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第19章 悪魔との戦い

第233話 約束

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 シトラル国王の合図で宴は華やかに始まった。いくつかの円卓が並べられ、下座では演舞が行われている。魔力戦闘部隊の子供達はその近くの席で、輝く瞳を向けていた。上座にはシトラル国王とリアム国王が並んで座り、近くの円卓ではセイン王子、エリー王女、カーラの三人が座っている。

「とても素晴らしい食事。私、一度も聖堂から出たことがありませんので、何もかもが新鮮で楽しいです」
「カーラ様。そのお気持ち、とてもわかります。もし許されるのであれば、しばらくこちらに滞在し、一緒に色々な場所へ行ってみませんか?」
「ふふふ。エリー様とならきっとどこへ行っても楽しいでしょうね」

 エリー王女は初めて会ったカーラと意気投合をした。二人が話している姿は微笑ましいほど柔らかい空気に包まれている。その様子をセイン王子はエリー王女の側で優しく見守っていた。



 ウィルはリアム国王を幻想の世界に連れて行った後、アンナの身体から出ていった。そのため、今ここにいる少女アンナは、アンナ本人として魔力部隊の子供たちと楽しそうに話をしている。と言ってもみんな無口な子供ばかりなので、アンナが一人でしゃべり続けていたのだが。

 アンナの正面に座るニーキュもすっかり笑顔が戻っていた。ニーキュの右隣にはむすっとした表情のサンが座っている。サンは声を発することはしなかったが、ニーキュが話し掛ければ頷き返してくれた。ニーキュはそれだけで嬉しかった。



「アリス、セイン様を見ているの?」

 隣に座るギルが問いかけるとアリスはチラリのギルの方を見てからまたセイン王子がいる方へと目を向ける。

「そうね……見ていたわ。お会いしたばかりのはずなのに、お二人の仲がとても……恋人のように……ほら、時々ああいう風に熱く見つめ合うの」
「……嫌なの?」
「え? ち、違うわよ! とても良いことだと思うわ。二人が結ばれたらローンズにとって、とても良いことだし、私、エリー様と初めてお会いしたときから素敵な方だなと思っていたの。それに、リアム陛下も時々二人を見て、少し表情が柔らかくなるの」

 そう嬉しそうに話すアリスを見てギルは複雑な気持ちだった。アリスが以前、レイに惚れていたということを耳にしたことがあったのも関係していた。それに、アリスのリアム国王に対する忠誠心は少し他の想いも混ざっているような気もした。そう思うとギルはチクリと胸に痛みを感じるのだった。



「セイン様。シトラル陛下がお呼びです……」

 アルバートがセイン王子の耳元でそう告げると、セイン王子はシトラル国王の側に行き、何かを話し始めた。その様子をエリー王女は不安そうな表情で見つめる。

「うふふ。エリー様は本当にセイン様が大好きなのですね。確かに彼は男前ですわ。頑張り屋さんですし、優しいお方ですわね、ふふふ」
「は、はい……。あの……カーラ様はどなたか心に決めた方はいらっしゃるのですか?」
「うふふ、そうね。エリー様には教えちゃおうかしら。耳を貸してくださる?」

 カーラはエリー王女に密着するほど近付き、唇をエリー王女の耳に寄せる。コソコソと話すとエリー王女は驚いた。

「えっ? まぁ素敵! あのっ、私、応援いたします!」

 エリー王女が瞳を輝かせていると、セイン王子がエリー王女の隣に戻り、手を取る。

「エリー、少し付き合ってほしいところがあるんだ。カーラさん。少し席を外しても?」
「ええ、もちろん構いませんよ。私はアンナの所に行っていますので」
「ありがとうございます。では、エリー。付いてきてくれる? 大丈夫、シトラル陛下の許可も頂いているから」
「あの、どちらへ?」

 エリー王女が頬を染めながら訊ねるが、笑みを返されるだけで答えは返ってこない。エリー王女が首をかしげると、セイン王子はとても嬉しそうに笑って、エリー王女の手を引いた。



 ◇

 セイン王子に案内された場所は、城の見張り用に作られた展望塔だった。そこはエリー王女が十八歳の誕生日を迎えた夜、レイと花火を観た場所だった。

「わー、懐かしいなー。まだみんな起きているから明るいね。ほら、エリー」

 差し出す手に導かれて、へりに手をつき景色を見渡す。そのエリー王女の後ろから抱き締めるような形でセイン王子も手をついた。予想外の距離にドキドキしながらも、それを悟られないようにセイン王子に気になっていたことを訊ねる。

「あの……どうしてここに……?」

 その問いになかなか答えないセイン王子。何かを考えている様子のセイン王子にエリー王女は疑問を感じた。

「あ、あの……?」

 エリー王女が振り返ろうとすると、ぎゅっと後ろから抱き締められて、それを阻止された。

「ごめん。ちょっと思い出していたんだ……エリーと初めて会った日のことを。俺、あの日からもうエリーのことが好きだったんだなーって。ははは。そういえばあの時、ここでエリーにキスしそうになったのはヤバかった」
「あ、あれは私……私が誘ってしまったのですよね……。はしたない子だと思わなかったですか……?」
「え? 違うよ。俺が勝手にしたくなっちゃっただけだよ。そっか、エリーはそう思っていたんだねー……ということは、エリーもあの時から好きでいてくれたのかな? そうだったら嬉しいな」

 エリー王女の首元に顔を埋めると、セイン王子のサラサラとした髪がエリー王女の頬をくすぐる。

「そうでしたか……私も……あの時から好きだったのだと思います……。本当は、後悔したこともありました。好きになってはいけない人を好きになってしまったと……。ですが……私……」

 腰にかかるセイン王子の手をほどき、エリー王女は振り返る。とても近い距離だったが、それでも真っ直ぐセイン王子の瞳を見つめ微笑む。



「あなたに恋をして良かった」



 その笑顔にセイン王子の心臓がきゅっと締め付けられ、思わずエリー王女を抱き締めた。

「エリー……ありがとう。俺を好きになってくれて。おかげで本当の自分に戻れた……」
「セイン様……」

 エリー王女も腕を回し、そっと抱きしめ返す。瞳を閉じ、ずっとこの時間が続けばいいと願いながらセイン王子のぬくもりを体全体で受け止めた。

 少しの沈黙の後、セイン王子がエリー王女を胸から離し、じっと瞳を見つめてきたので、エリー王女はドキドキしながら見つめ返した。

「エリー。シトラル陛下から許可をもらったよ。これからは俺がエリーを幸せにする。一緒にこの国、アトラスを守って行こう」
「え? ……お父様から許可ですか?」

 どういう意味なのかわからずエリー王女は首をかしげる。そんな様子にセイン王子は小さく苦笑いを零した後、優しく笑う。



「エリー。俺と結婚して下さい」



 その瞬間、エリー王女の息が詰まる。まるで時間が止まったかのようだった。

 まさか、そんなことを言われると思っていなかったエリー王女は驚き、涙が勝手に零れた。次から次へと流れる涙は止まる気がしない。

 いつかこんな日が来ればいいのにと何度願ったことか。

 そして、何度も諦めた。
 何度も何度も……。

 だからこそ現実とは思えなくてどう答えていいか分からなかった。

「エリー……返事を聞かせてくれる……?」

 優しく涙を拭うセイン王子を見つめる。その瞳はとても優しい……。



「はい……喜んでお受けいたします……」



 震える声でそう応えた。



 そして、あの日出来なかった口づけを、今度は躊躇することなくゆっくりと唇を重ね合った――――。





※次話が最終話になります。
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