薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第2部 魔獣 救護所編

間話:その変装は正解だったのか

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 前辺境伯から迎えの馬車が来たのは、それからすぐのことだった。

「お待たせしてすみませんでした。今日は2回も魔獣の襲撃があったもので、なかなか馬車が出せず……」

 恭しく頭を下げた御者の男が、ソルの前にスッと手を差し出す。え、何……?

「……ありがとうございます。私達の方も、2回目の襲撃で救護所が混んでいたものですから。ちょうど良い時間でした」

 ソルの横から手を出したアリドネが、御者の手に自分の手を重ね、優雅に馬車へと乗り込んだ。そうして、ソルに教えるようにスカートを整え直して、ゆったりと座席へ。
 その姿を確認した御者は、再びソルに向かって手を差し出す。

「さ、先生も……と、こちらは、この前の方とは違っていらっしゃるようですが……」

「前回、薬を作らせて頂いた者が少々熱を出しておりまして。本日は、代わりにこちらの……ソ、ソ、ソルソルリーが参らせていただきます」

――ソルソルリー!?

 危うく吹き出すところだった。予め名前を考えていなかったのが失敗だったとはいえ、もう少し自然なものはなかったのか。
 御者も恐らく笑いそうになったのだろう。
 一瞬、空気が揺れたが、さすがに貴族家に仕えるプロ。んんんっ、と咳払いで誤魔化し、再度恭しく手を差し出してきた。

「ソルソルリー先生、どうぞ」

「因みに!ソルソルリーは我が救護所に来たばかり。極度の人見知りで、打ち解けるまでに時間がかかります。慣れるまでは声を出すのも負担になりますので、その点ご承知置き下さいませ」

「は、はい!了解いたしました!」

 ようやく確保した大事な女性薬師に、へそを曲げられては堪らない。御者は大きく頷き、無理に話をさせないという意思表示のために自分の唇をチャックをするようになぞってみせた。
 その顔を見ながら。

『やったね!』

 アリドネがこっそり片眼を瞑ってくる。
 それに合図を返す余裕はなくて。

――失礼します。

 心の中でお礼を言いながら、ソルも御者の手を借りて馬車へと乗り込んだ。

***

『声さえ出さなきゃバレない。絶対、大丈夫』

 ソルの女装に、そう太鼓判を押したのはアリドネ。
 では他の皆はどうなのかと順に見回してみると、全員無言で横を向いたり、下を向いたり、目を合わせようともしてくれなくて……。

――やっぱ、ダメなんじゃん!盛り上がってるのアリドネさんだけじゃないか……!!

 もう恥ずかしくて恥ずかしくて、やっぱり女装なんて止める、辺境伯にも正直に事情を話して、今からでも別の女性薬師を探してもらった方がいい!と至極まっとうな考えが浮かんできたのだけれども。

「ソル……その……」

 外の仕事から帰ってきたティファールが、意を決したように真面目な顔をして。

「綺麗だよ」

「は!?」

 それからは、賞賛の嵐だった。
 皆、ソルの持つ素材のクオリティとともに、アリドネのメイク技術を褒めそやし、何とモリオン、リフォルテに至っては変身したソルを羨ましがる始末。

「俺も俺も!アリドネの手にかかれば、もしかしたらこんな風に変身できる?」

「モリオンさんより、僕の方が細身でしかも女顔です!ソルには負けるけど」

「ソル兄!それ、モーネに見せたい!アリドネさん、落ち着いたら是非、うちの村に遊びに来て下さい!!そして、もう1回、ソル兄にメイクを!!」

「皆、静かに。クローディアがやっと寝たんだから、起こさないようにして」

 ソルの完成を楽しみにしていたクローディアは、やはり身体が辛かったのか途中から目を閉じがちになり、今はぐっすりと眠っている。起きたら、全貌が見られなかったのを悔しがることだろう。

「じゃあ、ソル君。前回のカルテと処方歴はこれ。アイリス様、3歳だから。小児用量と体重換算表も忘れないようにしてね」

「3歳!?」

 それで、男子禁制にしている理由とは……。

「さっきも言ったけど、声だけは繕えないから気を付けて。何か言いたい時は、私の袖を2回引っ張って。オッケー?」

「オッケーです」

 かくして、話は冒頭の場面へと相成ったのであった。

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