薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第2部 魔獣 救護所編

刮目して見よ

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   カサリ、と落ち葉の鳴る音。
   人間とは違う、四つ足で歩く生き物の気配。
   風に乗って聞こえてくるハアハアという湿った息遣いは、恐らくオオカミ型魔獣のものだ。

――いつの間に……気を付けろって言われてたのに……。

   完全に自分のミスだ。だってモーネはこの付近の現状を知らないのだから。
 
――知っている自分が、気を付けなければいけなかったのに……。

 どうしよう。どうやって逃げよう。
 いや、ただ逃げるだけでは駄目だ。魔獣が来ていることを救護所メンバーに知らせて、中の人達の安全も確保しなければならない。……全員は無理でも、できるだけ多くの人達の無事を。
    
――大声で知らせる?でも、そうしたら出てきた人からやられちゃうかも……。

    それより、ここで自分達2人が食べられたら、それで満足して帰ってはくれないだろうか。そんなことを考えた時だった。

「ソル、これ借りるよ」

    声とともに、腰の辺りが軽くなる。初日に配られたナイフ。辺境伯の屋敷ではさすがに外していたものを、馬車に乗る時に着け直した、それが鞘から抜かれたのだ。モーネの手によって。

「モ……!」

「来ちゃ駄目だよ」
 
 1度、抱きしめる腕に力が込められて、それがすぐに離れていく。
 わざとのように魔獣の前を横切ったモーネは。

「こっちだよ!!」

 ひらひらと手を振って、テントとは逆の方向へと走り出す。
 そして少し遅れて、魔獣も走り出した。モーネの後を追って。

――モーネ!!

 ソルもその後を追いかけようとして……でも、自分が行って何になる?唯一の武器であるナイフはモーネの手の中。もし自分が側に行ったら、モーネは2人分の身を守りながら戦わなければならない。

――でも、だからって、ただここにいるだけで何もしないなんて……。

 人間の足が魔獣に敵う訳もなく、オオカミ型魔獣はすぐにモーネに追いついたようだ。ただ、その距離があと1歩というところまで近付いた時、月光を反射した何かがキラリと光った。それは、恐らくナイフ……。
 元クレスロードにいた刀鍛冶の打ったというそのナイフには、少しだが銀が練り込まれている。伝統的に銀は魔を除けると言われているが、それはどうやら本当らしい。モーネに襲いかかろうとしていた、魔獣の足が止まった。

――自分も誰かからナイフを借りようか……。

 ナイフは、救護所のスタッフなら全員身に着けている。今は下まで下りている、テントの入口を開けようか迷った瞬間。


 ウグルルルルルル……ウグァゥッ


 不穏な唸り声とともに、魔獣がモーネへと飛びかかった。
 それを、モーネが右に回り込んで避ける。……避けた!?

――魔獣に飛びかかられて、避けられるものなのか……?

 しかし、ソルの目に映るモーネはその後も魔獣の攻撃を避け続けている。しかも、少しずつ微妙に、テントから離れるように誘導しながら。


 ウグルルルルルル……


 目の前にいるのになかなか捕まらない獲物に、魔獣が焦れた様子で土を蹴る。
 対するモーネは1度もナイフを振るわないまま、ただ右へ左へと避けるだけ。――最小限の力で。

 徐々に、徐々に、モーネの姿が小さくなっていって。それに釣られて、魔獣もテントから離れていくのが分かる。右へ、左へ、モーネに振られるままに。

――何で?何でそんなことができるの?

 モーネは運動が得意だった?
 否、周りより身体の小さかったモーネは、幼年学校でもクレイドルの中等部でも、体術や剣術の類いはからっきしだった。このままでは進級が危ぶまれるといわれた幼年学校の体術クラスで、自分より身体の大きな生徒を投げられないと泣きべそをかいていたモーネに、日が暮れるまで練習台になってやったのは他でもないソルだ。


――じゃあ、俺の知らないところで練習したの?

 それも否。
 今回、ソルがここに来るまで、モーネがソルに内緒で体術を学ぶような機会はなかった。そのくらい、自分達はずっと一緒にいたし、更には今のモーネの動きは自分が離れてから1ヶ月間で体得できるようなものではない。

――じゃあ、何で……?

 視界の中でもうだいぶ小さくなってしまった、モーネの姿。
 それでもその動きが鈍ることはなく、魔獣と位置を入れ替わりながらヒラリヒラリと攻撃を躱しているのが分かる。
 逆に、魔獣の動きは最初に比べて格段にスピードが落ち、攻撃のパターンも単調になっていた。少し前は2段構えで飛びかかっていたのが、今はただ翻弄されるままに1度ジャンプして、躱されて着地した後は息を整えるようにしばらく間を置く。それを見計らったように、再びモーネのナイフがキラリと光った。


 ウグルルルルルル……ウグァゥッ、ウグァァァゥッッ


 苛立った魔獣の咆哮が辺りに響き渡って……。



「どうした!魔獣か!!」

「ソル!大丈夫?」

 テントから、スタッフ達が飛び出してきた。

「ソル君!モーネ君は!?」

 滅多に聞くことのないアリドネのうわずった声に、戦っているモーネへと視線を向けると。

「モーネっ!!」

 まだ杖がなければ歩けない、シェリーが悲鳴をあげた。

「助けなきゃ!ソル兄!モーネを助けなきゃ!!」

 そして時を同じくして、魔獣がモーネへと最後の攻勢をかける。それまで精度が落ちていた攻撃の手を、休めることなく何度も何度もモーネへと襲いかかって……。
 
 ふ、と、モーネが逃げるのを止めた。
 自分へと向かってくる魔獣に手にした銀のナイフを向けて。

「モーネ!!!」

 その前足がモーネへと届く直前。

 キラリと閃いた刃が、その足裏へと突き刺さった。
 全身を覆う、硬く毒をもった体毛が唯一生えていない肉球の部分へと。


 グウォォォォォォォ

 
 この世のものとは思えない、耳をつんざくような魔獣の叫びが聞こえる。
 そして、その魔獣の足裏にナイフを突き刺したまま、モーネは半身を捻って……。

――傷口、抉った……。

 さすがに痛かったのだろう。オオカミ型魔獣の身体が自重を支えることなく地面へと叩きつけられる。
 
 そして、モーネはその機を逃さず……。

「バイバイ!」

 月光を反射したナイフがその右目へ、そして左目へと突き立てられた。

 それは確かに、その場の全員に共有されている事実。オオカミ型魔獣は、その命をつなぐ“心臓部分”が本来の胸部ではない、両目に宿らされている。

――モーネからの手紙で読んだ。セイコー先生がまとめてくれたって、でも……。

 あまりにも躊躇無く突き出されたナイフに、ソルの背筋を何かがぞわりと駆け抜ける。
 もし、戦っているのが自分だったら……。
 
――同じように、躊躇無く殺すことができた?

 分かっている。そんなことを思うのは甘い考えだ。
 だって、相手はそれこそ躊躇なく自分達を殺そうと考えているのだから。

「……モーネ!モーネ!!」

 半分、泣き出しそうになりながら、シェリーが前へと歩み出していく。
 杖を器用に操りながら、ただモーネの側に行かなければならない、と……。

 その姿を、呆然と見送っていたソルの視界に、もう1体。月の光を反射する、不気味な目が見えて……。

「危ない!シェリー!!」

 咄嗟に、シェリーの身体に飛びついた。
 もつれこむように地面へと倒れ込んだソルの背中を、何か熱いものがかすっていく。

「ソル!!!」

 幾重にも重なり合う声の中。
 
 必死の形相で自分へと向かってくる。

――あの男は誰?

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