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第13章 敵国
第161話 動機
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セイン王子は咄嗟に目をそらした。
「本当にっ……そういうことをするつもりはありませんので。すみません」
足枷はあるものの部屋を移動するくらいの長さはある。セイン王子はベッドから降り、バルコニーへ通じるガラス扉の前に立った。
高さ的に五階くらいだろうか。遠くには見張り塔も見える。
早くここから出なければ。
ギルやアラン、アルバートの安否も気になる。
「セイン様……」
焦りが込み上げる中、エーデル王女が背中にそっと寄り添ってきた。セイン王子は小さくため息を漏らす。
「私には心に決めた人がおりますので、バルダス陛下の希望には添えません」
「エリー……。そう仰っておりましたね。もしかして、アトラス王国の王女様でしょうか? いえ、たとえセイン様の心に誰がいらっしゃっても構いませんわ。これが私に与えられた道ですから」
セイン王子の腰にエーデル王女の腕がぎゅっと巻き付けられた。
「そうですね……それがあなたに与えられた王命……」
腰に巻かれたエーデル王女の手を外し、セイン王子が振り返ると、裸同然のエーデル王女が目に飛び込んでくる。見るのも憚られる姿ではあったが、自分の気持ちをちゃんと伝えようとまっすぐ見つめた。
「これがきちんとした形の婚姻なのであれば、エーデル様を愛す努力をしましょう。しかし、現段階では何も約束を交わしておりませんし、するつもりもありません」
「……でしたら、暇つぶしで構いませんわ」
頬に手を伸ばそうとしてきたエーデル王女の手を取り、セイン王子が首を振る。
「エーデル様は王女です。今後のことを考えるのであれば、結婚する相手ではない人と……ましてや、好きでもない男に体を委ねてはいけません」
「……セイン様が仰る意味はわかります。ですが、陛下が初めて私に道を与えて下さったのです。期待に応えられなければ、私は……。いえ、私はここで引くわけにはいきません」
ずっと笑みを浮かべていたエーデル王女だったが、何か言葉を飲み込み顔を強張らせた。
「……事情があることは分かりました。ですが、私にも事情があります。今は早急に戦争を止めたい。戦争は人々を不幸にするだけです」
「それはエリー様がアトラスにいらっしゃるからですか?」
「もちろんそれもあります。しかしそれだけではありません。戦争が始まればこの国も被害は受けます。何のために戦うのでしょうか。この国はアトラスから弾圧を受けていたわけではないのに……。付き合わされる民は勝っても負けても何も得られないでしょう」
「セイン様は民のために戦争を止めたいと仰るのですか?」
「そうです」
セイン王子はベッドの上に置いてあるエーデル王女のナイトドレスを拾い、手渡した。
「この国の王女として、手を貸して頂けないでしょうか」
「……陛下が決められたことですから、私は何も出来ませんわ。セイン様はただ、こちらで戦争が終わるのをお待ち下さい」
「陛下をこちらに呼んでいただくだけで良いのです」
「いいえ。陛下はお話する時間がないと仰っておりました。申し訳ございません」
エーデル王女にとって、優先するべきことはここに足止めをすることなのだろう。一歩も引く様子を見せなかった。
「分かりました……。では、私の配下三名の状況だけでも知りたい」
「調べたら抱いて下さいますか?」
「……結果次第です」
「ふふふ、いいですわ。では、先程のように抱きしめてキスをして下さいましたら今すぐ調べてまいります」
「先程……」
エリー王女の夢を見ていたことを思い出し、目を閉じ眉間にしわを寄せた。実際にその行為をエーデル王女に対して行っていたのだろう。
「すみません」
エーデル王女は無邪気な笑顔を向け、セイン王子の胸に手を添える。
「ふふふ。今度はエリー様ではなく私にお願いしますね」
瞳を閉じて待つエーデル王女を見て、セイン王子は覚悟を決めた。今はエーデル王女を上手く使うしかない。唇をゆっくりと寄せたが、触れる寸前でそらし、額に唇を落とした。エーデル王女は不服そうな表情を見せ、セイン王子のシャツを引っ張り自ら唇を寄せた。
◇
セイン王子にあてがわれた部屋を出たエーデル王女は、真っ直ぐ自分の部屋へ向かった。
民のため?
そんなのは、ただ逃げるための口実に決まっている。
エーデル王女はセイン王子を信用していなかった。
配下三名を探すつもりもない。探してる振りだけしていればいいのだ。協力していれば、いずれセイン王子の心に入り込む隙も出来るだろう。
やるべきことは既成事実を作ること。セイン王子と結婚すれば、父や周りから認めてもらうことが出来るのだ。
「男は誰でも女の体を求めるもの。特にお前であればセイン王子も気に入るであろう。期待しているぞ」
バルダス国王が放ったこの言葉に、エーデル王女は高揚感を覚えた。
自分には存在価値がないと思っていたからこそ、喜びを感じたのだった。
エーデル王女は同じ母を持つジェルミア王子と同様に、いやそれ以上に肩身の狭い思いをずっと強いられていた。母を亡くしたのは二歳の時。七歳年上の兄は、エーデル王女が十にも満たない頃から女遊びに明け暮れていた。
同じ王族から無下に扱われる日々。
ずっと一人で寂しい思いをしてきた。
しかしそれももう終わる。
私は期待に応えるだけでいい。
今はキスしたくらいで動揺していたセイン王子も、直ぐに体を求めてくるに違いない。エリー王女がいなくなれば尚更だ。
エーデル王女は暗闇の中、薄く微笑んだ。
「本当にっ……そういうことをするつもりはありませんので。すみません」
足枷はあるものの部屋を移動するくらいの長さはある。セイン王子はベッドから降り、バルコニーへ通じるガラス扉の前に立った。
高さ的に五階くらいだろうか。遠くには見張り塔も見える。
早くここから出なければ。
ギルやアラン、アルバートの安否も気になる。
「セイン様……」
焦りが込み上げる中、エーデル王女が背中にそっと寄り添ってきた。セイン王子は小さくため息を漏らす。
「私には心に決めた人がおりますので、バルダス陛下の希望には添えません」
「エリー……。そう仰っておりましたね。もしかして、アトラス王国の王女様でしょうか? いえ、たとえセイン様の心に誰がいらっしゃっても構いませんわ。これが私に与えられた道ですから」
セイン王子の腰にエーデル王女の腕がぎゅっと巻き付けられた。
「そうですね……それがあなたに与えられた王命……」
腰に巻かれたエーデル王女の手を外し、セイン王子が振り返ると、裸同然のエーデル王女が目に飛び込んでくる。見るのも憚られる姿ではあったが、自分の気持ちをちゃんと伝えようとまっすぐ見つめた。
「これがきちんとした形の婚姻なのであれば、エーデル様を愛す努力をしましょう。しかし、現段階では何も約束を交わしておりませんし、するつもりもありません」
「……でしたら、暇つぶしで構いませんわ」
頬に手を伸ばそうとしてきたエーデル王女の手を取り、セイン王子が首を振る。
「エーデル様は王女です。今後のことを考えるのであれば、結婚する相手ではない人と……ましてや、好きでもない男に体を委ねてはいけません」
「……セイン様が仰る意味はわかります。ですが、陛下が初めて私に道を与えて下さったのです。期待に応えられなければ、私は……。いえ、私はここで引くわけにはいきません」
ずっと笑みを浮かべていたエーデル王女だったが、何か言葉を飲み込み顔を強張らせた。
「……事情があることは分かりました。ですが、私にも事情があります。今は早急に戦争を止めたい。戦争は人々を不幸にするだけです」
「それはエリー様がアトラスにいらっしゃるからですか?」
「もちろんそれもあります。しかしそれだけではありません。戦争が始まればこの国も被害は受けます。何のために戦うのでしょうか。この国はアトラスから弾圧を受けていたわけではないのに……。付き合わされる民は勝っても負けても何も得られないでしょう」
「セイン様は民のために戦争を止めたいと仰るのですか?」
「そうです」
セイン王子はベッドの上に置いてあるエーデル王女のナイトドレスを拾い、手渡した。
「この国の王女として、手を貸して頂けないでしょうか」
「……陛下が決められたことですから、私は何も出来ませんわ。セイン様はただ、こちらで戦争が終わるのをお待ち下さい」
「陛下をこちらに呼んでいただくだけで良いのです」
「いいえ。陛下はお話する時間がないと仰っておりました。申し訳ございません」
エーデル王女にとって、優先するべきことはここに足止めをすることなのだろう。一歩も引く様子を見せなかった。
「分かりました……。では、私の配下三名の状況だけでも知りたい」
「調べたら抱いて下さいますか?」
「……結果次第です」
「ふふふ、いいですわ。では、先程のように抱きしめてキスをして下さいましたら今すぐ調べてまいります」
「先程……」
エリー王女の夢を見ていたことを思い出し、目を閉じ眉間にしわを寄せた。実際にその行為をエーデル王女に対して行っていたのだろう。
「すみません」
エーデル王女は無邪気な笑顔を向け、セイン王子の胸に手を添える。
「ふふふ。今度はエリー様ではなく私にお願いしますね」
瞳を閉じて待つエーデル王女を見て、セイン王子は覚悟を決めた。今はエーデル王女を上手く使うしかない。唇をゆっくりと寄せたが、触れる寸前でそらし、額に唇を落とした。エーデル王女は不服そうな表情を見せ、セイン王子のシャツを引っ張り自ら唇を寄せた。
◇
セイン王子にあてがわれた部屋を出たエーデル王女は、真っ直ぐ自分の部屋へ向かった。
民のため?
そんなのは、ただ逃げるための口実に決まっている。
エーデル王女はセイン王子を信用していなかった。
配下三名を探すつもりもない。探してる振りだけしていればいいのだ。協力していれば、いずれセイン王子の心に入り込む隙も出来るだろう。
やるべきことは既成事実を作ること。セイン王子と結婚すれば、父や周りから認めてもらうことが出来るのだ。
「男は誰でも女の体を求めるもの。特にお前であればセイン王子も気に入るであろう。期待しているぞ」
バルダス国王が放ったこの言葉に、エーデル王女は高揚感を覚えた。
自分には存在価値がないと思っていたからこそ、喜びを感じたのだった。
エーデル王女は同じ母を持つジェルミア王子と同様に、いやそれ以上に肩身の狭い思いをずっと強いられていた。母を亡くしたのは二歳の時。七歳年上の兄は、エーデル王女が十にも満たない頃から女遊びに明け暮れていた。
同じ王族から無下に扱われる日々。
ずっと一人で寂しい思いをしてきた。
しかしそれももう終わる。
私は期待に応えるだけでいい。
今はキスしたくらいで動揺していたセイン王子も、直ぐに体を求めてくるに違いない。エリー王女がいなくなれば尚更だ。
エーデル王女は暗闇の中、薄く微笑んだ。
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