薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第2部 魔獣 救護所編

妄想も成長

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「……それで、シェリー君とティファール君は、実際にその青光石が一面に輝いている光景を見たのだそうです」

 やはり昼休みの国史学資料室。
 前回と同じように呼び出されたモーネを前に、セイコー先生はシェリーとティファールの両方から届けられたという手紙を愛おしそうに撫でた。

「でも、そんなことよりもこうして無事であることが確認できて、本当に良かった。今はそれに勝る喜びはありません。シェリー君は、どうやら足を怪我しているようですが、それも早く癒えるよう太陽神様と月神様のご加護を祈るばかりです」

「僕のところにも手紙が来ました。まだ長旅は堪えるだろうっていうのと、村には添え木とかの手当に詳しい医師はいないので、もうしばらく向こうに滞在するって。ソル……兄のいる救護所の、座っていてもできる仕事を手伝いながら、そこにお世話になるそうです」

 それは、ティファールも同様らしく、ソルからは2人に会えた喜びとともに「人手が増えて、仕事が少し楽になった」という手紙が来た。
 モーネが送った魔獣についての情報や解毒剤のレシピに対するお礼も冒頭に書かれていて、『ありがとう』というたったそれだけの一言に胸がぎゅんとした。元々、口が上手ではないソルはきっと色々な言葉を考えて、考えては消して、それで最後に残ったのがこの一言なんだろうなと思うと、愛おしさでどうにかなってしまいそうだ。

「本当は、僕も現地に手伝いに行けたらよいんですけど……」

「それは尊い志ですが、お兄さんのソル君に続いてモーネ君もとなると、お祖父様が心配なさるのでは?」

「当たりです。見事に却下されました。僕の身体が不安定だから、向こうで体調を崩したら迷惑になる、って……」

 とは言っても、モーネはこの2ヶ月、いやもっとの間、熱を出したり、調子を崩したりしたことはない。目や耳が良くなると同時に身体そのものが元気になって、朝もすっきり起きられるし、昼間、抗いようもないほど眠くなることも、ここ最近はほとんどなくなっている。 
 なのに、今になってもどうしてフォードはそんなに身体を心配するのか……。

「……確かに、モーネ君は、ここ半年で随分、元気になりましたね」

「兄が作ってくれた薬が良かったみたいです。ただ、身長が伸び過ぎちゃって……もしかしたら兄には、身体を良くする薬じゃなくて、“身長が高くなる薬”を飲まされていたんじゃないかって思うくらい」

「ハハ、そんな薬があるなら、私も飲みたいものです」

 確かにセイコー先生の身長はそこまで高くはない。そして半年前のモーネは、そのセイコー先生の目の高さくらいまでしかなかった。それが、今は優に彼の頭頂部を越えている。

「……身長だけではありません。なんと言いますか、モーネ君は……顔が変わったと思います」

「顔、ですか?」

「はい。とても大人びて。今では正直、教室で見ていて、その……違和感を覚えるくらいです。とても周りの生徒達と同年代には思えない。いや、こんな言い方は、教師として良くないものかもしれませんが……」

「そうですかぁー?気にしないで下さい」

 言われてみれば最近、クラスメート達の自分に対する視線が変わっているような気がする。ただ、真っ白な髪のせいで、元々初対面では必ずと言って良いほど奇異な視線を向けられていたモーネは、今では必要以上に周りの目を気にしないようになっていた。たまに見せられるギョッとしたような顔も、自分が逆の立場だったらそうなるだろうし、ソルやシェリーのように自分を理解している人が側にいてくれるなら、それでいい。

――ただ、本当に見た目が成長しているなら、ソルに見せたいなあ。

 ソルと離れてからまだ3週間くらいだが、近くにいるばっかりでは見えないものもある。実際、モーネはこの3週間でソルに対する思いが益々強くなっていたし、ソルの方だって改めてモーネの存在に思いを馳せる瞬間があったかもしれない。そんなところに、大人っぽく成長した自分が登場したら……。

――ソルのことだから、『自分の薬が合ってたんだ!』って、喜びそう。まあ、それはそれで可愛いし、ソルが喜んでくれるなら何でも良いんだけど。

 本当は一気に大人びた自分を見たソルがキュンとときめいてくれて。それで頬を染めながらプイと顔を背けて「な、何だよ。そんな見下ろしてくんなよ」とか言ってくれたら、めちゃくちゃ最高なのだが……。

(それで、大人な僕は『こら。そんな可愛い顔してたら、悪い男につけこまれるぞ』とか言って、横向いてるソルの頬に手を添えて、こっちを向かせた唇にそのまま……ギャー!良すぎる、良すぎる!!)

「……モーネ君、モーネ君!大丈夫ですか……」

 とまどったようなセイコー先生の声に、ハッと我に返る。危ない、教師の前でとんでもない妄想に耽るところだった。
 
(うぅぅ……さよなら、僕の脳内ソル……)

 妄想の特権で、特に抵抗もしないままモーネのキスを受け入れていた想像上のソルが、呆気なくかき消えていく。それが残念であると同時に、そんな想像をしてしまう自分がちょっと申し訳なくもあった。
 ただ、身体が元気になってくると同時に、どうしてもそういうことへの関心も高まってきてしまう。その証拠に、最近モーネの中のソルは少しずつ薄着になり、色香をまとってモーネを誘惑してきて、そうなるとつい自分もそれに応えて……いや、全て自分の妄想だということは分かっているのだが……!!

「……何となく、お祖父様の心配も分かってしまうのですが……」

「何がですかっ!?僕は断じて相手を傷つけるような真似はしません!妄想の中だって、相手が嫌がったらそれ以上のことはできないので、つい受け入れてくれる姿ばかり想像して……」

「いや!そちらが何の話ですか!!……私が思ったのは、急激な成長には身体に別の負担がかかるのではないかということです。お祖父様は、それを心配なされているのではないかと……」

「あ、何だ。そっちの話ですか……」

 モーネは安堵の溜息とともに、にっこりと笑ってみせた。

「僕は大丈夫です!前の薬と違って気持ち悪くなることもないし、どんどん元気になっていくの、嬉しいんです」

 ただ、その薬ができたきっかけが、あの特別クラスの先輩だというのは気に入らないけれど。

「でも、せっかく元気になったんだから、側に行けなくても兄のために働きたい。先生、これからもまた色々教えて下さい!」



 
 その後、モーネが希望通り救護所を訪れることになったのは、それから3日後のことだった。
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