北部には精霊使いがいるらしい

どね

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一 魔術師の失恋

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 アルタエン王国に穏やかな春を知らせる香りが漂う。
 先の魔獣討伐の成功を祝い、王都では王宮を開放して大々的に春季を祝う祭典を行なっている。
 ツイディアは功績者としてその場に顔を出していた。
 会場で兄グロームを見掛けたが、父と込み入った話をしていたため声を掛けることはなかった。掛けたところで、私生活について小言を言われるのがわかっていたからである。
 そして、母に至っては顔を合わせる度に、数多もの婚約話を聞かせてくるのだ。今夜この会場で見つかれば、直ぐさま相手探しの場に変わってしまうだろう。

「ツイディア。此度の討伐遠征ご苦労だった」

 第一王太子ルカサ・デ・ミュシュトルが、穏やかな笑みを浮かべてツイディアの前に現れた。
 ツイディアより三つ年上の二十四歳だが、幼い頃からの兄の友人であり、今では良き主君でもある。
 ツイディアは指を胸に添え、ゆっくりと頭を下げ挨拶を返す。
 ツイディアを月と例えると、ルカサは太陽のような青年である。紅の髪と透き通った空に似た青い瞳をし、屈託のない笑顔を振り撒くのだ。

「前線に立った騎士団と魔術師団は負傷者も多いと聞く。不安定であった魔獣の出現も、これで少しは落ち着くだろう。そなたたちもゆっくりと身体を労るといい」

 ルカサはポンッとツイディアの肩に手を乗せて、笑顔を絶やさず耳元に唇を寄せた。

「して、証拠はあったか?」
「……砕けた石しか残っておりませんでした」

 ツイディアの言葉を聞き、ルカサは表情を変えずに顔を離し頷く。それと同時に、国王と王妃が会場に姿を現し、皆の視線が一同に前方へと集まった。

「此度は皆の力のお陰で無事に春季の祭典を行うことができた。これもひとえに今代の聖人の加護があってこそであろう」

 国王の言葉にその場にいた者たちは手を打合せ、喝采の声が大きくなってゆく。
 ルカサもにこやかにその様子を眺めているが、手を打つ力がこもっているのがわかる。
 本来聖国から招かれる聖職者は別の者だった。ルカサとも幼い頃から親交のあった女性だ。それが、今の聖人に代わりいつの間にか国民たちの支持を得たのである。
 大神官を務めていたニエルが行方をくらませたのも、大きな要因だった。

「では、これからの安寧を願い宴を始めよう」

 国王はそれだけ言い残し、愉快な笑い声とともに奥へと消えてゆく。

「……頼んでいた件はどうだ」

 ルカサは会場の端に見えた黒髪に、手を止めてツイディアを見遣った。
 ツイディアは神殿の手からレヴィアをこちらに引き込むよう、常々言われていたのである。

「申し訳ございません。まだ」

 ルカサの後ろに控えていたツイディアは、僅かな呟きに身を屈めて横顔を窺う。青い瞳が向かう先は、北部ティスタニス公爵レヴィア・ルド・ハイネルタであった。
 ツイディアもこの様な公の場で姿を見るのは初めてである。
 レヴィアは王国内でも魔獣の被害が多い、アルカディアン領地を治めている。幼い頃は両親と共に王都へと顔を出しに来ていたが、両親が亡くなると公爵邸に半ば閉じこもるように過ごしていた。
 再び人前に姿を現すようになったのも、神殿の力が大きいと言われている。
 何度も王都に遠征し討伐の手助けをする理由も、聖人の為ではないかと噂されるくらいだった。

「仕方ない。ツイディアはこのまま僕の後に」
「かしこまりました」

 迷うことなくこちらに向かい歩いてくるレヴィアから、ツイディアは目を伏せ視線を逸らす。
 本当は一目散にこの場から去りたかったが、ルカサの許可なく動くことは出来ない。

《ひかりのこ。いやなやつ》

「ブハッ……」
「殿下」

 光の精霊から加護を受けているルカサは、真っ直ぐに向けられた嫌悪の気持ちに肩を震わせた。
 ツイディアは余計な波を立てぬよう、ルカサの袖を直す振りをし釘を刺す。この会場内で闇の精霊の声が聞こえるのは、ツイディアとルカサだけである。
 不思議な事にツイディアは、ルカサから精霊の声が聞こえたことはない。

「殿下。お久しぶりです」
「やあ、公爵。今回も最前で士気を上げてくれたと聞いたよ」

 レヴィアは無表情のまま頷き、ルカサの後ろで目を伏せているツイディアを見下ろした。

「彼ともその事について話していたんだ。北部も大変な中助力してくれるなんてね」
「殿下にはいつも力を貸していただいておりますので」

《きらい。はなれて》

 ツイディアは無言のまま笑みを浮かべ、二人の会話から意識を逸らす。
 周りから見れば穏やかに会話をしているように見えるのだろう。
 その証拠に、貴族たちはいつ声を掛けようか、何度も視線を送ってはレヴィアの存在に足踏みをしている。

《きた。きたわ。どうしよう》
《みないで。きかないで》

 ツイディアは精霊の言葉を聞き、ルカサの耳元に唇を寄せ、わざとらしく「そろそろお時間です」と、その場を去る口実を作る。
 ルカサはツイディアを片手で制し、表情を引き締めレヴィアの瞳を覗く。

「そう言えば公爵。君がこう言った場に出るのは珍しいね。独りなのかい?」

 ルカサはレヴィアの背後に見えた長い金髪を目に、口角を上げてそう言った。

「……今回は——」
「王国の陽光にご挨拶申し上げます。今回はわたくしのパートナーとして出席いただいております」

 レヴィアの言葉を遮り、金髪の青年アルートが頭を下げる。肩の上で結いた髪が、ふわりと揺れた。
 聖人の登場に周囲は真偽を確かめるように口を開く。ある者は婚約の話を。またある者は神殿と公爵家の繋がりを。
 誰一人としてアルートがレヴィアの話を遮った無礼を咎める者はいない。

「ティスタニス公は今年二十三になったと聞く。今も相手が居ないのはやはり聖人様を慕っているのでは」

 誰かが言った。

「そうだな。あの妙な力を抑えられるのは聖人様だけだろう」
「近くに居て殺されないのは聖人様だけだと聞いた」

 次々に口を開き皆の結論が出た所で、ルカサはただひとり目を細めてレヴィアの言葉を待っている。
 ツイディアは初めて聞く内容に、どこまで耳にして良いのか不安になった。何度も聞こえてくる精霊の声を思い出すと、お互いに想い合っていることはわかる。
 レヴィアを神殿から引き離すことは、聖人との仲を引き裂くことになるのだ。
 何も言わないレヴィアが気になり、ツイディアがそっと視線を向けると、僅かに眉の根を寄せたのがわかった。

《うるさいね》
《けしちゃう。そうしよう》

 ツイディアは今日ほど精霊の声が聞こえなければいいと思ったことはない。愉快そうに話している貴族たちがどうなろうと、心底どうでも良いと思っている。
 しかし、ルカサからの視線を受け、咳払いをひとつ漏らした。

「面白い噂もあるのですね閣下。何度も討伐をともにしている私が無事なのも、閣下に思われているからなのでしょうか」

 ツイディアは自分の胸に指を添えて、満面の笑みを浮かべ周囲にそう言い放った。
 それから続けて——。

「では、私にも婚約者としての素質があるのかもしれません」

 と、勝ち誇った笑みを浮かべ頭を下げる。
 ツイディアの言葉を聞き、人々は我に返ったようにその場から散って行った。

「ああ、魔術師殿もいらっしゃったのですね」

 アルートはレヴィアの腕に手を掛けて、ツイディアを鼻で笑う。遠征では隠れてばかりだったが、普段はこうして魔術師を見下しているのだ。
 ルカサは大きな溜息を吐き「僕のパートナーだ」と、ツイディアの肩を寄せた。
 その瞬間、ツイディアはゾワリと肌が粟立ち、周りの空気が上手く取り込めない感覚に陥る。魔力を流しても分散され、呼吸さえままならない。

「殿下……」

 ツイディアは表情を崩さぬように、口元を片手で隠し先に席を外す許可を願う。
 先程妙な庇い方をしたのを気に入らなかったのだろうか。何もしていないのに、自分だけがレヴィアに咎められている気分だった。
 しかし、ルカサはツイディアの肩を掴み、それを許可しない。

「失礼。我が友人は君を恋慕う一人だったのでね。噂が真実のようで残念だったようだ」

 ルカサの言葉に再び周囲が騒めいた。
 ツイディアは目を見開いてルカサを見上げ、楽になった肺に空気を取り入れる。
 ここで、ツイディアが二十一歳にもなり婚約者の一人居ないことに話題が移った。一度広まった話は留まることを知らず、俯いていたツイディアへと憐みの視線が向けられる。

「シルベナル伯は既に婚姻されているから、弟君をと思っていたが……そうだったのか」
「だから生涯を魔術に捧げると言っていたそうよ」
「ならば私の愚息に……いや」

 ツイディアは自分の知らぬ間に、失恋をしていた事にされ口角が痙攣するのがわかった。
 兄のように幸せな家庭を築き、穏やかな最後を迎えたいと思っている。生涯を魔術に捧げると口にしたことは、一度もないのである。
 ツイディアは顔を上げる事もできず、黒革の手袋をはめた左手を額に当てた。この際自分の評判は二の次である。
 レヴィアの機嫌を更に損ねれば、先程の苦しみ——その先の死が待っているだろう。

「今夜は良き出会いの場でもあるだろう? だから僕も友人を君に紹介したかったんだ。なあ、ツイディア」
「はい、殿下。とても残念ですが、それでもお会い出来て良かったです」

 ツイディアは全てを諦め、勢い良く顔を上げて笑顔を作った。結局のところ、ルカサの考えに反することはできないのである。
 会場にグラスの割れた音が響いたが、それが母でないことを祈るばかりだった。

「皆も今宵後悔のないよう、この後も楽しく過ごしてくれ。僕はこの憐れな友人と新たな出会いを探しに行くよ」

 ルカサは高らかな笑い声を上げて、ツイディアの背を叩きながら会場を後にする。
 その姿は国王と瓜二つだと、誰かが囁いた。
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