でも赤ん坊でも子供でも、目の前に来るとつい手を伸ばして触りがちで、馬のハーシーのこともよく背中を撫でているのだ。
膝枕も、髪を梳かれるのもいつもだったら嬉しいけれど……。
(でも、今はかっこ悪いとこ見られちゃって、そっちの方が恥ずかしい。せっかく、お願い叶えてあげるとか言ったのに……)
ソルに触れられている嬉しさが半分、残りの半分はカッコ悪さでソルの顔が見られずに、瞼を閉じて寝たふりをする。
後ろからはシェリーの声が聞こえてきて。
「ねえ、ソル兄。さっきの、ユザーン先輩?が言ってたことだけど……結局、モーネを治すには精気を増やすっていう今までの方法しかないの?」
「……あと、お腹が……消化がちょっと、って言ってた……」
――ごめんね、ソル。それは多分、今飲んでる薬の副作用で、本来の症状とは別物なんだ。
シェリーも、恐らくそう言おうとしたのだろう。
数秒間、不自然な沈黙があって……。
でも、シェリーが何かを言う前に、ソルが再び口を開いた。
「それでさ、思いついたことがある」
「えっ、思いついたこと?」
「うん。そもそも精気は身体の機能そのものを動かすもので、歩いたり、走ったりする活動のエネルギーは食事から作られる。でも、その食事をエネルギーに変えるところそのものは、精気が関与してるから、そこがうまく機能しないと、精気を無駄遣いしちゃうんだ」
「ごめん、ソル兄。よく分からない……」
「あ……こっちこそ、ごめん。でも、シェリー。モーネって、午後の授業とかやたら眠そうにしてることない?」
――ある。それは、結構ある……。
モーネが心の中で答えるのと同時に、シェリーが「それは……あるかも……」と頷く気配。
それに、「でしょ?やっぱり!」とソルが身を乗り出したらしく、モーネの頭にググっと圧がかかってきた。
「だからさ、今までみたいに精気にだけ注目するんじゃなくて、その食べ物からのエネルギーも作りやすくしてあげたら、もう少し効率よく回復していくと思うんだ。それに、今の薬って、ちょっと……お腹を悪くしやすいから。その点も、改善してあげられるだろうし」
「そうなんだ!うん、それなら安心だね!!」
良かったねー、モーネ~、と頭をくしゃくしゃされる。
その頭を撫でて元に戻しながら、ソルが言った。
「モーネがこんなになるまで頑張ってくれたから……何とかして、応えたい。無駄に痛い思いをしたっていう風にはさせたくないから……」
それから数年経った後、この日のことを振り返ってみて。
モーネは、ユザーンの見た消化器の問題というのはやっぱり薬の副作用で、本来の症状には関係がないものだった、と信じている。
でも、この時、ソルが考えたことについては間違いなく正しかった。
この後、ソルが作った薬をきっかけに、モーネの身体は大きく変わっていくことになる。
それは勿論、モーネも嬉しかったし、誰よりもソルが1番、嬉しそうにしていた。それを見たモーネが、また嬉しさを嚙み締めたというのも間違いではない。
ただ……。
この日、ユザーンの見た消化器の問題が薬の副作用だと言わなかったことを、モーネはずっと後悔することになる。
何故なら、自分の作った薬でめきめき身長が伸び、視力や聴力も良くなっていくモーネに、ソルの思い込みはより強固なものとなっていったからだ。
やっぱり、ヒーセンスの力こそが最上。薬だって、アドバイスをもらってから作ったら、途端に効くようになったし……。
――違うよ。僕は、ソルの作った薬で良くなっていってるの。お願いだから、自分を信じて。
モーネの中で、あの“約束”は有効。
ソルが立派な薬師になるのを側で見ている、という約束は、例えソルの方が忘れてしまったとしても、ずっと有効なのだ。
――大丈夫、ソル。僕は、信じてる。ずっと見ている。
ここから何年か先の未来も、それだけは変わっていない。
そして、今。
ソルの膝の上で揺られながら、モーネは少しずつ眠気に引きずり込まれていた。
――これから家に帰って……明後日は、国史学のセイコー先生に会いに行くんだ……。シェリーが、ちゃんと先生と話ができるように……でも、それでりゅうがくとかになって……しぇりーがいなくなっちゃうのは……さびしいかも……ぐぅ。
いつかの未来が来るのは、もう少し先の話。
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