恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

文字の大きさ
89 / 235
第07章 潜入捜査

第089話 使用人ギル

しおりを挟む
 ハーネイスに気に入られたレイは無事、使用人として働くことになった。
 掃除用具を片手に、あのまま部屋に閉じ込められなくて良かったと安堵の息を漏らす。

「あっ! カーテンは開けないで!」

 掃除をするためにカーテンを開けようとしたら、レイの教育係となったギルに止められた。

「え?」
「ハーネイス様は美容のため、太陽の光を浴びるのを嫌っていらっしゃるので……。本当は太陽を浴びた方が身体には良いんだけどね」

 ギルは苦笑いを溢す。

「……わかりました」

 ここまで徹底しているなんて、よほど美への執着が強いのだろう。
 レイはカーテンを開けるのは諦めて、暗い屋敷内の掃除を始めた。

 掃除をしながら屋敷内を把握していく。噂通り屋敷内には執事のダレン以外みな若い男性の使用人しかいなかった。そして、何故か使用人達に話しかけても反応が薄い。先に入った諜報員ですらそんな状態だった。しかし意識がない状態でもハーネイスの指示にはきちんと従っている。

「やっぱり……」

 ハーネイスの部屋に充満していたのは洗脳するためのものだろう。

「ん? どうかした?」
「あー、毎日こんな暗いところにいたら、頭が痛くなりそうだなぁって……」

 レイは辺りを見渡して苦笑いを作って見せた。

「じゃあ、これから庭の方も案内するよ。きっと気分も晴れると思うから」

 そう優しく微笑むギルは柔らかい雰囲気の持ち主で、他の使用人とは違いちゃんと生気を感じる。

「あー、ギルさん。ここにいる人達って何か変ですよね? ギルさんは普通に見えますが……」

 庭園にある池の淵に立つギルに後ろから尋ねてみる。
 少し何か考えている様子であったが、困った顔をしながら振り返った。

「ギルでいいよ。敬語とかもいらないから。そっか、シリルもそう感じたんだね。俺も前から気になっていたけど、誰も聞く相手がいなくて。俺は半年前にここへ来たんだけど、既にみんなあんな感じで……。ちょっと……何て言うか……気味が悪い……」

 ギルは申し訳なさそうに肩をすくめた。

「あー、でもダレンさんは普通だよね。ダレンさんってハーネイス様の部屋に行くことはあるの?」
「ダレンさん? どうだったかな……。ああ、部屋の入り口で使用人と話をしているところはよく見るかな」

 レイの思ったとおりだった。
 ダレンはあの魔法薬を浴びてはいない。
 そしてギルは……。

「……ねぇ。シリル……」
「ん?」

 そこにギルの重い声がかかる。顔を上げると、血色のない顔がレイを見据えていた。

「シリル無理やりここに連れてこられたの?」

 冷たい風が吹き、赤く色づいた葉が揺れ、レイの前髪も揺らす。

「……え? どういう意味?」
「いや、何でもない! ごめん、聞かなかったことにして。じゃ、そろそろ屋敷に戻ろうか」

 レイの反応を見てギルが慌てた。今言ったことはなかったかのようにギルは優しい笑みを作る。

「ちょっと待って。シリルって……まさかギルは無理やり連れてこれたの?」

 レイは腕を掴み、背の高いギルを見上げるとギルは瞳を揺らしてから顔を反らした。
 二人の間に沈黙が流れ、ざわざわと風の音が強く聞こえる。

「……ハーネイス様に気に入られたら、もうここから出られない」
「ここから出られない? 辞められないってこと? どういうこと? はっきり教えて欲しい。俺もずっとここで過ごすなら知るべきだよ」

 レイはじっとギルを見つめた。
 暫く間があったが、意を決したのかギルはレイを見下ろす。

「そうだよね、ごめん。これからここで過ごすのにこんなことを言ってしまって……。正直に話すよ。俺は……脅されてここに連れてこられた」
「脅された?」
「うん。俺は元々、ファラン教会の聖職者だったんだ。ハーネイス様は毎年礼拝にファラン教会を訪れているんだけど……」
「ハーネイス様に気に入られたんだね?」

 レイが補足するとギルが頷いた。

「ハーネイス様より直々に、専属の神官として屋敷に来て導いてほしいって言われたんだけど、俺は修行の身だったから断ったんだ。そしたら教会への寄付を全て取り消すと言ってきて……。ファラン教会はほぼハーネイス様の寄付によって成り立っていたから、司教様は俺に行くようにって……」
「売られたようなものか……。そうまでして気に入った男を集めてるって……」

 ハーネイスの部屋に充満していた魔法を思い出した。
 思いのままに動かしたい。
 そんな欲求を満たすものがあの洗脳する魔法薬なのだ。

 ハーネイスが自分の欲求のためならどんな手段でも使うのだということがこれで分かった。

「ねぇ。ギルって、もしかして魔法が使える?」

 ギルの奥からは僅かに魔力が溢れている。ハーネイスの部屋の魔法薬はそれほど強いものではないから、ギルが無自覚であっても魔力に対しての抵抗力で洗脳の魔法が効かなかったのだろう。

「え? うん、治癒魔法なら少し。よく分かったね」
「治療!? 凄い! 魔法が使えるだけでも凄いのに、治療魔法なんてほとんどいない。むしろアトラスにはいないと思っていたよ。もしかしてハーネイス様は最初からそのことを知っていた?」
「うん。司祭様が話しちゃったみたいで……」
「やっぱり……。ギルを連れてきた理由は容姿だけじゃなく、魔法が使えるからか……」

 珍しい、美しいを集め、側に置いておくなんて趣味が悪すぎる。
 こんな死んだように生きるなんて……。
 まだハーネイスの動向を探る必要があるため、すぐにギルや使用人を救出することは出来ないが、タイムリミットの一年後にはなんとかしたい。

 レイはあることを思いついた。

「ギル、もしかしたら少しはマシな生活が出来るかもしれない。協力してくれる?」
「え……? う、うん……? どういうこと?」





↑ギル


↑シリル
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜
恋愛
✨ 第6回comicoお題チャレンジ『空』受賞作 阿須加家のお嬢様である結月は、親に虐げられていた。裕福でありながら自由はなく、まるで人形のように生きる日々… だが、そんな結月の元に、新しく執事がやってくる。背が高く整った顔立ちをした彼は、まさに非の打ち所のない完璧な執事。 だが、その執事の正体は、なんと結月の『恋人』だった。レオが執事になって戻ってきたのは、結月を救うため。だけど、そんなレオの記憶を、結月は全て失っていた。 これは、記憶をなくしたお嬢様と、恋人に忘れられてしまった執事が、二度目の恋を始める話。 「お嬢様、私を愛してください」 「……え?」 好きだとバレたら即刻解雇の屋敷の中、レオの愛は、再び、結月に届くのか? 一度結ばれたはずの二人が、今度は立場を変えて恋をする。溺愛執事×箱入りお嬢様の甘く切ない純愛ストーリー。 ✣✣✣ カクヨムにて完結済みです。 この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。 ※第6回comicoお題チャレンジ『空』の受賞作ですが、著作などの権利は全て戻ってきております。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

恋。となり、となり、隣。

雉虎 悠雨
恋愛
友人の部屋にルームシェアすることになった篠崎ゆきは、引っ越してから三ヶ月、家が変わった以外は今まで通りの日常を送っていた。隣は赤ちゃんがいる家族と一人暮らしの背の高いあまり表情のない男。 ある日、マンションに帰ってくると、隣の部屋の前でその部屋の男、目雲周弥が倒れていた。 そして泥酔していたのを介抱する。 その一ヶ月後、またも帰宅すると隣の部屋の前でうずくまっている。また泥酔したのかとゆきが近づくと、前回と様子が違い酷いめまいを起こしているようだった。 ゆきは部屋になんとか運び入れ、また介抱した。 そこからゆきの日常も目雲の日常も変化していく。 小説家になろうにも掲載しています

【完結】初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。

くまい
恋愛
王国の姫であるヴェロニカには忘れられない初恋の人がいた。その人は王族に使える騎士の団長で、幼少期に兄たちに剣術を教えていたのを目撃したヴェロニカはその姿に一目惚れをしてしまった。 だが一国の姫の結婚は、国の政治の道具として見知らぬ国の王子に嫁がされるのが当たり前だった。だからヴェロニカは好きな人の元に嫁ぐことは夢物語だと諦めていた。 そしてヴェロニカが成人を迎えた年、王妃である母にこの中から結婚相手を探しなさいと釣書を渡された。あぁ、ついにこの日が来たのだと覚悟を決めて相手を見定めていると、最後の釣書には初恋の人の名前が。 これは最後のチャンスかもしれない。ヴェロニカは息を大きく吸い込んで叫ぶ。 「私、ヴェロニカ・エッフェンベルガーはアーデルヘルム・シュタインベックに婚約を申し込みます!」 (小説家になろう、カクヨミでも掲載中)

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?

ねーさん
恋愛
   アイリスは十六歳の誕生日の前の日に、姉ヴィクトリアと幼なじみジェイドと共に馬車で王宮に向かう途中、事故に遭い命を落とした───はずだったが、目覚めると何故か事故の日の朝に巻き戻っていた。  何度もその日を繰り返して、その度事故に遭って死んでしまうアイリス。  何度目の「今日」かもわからなくなった頃、目が覚めると、そこにはヴィクトリアの婚約者で第三王子ウォルターがいた。  「明日」が来たんだわ。私、十六歳になれたんだ…

処理中です...