のほほん冒険者の冒険

風城国子智

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のほほん冒険者、巻き込まれる。

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「ティナ、リィン、済まない!」
 ティナが石板の研究をしている王宮の書庫に、ミトがいきなり現れる。
「匿ってくれ!」
 そう言って、ミトが書棚の奥に隠れるのとほぼ同時に、書庫の入り口に初老の騎士が現れた。
「すまんが、ここにミトが来なかったか?」
「いいえ、陛下」
 突然現れた、この国の王の姿に呆然とするリィンをちらりと目で制したティナが、あくまで冷静に言葉を紡ぐ。
「そうか……」
 ティナの回答に、王都サフィーニとその周辺を支配する初老の王は顔を歪め、それでも書庫内を鋭く見回してから足早に去って行った。
「行った……?」
 国王の足音が消えてしばらく経ってから、書庫の影からミトが顔を出す。
「どうしたの?」
 その顔色の悪さが気になり、リィンはそっと、ミトの手を取った。次の瞬間。
「うわぁん!」
 ミトの叫び泣く声が、書庫に響く。
「今すぐ結婚なんて、嫌っ!」
「え?」
「結、婚?」
 唐突な言葉に、リィンも、リィンに付いて来ていたサジャも絶句した。
「誰、と?」
「隣国のどら王子と」
 リィンの疑問に冷静に答えたのは、ティナ。
「あ、あの弱っちいの、と?」
「確かに、私も王族の端くれだから、たとえ嫌いな相手とでも結婚しないといけないのは分かってるわよ!」
 サジャの言葉で、更に火が付いたようにミトが呻く。
「でも、あいつとは、絶対やだ!」
「うん、そうだね」
 どうせ結婚するのなら、信頼できる人とが良い。そう思ったリィンの脳裏を過ぎったのは、リィンを庇ってくれた確かな腕の強さ。そういう人が今すぐここに現れて、ミトを掠ってくれたらいいのに。何もできない自分が、悔しい。リィンは思わずミトを抱き締めた。
 と、その時。
「誰か来る!」
 サジャの警告に、ミトを抱き締めたまま書棚の陰に隠れる。
「ここに、我が妻となる乙女騎士は来なかったか?」
 あくまで傲岸な声は、聞き覚えのあるもの。
「あいつだ」
 唇を噛みしめ、リィンの腕を強く握るミトを落ち着かせるように、ミトの背中を撫でる。
「来てないわよ」
「嘘だな」
 あくまで冷静なティナの対応に、隣国のどら王子は辺りをぐるりと見回した。
「探せ」
 そして傲慢に、後ろにいた従者らしき影に声をかける。
〈あれは……!〉
 隠れていた陰から飛び出しそうになる自分を、リィンは何とか押さえつけた。
「分かりました」
 すっかり従者然としたリィンの弟、ルーインが、ティナの小柄な身体を押しのけるようにしてリィン達が隠れている書棚の方へやってくる。しかしリィン達を見つけることができずに、弟は隣国の王子の許へ戻っていった。
「いません、ご主人様」
〈ルーインの冒険者スキルがマイナスで良かった〉
 ルーインの報告に、ほっと、息を吐く。
「本当か?」
 しかし隣国の王子は引き下がらない。つかつかとティナの方へ歩み寄ると、先程までリィンとティナが石板を読んでいた机の上に手を置き、ティナを睥睨するように睨んだ。
「隠し立てすると、どうなるか」
「本当に、ここには居ないわ」
 隣国の王子の脅しにも、あくまでティナは平然と対応していた。だが。
「あ、それは!」
 ティナが叫ぶと同時に、固いものが砕ける音が響く。
「貴重な石板が……」
 もう我慢できない。リィンは隠れていた陰から飛び出すや否や、悄げるティナと嫌な顔をした隣国の王子との間に割って入った。
「今すぐ出て行きなさい!」
 剣を抜いた隣国の王子の急所を、蹴り上げる。
「うぐっ!」
「ご主人様!」
 ユーインがその身体を支える前に、隣国の王子は石板の欠片が散らばった床に突っ伏した。次の瞬間。
「あ!」
 ティナが、叫ぶ。次にリィンが目にしたのは、もうもうと沸き立つ黒色の煙と、ずんずんと大きくなっていく影。
「な、何?」
「多分、石板を壊した所為」
 リィンの方へ倒れたティナを、サジャと一緒に支える。
「あの石板、怪物を封印してたみたいなの」
 ティナがそう言う前に、煙の中の影が怪物の形を取る。隣国の王子の姿も、弟の姿も、どこにも見えない。目の前にいるのは、書庫の天井を突き抜けてしまった、二つの頭を持つ巨大で醜悪な、怪物。
「逃げろっ!」
 その怪物の腕がリィン達を襲う前に、隠れていた書棚から飛び出したミトがリィン達を引っ張る。怪物の横をすり抜け、リィン達は何とか書庫を脱出した。だが、次の瞬間。
「え?」
 怪物の自重の所為なのか。リィンの足下の、丈夫なはずの床が突然、崩れ落ちる。
「リィン!」
 無事な床の方へティナを突き飛ばしたリィンが最後に見たのは、自分に向かって次々と落ちてくる石塊と、暗闇。

「……ン、リィン!」
 物憂げに、目蓋を上げる。
「リィン、死んじゃダメ!」
 わんわん泣いているサジャの姿が、ぼうっとした視界に映った。
「ミトは? ティナは?」
 無事なように見えるサジャに、それだけ尋ねる。
「分かんない」
 返ってきたサジャの泣き声に、リィンはこくんと、頷いた。
 周りの暗さから察するに、ここは、地下。リィンの身体は、全く動かない。寒さも、痛さも、感じない。周りを見回しても、出口は、見当たらない。リィン自身はともかく、サジャを助ける術は、無い。こめかみを伝う涙に、リィンは気怠げに目を閉じた。
「リィン!」
 サジャの声が、遠い。
 だが。目を閉じる直前に見えた、見覚えのあるものに、はっと意識を取り戻す。あれは、確か。横倒しにはなっているが、間違いなく、王宮の地下にあった『歌碑』。望みを込めて触れれば、何でも願いを叶えてくれるという、石碑。
 動かない腕を、歌碑の方へと伸ばす。
「お願い、みんなを、……助けて」
 触れた石の拒絶する冷たさと、持っていた僅かな熱が容赦無く奪われる感覚に、リィンは微笑んで目を閉じた。

 温かい感覚に、ゆっくりと目蓋を上げる。
「気が付いたか?」
 リィンを守ってくれた、元怪物の男性が、リィンを見て微笑むのが、見えた。リィンの背を支えているのは、温かく力強い腕。男性の背後にあるのは、夜空と星々。いつの間にか、地下から空へと飛んでいる。その不思議さに、リィンは首を傾げた。
「全く、やっかいな頼みごとをしてくれたものだ」
 そう言いながら、男性が地面を指し示す。暗闇の中に見えたものに、リィンははっと息を飲んだ。リィンの遙か下方にあるのは、崩れ果てた王城の残骸と、その残骸の上で倒れている、双頭の怪物。
〈そんな……〉
 ぽろぽろと、涙がこぼれる。この崩壊状態では、中にいた人々は生きてはいまい。サジャもティナもミトも、……弟も。
「大丈夫だ」
 そのリィンの頬に、男性の唇が当たる。
「少しだけ、魔力をもらう」
 男性がそう言った、次の瞬間。
「え?」
 崩れ果てていたはずの城が、一瞬で元に戻る。怪物の姿は、綺麗さっぱり消えていた。
「後は、中にいた人々の記憶を書き換えるだけだな」
 もう少し、魔力が必要だ。そう言いながらリィンの頬に再び触れた、男性の唇の冷たさに、我知らず震える。
「大丈夫だ」
 そのリィンの背を、男性は優しく撫でてくれた。
「君の願い通り、全部、元に戻るから」
「はい」
 男性の言葉に、こくんと頷く。
 続いて思い出したのは、王宮地下の歌碑を見たときに王様から聞いた、命と引き替えに願いを叶えるという、制約のこと。
「……あ、の」
 恐る恐る、尋ねる。
「やっぱり、食べられちゃうんですか、私?」
 みんなの命が助かるのなら、食べられても構わない。だが、……やはり、少し怖い。
 と。
「食べても、良いのだが」
 目を閉じてしまったリィンの唇に、冷たい唇が重なる。
「もう少し、熟れてからの方が良いか。妹と『丁度半分』する術も、まだ見つかっていないことだし」
 身体の熱さを覚え、目を開ける。
 口の端を上げて微笑む男性の顔が、リィンの目と鼻の先に、あった。

 はっとして、目覚める。
「リィン!」
 ここはどこかを認識する前に、サジャの巨体がリィンを圧迫した。
「もう朝だよ! 起きて!」
「まあ、昨日あれだけ石板読んでもらったから、寝坊は当たり前」
「ずっと寝ててもらった方が、騒動を起こされなくて良いのだが」
 サジャの向こうに見えるのは、普段通りのティナとミト。みんな、無事だ。リィンはほっと、息を吐いた。
「起きたのなら、騎士団詰所に来て欲しいのだが」
 サジャに起こされるリィンに、ミトが形の良い眉を顰める。
「昨夜王宮で騒動を起こした隣国の王子の従者を、引き取って欲しい」
「その子、リィンの弟だって言ってるみたい」
 ティナの補足に、ほっと胸を撫で下ろす。弟も、無事だ。
「分かった」
 そう言えば、自分以外の人間が、ミトが所属する群青騎士団のお世話になっているところは、初めて見る。心から可笑しくなり、リィンは思わず大きく、微笑んだ。
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