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二
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握り締めた短槍に、静かに力を込める。
次の瞬間、鋭い光が短槍の穂先から迸った。
「うむ、力は中々」
トゥエの発したその光の後から、少し枯れた声が上がる。トゥエに魔法の手ほどきをしてくれているカルマンという名の老人の声だ。
「しかし、実戦では素早さと正確さも必要です」
そう言ってから、不意に、カルマンはトゥエに向かって手にしていた鞭を振る。先端が五つに分かれた鞭は、生き物のようにしなやにトゥエを襲った。いきなりの攻撃に、正直戸惑う。……だが、これはいつものことだ。落ち着いた心のまま、トゥエは再び短槍に力を込めた。
カルマンの鞭の先端に付いた丸い錘に向けて、先ほどと同じ光を次々と放つ。その錘は、ただ叩くだけではすぐにトゥエの方へと戻って来てしまう。魔法をきちんと当てないと大人しくならない。それでも何とか、五つのうち四つは短槍からの光で鎮める。だが、五つめの錘が予測もしない方向から現れ、全く不意打ちでトゥエの左手首を襲った。
左手から全身に響き渡る痛みに、思わず短槍を取り落とす。
「うむ。……素早さと正確さはもう少しですね」
次の修練時には錘の数を増やしましょうと、カルマンは涼しい顔で言葉を継いだ。
ここは、第三王子リュエルの後見人であり、リュエルとヘクト、マチウの伯父に当たる人物であるエッカート卿の、王都アデールにある屋敷の地下室。すでに秋は始まっており、地下室もそれなりの寒さになってはいたが、袖無しのチュニックを着たトゥエの全身は汗だくだった。対して、カルマンの方は汗一つかいてはいない。丈の長いチュニックの上に厚手の上着を羽織っているにも拘わらず、である。不思議を通り越して変な老人だ。トゥエは常にカルマンのことをそう評価していた。
カルマンは、現在はエッカート卿の執事だが、元々は大陸中を放浪する定めを負った『流浪の民』であるらしい。そんな低身分の人物が、リーニエ王国で大きな勢力を持つエッカート卿の執事になっている。これは、傍目からだとかなり訝しく思う。トゥエでさえそう感じるのだから、世間一般の評価など言わずもがな。だが、カルマンに魔法や地理の教授を受けていると、何故エッカート卿がカルマンを執事にしているのか何となく分かる。魔法にも、歴史(特に正史には載っていない物事)についても詳しい、こんなに博学な人物は、おそらく大陸中探してもどこにもいない。放浪が定めの一族であるカルマンが何故一つ所に留まっているのかだけは、どう考えても分からなかったが。
このカルマンに、トゥエは色々なことを教わった。魔法を用いた戦闘だけではなく、念ずるだけで無くし物を見つける術、水を張った盥を使い離れたところにいる人と交信する『水鏡の術』、魔力を込めた札を作る術など。しかし、カルマンがトゥエに教えてくれない術も幾つかあった。『人を操る術』と『呪い』だ。「トゥエには素質がない」。その理由を、カルマンはこう述べている。しかし、他人を自由に操る術をマスターすれば、魔皇帝も操れるかもしれない。そんな淡い期待を、かつてのトゥエは抱いていた。
だが。
「無理、ですね」
トゥエの考えを、カルマンは一笑に付す。
「あの方に呪いは効かない」
カルマンがそう言うのなら、それが真実なのだろう。その時の落胆を、トゥエは今でも覚えている。しかし、世界は広い。魔皇帝に効く『呪い』も、何処かにあるかもしれない。本当に小さな期待を、トゥエは今でも持っていた。……それは、願望に近いものだったが。
「お父様」
汗を拭くトゥエの頭上で、幼い声が響く。見上げると、地上へ続く階段のてっぺんに、カルマンの娘アンの可愛らしい姿が見えた。
「お昼ご飯の支度ができましたわ。卿閣下ももうそろそろ王宮からお帰りになるでしょうし」
「そうですか」
カルマンは娘に向かって滅多に見せない微笑みを見せると、トゥエの方を向いて今日はこれで終わりにしましょうと静かに告げた。
しかしながら。
昼食の後になっても、エッカート卿は屋敷に帰って来なかった。
今日のトゥエは非番で、午前中はカルマンと武術稽古、午後は王宮での会議が終わったエッカート卿に歴史と算術と政治の指南を受ける予定なのだが、卿が帰って来ないのでは話にならない。……歴史と算術はともかく、ちんぷんかんぷんな政治の勉強が遠のいたので、内心ほっとしたのも事実だが。
仕方が無い。一人で復習をしておこう。トゥエはそう思い、地下室から石板を一つ、食堂まで持って来た。
エッカート卿の屋敷の地下室には、膨大な量の『石板』がある。その一つ一つは何の変哲もない、古代文字が刻まれた手の平サイズの石板なのだが、魔法の素養がある者がその石板に触れると、石板に刻まれている文字以上の情報が術者の頭に響くように流れてくる。本当に不思議な石板だった。
聞くところによると、この石板は、エッカート卿の先祖が嶺家王朝に仕えていた時に、皇帝の一人から下賜された物らしい。卿の一族は昔、このアデールを都として付近一帯を支配していた、由緒正しい豪族だったそうだ。エッカート卿の曽祖父がまだ若かった頃、北からやってきたリーニエ王家に土地の支配権を譲り、自分は家来としてリーニエ国に仕えることになったと、前にエッカート卿本人から聞いたことがあった。
「おそらく曾祖父は、自分の一族と自分の民の命を守りたかったんだろうな」
その話をトゥエにしてくれた時、エッカート卿が静かにそう言ったことを、トゥエは今でも覚えている。
「では」
その諦念に刺激されて、思わず尋ねてしまったことも。
「我々も魔皇帝に膝を屈した方が良いのでしょうか?」
「いや」
だが。トゥエの目の前で、エッカート卿は激しく首を横に振った。
「あいつの残虐さはウプシーラで証明されている。あんな奴に屈するくらいなら潔く死を選んだほうがマシだ」
それは、確かにそう思う。だからトゥエは、カルマンに魔法戦闘の手ほどきを受け、エッカート卿から習う歴史から、魔皇帝に対抗する方法を見つけようとしていた。……そんな方法は、未だ見つかってはいないが。
「どの時代を教えてもらっているのですか?」
石板で復習をするトゥエの向かいに座ったカルマンが、唐突にそう、尋ねる。
「嶺家王朝の{灰紀}(かいき)帝の時代です」
普段はトゥエが卿に教わっている内容については興味を持たない人なのに。そう、訝しみながらも、トゥエは素直にカルマンの問いに答えた。
そして。
「ああ、『力有る石』が二度暴れた時代ですね」
再び唐突に、カルマンがそう、呟く。
「……『力有る石』!」
その中の『力有る石』という言葉に、トゥエの意識はすぐに反応した。
『力有る石』。これこそが、全ての元凶。魔皇帝カルダーノは『魔物を呼び出す力』を持つ『力有る石』を持っていると、噂で聞いている。その所為で、美しい都だったウプシーラは無残にも滅ぼされ、リーニエ王国は苦境に立たされている。
「その『石』のこと、聞かせてくれませんか?」
勢い込んだ口調で、カルマンにそう、頼む。トゥエの言葉に、カルマンは軽く手を振った。
「私も、詳しいことは知りません。それで良いのであれば」
嶺家帝国中期、灰紀帝の時代のこと。二つの『力有る石』を持つ者が相次いで嶺家帝国を襲い、帝国は崩壊の危機にさらされた。しかし王族の一人によって『力有る石』は封じられ、大事に至らずに済んだそうだ。
「『力有る石』を封じたその者を、我々は『鎮める者』あるいは『担い手』と呼んでいます」
カルマンの声が、トゥエの耳に静かに響く。
「担い手?」
「『石』の苦しみを代わりに担う。そういう意味だそうです」
その冷静な声を聞きながら、トゥエの頭にある考えが浮かぶ。……『担い手』さえ探し出すことができれば、リーニエを救うことができる。
だから。
「その、『担い手』の力を持つ者は、今はいないのですか?」
勢い込んで、カルマンにそう、尋ねる。
カルマンの答えは非情なものだった。
「噂にも聞きませんね」
歴史に現れた『担い手』も、その時の一人だけだ。カルマンはそう、言い放つ。だが。ここでカルマンは一呼吸置く。その一呼吸に期待して、トゥエはカルマンを見つめた。
「ですが、『担い手』より力は弱いですが、『石』を鎮めることのできる者も、二人いました」
その一人は、嶺家王朝の創始者{無限}(むげん)帝に仕えた戦巫女。もう一人は、小さな田舎町で神を祭っていた少女だという。
「二人、だけですか……」
カルマンの言葉に、トゥエはがくっと肩を落とした。期待していただけに、落胆度は高い。
「しかし、彼女達より力が弱くとも、『鎮めの力』を持つ者ならかなりの確率でいます」
そんなトゥエに、カルマンは思いがけないことを言った。
「魔皇帝も、おそらく多少はその『力』を持っているはずです」
『力有る石』の本当の怖さは、その『石』の意志が、持つ者の意志を変えてしまうこと。カルマンの口調は、この時だけ、少し力が籠もっていた。『石』に意志を乗っ取られた者は、他人も自分も破壊する方向へと向かってしまうそうだ。
「私の推測に過ぎませんが、魔皇帝は、他人は滅ぼしますが自分自身を破壊しようとしているようには見えませんから」
今のところは。そう言って、カルマンは再びトゥエを見つめた。
「どうです? 希望は持てましたか」
「いえ……」
『力有る石』に対抗できる人物がいることは、カルマンの話から分かった。だが、そんな『力』を持つ者が何処にいるのか、さっぱり見当が付かない。
「『鎮めの力を持つ者』を探そうとするから、いけないのです」
悩むトゥエに、カルマンが助け船を出す。『石』を操る為の『意志』の強弱は、結局は個人の問題。人がどう生き、他人とどう触れ合うかによって決まる、個人の『心の力』。それが、『石』を操る『意志』になる。カルマンはそう、トゥエに説いた。
〈……意志の、力、か〉
それならば、自分でも何とか……なるかどうか自信が無い。どうするのが、一番良いのだろうか? トゥエの思考は再び、堂々巡りへと入っていった。
と。
「……トゥエ、居たのか」
全く唐突に、背後からエッカート卿の力強い声が響く。
「すぐにリュエルのところに戻れ。大変なことになった」
その、何時になく慌てた声に、トゥエの心もざわめいた。王宮で、何かがあった。
「失礼します」
トゥエはカルマンとエッカート卿に一礼すると、取るものも取り敢えず大急ぎでリュエルの許へと帰った。
次の瞬間、鋭い光が短槍の穂先から迸った。
「うむ、力は中々」
トゥエの発したその光の後から、少し枯れた声が上がる。トゥエに魔法の手ほどきをしてくれているカルマンという名の老人の声だ。
「しかし、実戦では素早さと正確さも必要です」
そう言ってから、不意に、カルマンはトゥエに向かって手にしていた鞭を振る。先端が五つに分かれた鞭は、生き物のようにしなやにトゥエを襲った。いきなりの攻撃に、正直戸惑う。……だが、これはいつものことだ。落ち着いた心のまま、トゥエは再び短槍に力を込めた。
カルマンの鞭の先端に付いた丸い錘に向けて、先ほどと同じ光を次々と放つ。その錘は、ただ叩くだけではすぐにトゥエの方へと戻って来てしまう。魔法をきちんと当てないと大人しくならない。それでも何とか、五つのうち四つは短槍からの光で鎮める。だが、五つめの錘が予測もしない方向から現れ、全く不意打ちでトゥエの左手首を襲った。
左手から全身に響き渡る痛みに、思わず短槍を取り落とす。
「うむ。……素早さと正確さはもう少しですね」
次の修練時には錘の数を増やしましょうと、カルマンは涼しい顔で言葉を継いだ。
ここは、第三王子リュエルの後見人であり、リュエルとヘクト、マチウの伯父に当たる人物であるエッカート卿の、王都アデールにある屋敷の地下室。すでに秋は始まっており、地下室もそれなりの寒さになってはいたが、袖無しのチュニックを着たトゥエの全身は汗だくだった。対して、カルマンの方は汗一つかいてはいない。丈の長いチュニックの上に厚手の上着を羽織っているにも拘わらず、である。不思議を通り越して変な老人だ。トゥエは常にカルマンのことをそう評価していた。
カルマンは、現在はエッカート卿の執事だが、元々は大陸中を放浪する定めを負った『流浪の民』であるらしい。そんな低身分の人物が、リーニエ王国で大きな勢力を持つエッカート卿の執事になっている。これは、傍目からだとかなり訝しく思う。トゥエでさえそう感じるのだから、世間一般の評価など言わずもがな。だが、カルマンに魔法や地理の教授を受けていると、何故エッカート卿がカルマンを執事にしているのか何となく分かる。魔法にも、歴史(特に正史には載っていない物事)についても詳しい、こんなに博学な人物は、おそらく大陸中探してもどこにもいない。放浪が定めの一族であるカルマンが何故一つ所に留まっているのかだけは、どう考えても分からなかったが。
このカルマンに、トゥエは色々なことを教わった。魔法を用いた戦闘だけではなく、念ずるだけで無くし物を見つける術、水を張った盥を使い離れたところにいる人と交信する『水鏡の術』、魔力を込めた札を作る術など。しかし、カルマンがトゥエに教えてくれない術も幾つかあった。『人を操る術』と『呪い』だ。「トゥエには素質がない」。その理由を、カルマンはこう述べている。しかし、他人を自由に操る術をマスターすれば、魔皇帝も操れるかもしれない。そんな淡い期待を、かつてのトゥエは抱いていた。
だが。
「無理、ですね」
トゥエの考えを、カルマンは一笑に付す。
「あの方に呪いは効かない」
カルマンがそう言うのなら、それが真実なのだろう。その時の落胆を、トゥエは今でも覚えている。しかし、世界は広い。魔皇帝に効く『呪い』も、何処かにあるかもしれない。本当に小さな期待を、トゥエは今でも持っていた。……それは、願望に近いものだったが。
「お父様」
汗を拭くトゥエの頭上で、幼い声が響く。見上げると、地上へ続く階段のてっぺんに、カルマンの娘アンの可愛らしい姿が見えた。
「お昼ご飯の支度ができましたわ。卿閣下ももうそろそろ王宮からお帰りになるでしょうし」
「そうですか」
カルマンは娘に向かって滅多に見せない微笑みを見せると、トゥエの方を向いて今日はこれで終わりにしましょうと静かに告げた。
しかしながら。
昼食の後になっても、エッカート卿は屋敷に帰って来なかった。
今日のトゥエは非番で、午前中はカルマンと武術稽古、午後は王宮での会議が終わったエッカート卿に歴史と算術と政治の指南を受ける予定なのだが、卿が帰って来ないのでは話にならない。……歴史と算術はともかく、ちんぷんかんぷんな政治の勉強が遠のいたので、内心ほっとしたのも事実だが。
仕方が無い。一人で復習をしておこう。トゥエはそう思い、地下室から石板を一つ、食堂まで持って来た。
エッカート卿の屋敷の地下室には、膨大な量の『石板』がある。その一つ一つは何の変哲もない、古代文字が刻まれた手の平サイズの石板なのだが、魔法の素養がある者がその石板に触れると、石板に刻まれている文字以上の情報が術者の頭に響くように流れてくる。本当に不思議な石板だった。
聞くところによると、この石板は、エッカート卿の先祖が嶺家王朝に仕えていた時に、皇帝の一人から下賜された物らしい。卿の一族は昔、このアデールを都として付近一帯を支配していた、由緒正しい豪族だったそうだ。エッカート卿の曽祖父がまだ若かった頃、北からやってきたリーニエ王家に土地の支配権を譲り、自分は家来としてリーニエ国に仕えることになったと、前にエッカート卿本人から聞いたことがあった。
「おそらく曾祖父は、自分の一族と自分の民の命を守りたかったんだろうな」
その話をトゥエにしてくれた時、エッカート卿が静かにそう言ったことを、トゥエは今でも覚えている。
「では」
その諦念に刺激されて、思わず尋ねてしまったことも。
「我々も魔皇帝に膝を屈した方が良いのでしょうか?」
「いや」
だが。トゥエの目の前で、エッカート卿は激しく首を横に振った。
「あいつの残虐さはウプシーラで証明されている。あんな奴に屈するくらいなら潔く死を選んだほうがマシだ」
それは、確かにそう思う。だからトゥエは、カルマンに魔法戦闘の手ほどきを受け、エッカート卿から習う歴史から、魔皇帝に対抗する方法を見つけようとしていた。……そんな方法は、未だ見つかってはいないが。
「どの時代を教えてもらっているのですか?」
石板で復習をするトゥエの向かいに座ったカルマンが、唐突にそう、尋ねる。
「嶺家王朝の{灰紀}(かいき)帝の時代です」
普段はトゥエが卿に教わっている内容については興味を持たない人なのに。そう、訝しみながらも、トゥエは素直にカルマンの問いに答えた。
そして。
「ああ、『力有る石』が二度暴れた時代ですね」
再び唐突に、カルマンがそう、呟く。
「……『力有る石』!」
その中の『力有る石』という言葉に、トゥエの意識はすぐに反応した。
『力有る石』。これこそが、全ての元凶。魔皇帝カルダーノは『魔物を呼び出す力』を持つ『力有る石』を持っていると、噂で聞いている。その所為で、美しい都だったウプシーラは無残にも滅ぼされ、リーニエ王国は苦境に立たされている。
「その『石』のこと、聞かせてくれませんか?」
勢い込んだ口調で、カルマンにそう、頼む。トゥエの言葉に、カルマンは軽く手を振った。
「私も、詳しいことは知りません。それで良いのであれば」
嶺家帝国中期、灰紀帝の時代のこと。二つの『力有る石』を持つ者が相次いで嶺家帝国を襲い、帝国は崩壊の危機にさらされた。しかし王族の一人によって『力有る石』は封じられ、大事に至らずに済んだそうだ。
「『力有る石』を封じたその者を、我々は『鎮める者』あるいは『担い手』と呼んでいます」
カルマンの声が、トゥエの耳に静かに響く。
「担い手?」
「『石』の苦しみを代わりに担う。そういう意味だそうです」
その冷静な声を聞きながら、トゥエの頭にある考えが浮かぶ。……『担い手』さえ探し出すことができれば、リーニエを救うことができる。
だから。
「その、『担い手』の力を持つ者は、今はいないのですか?」
勢い込んで、カルマンにそう、尋ねる。
カルマンの答えは非情なものだった。
「噂にも聞きませんね」
歴史に現れた『担い手』も、その時の一人だけだ。カルマンはそう、言い放つ。だが。ここでカルマンは一呼吸置く。その一呼吸に期待して、トゥエはカルマンを見つめた。
「ですが、『担い手』より力は弱いですが、『石』を鎮めることのできる者も、二人いました」
その一人は、嶺家王朝の創始者{無限}(むげん)帝に仕えた戦巫女。もう一人は、小さな田舎町で神を祭っていた少女だという。
「二人、だけですか……」
カルマンの言葉に、トゥエはがくっと肩を落とした。期待していただけに、落胆度は高い。
「しかし、彼女達より力が弱くとも、『鎮めの力』を持つ者ならかなりの確率でいます」
そんなトゥエに、カルマンは思いがけないことを言った。
「魔皇帝も、おそらく多少はその『力』を持っているはずです」
『力有る石』の本当の怖さは、その『石』の意志が、持つ者の意志を変えてしまうこと。カルマンの口調は、この時だけ、少し力が籠もっていた。『石』に意志を乗っ取られた者は、他人も自分も破壊する方向へと向かってしまうそうだ。
「私の推測に過ぎませんが、魔皇帝は、他人は滅ぼしますが自分自身を破壊しようとしているようには見えませんから」
今のところは。そう言って、カルマンは再びトゥエを見つめた。
「どうです? 希望は持てましたか」
「いえ……」
『力有る石』に対抗できる人物がいることは、カルマンの話から分かった。だが、そんな『力』を持つ者が何処にいるのか、さっぱり見当が付かない。
「『鎮めの力を持つ者』を探そうとするから、いけないのです」
悩むトゥエに、カルマンが助け船を出す。『石』を操る為の『意志』の強弱は、結局は個人の問題。人がどう生き、他人とどう触れ合うかによって決まる、個人の『心の力』。それが、『石』を操る『意志』になる。カルマンはそう、トゥエに説いた。
〈……意志の、力、か〉
それならば、自分でも何とか……なるかどうか自信が無い。どうするのが、一番良いのだろうか? トゥエの思考は再び、堂々巡りへと入っていった。
と。
「……トゥエ、居たのか」
全く唐突に、背後からエッカート卿の力強い声が響く。
「すぐにリュエルのところに戻れ。大変なことになった」
その、何時になく慌てた声に、トゥエの心もざわめいた。王宮で、何かがあった。
「失礼します」
トゥエはカルマンとエッカート卿に一礼すると、取るものも取り敢えず大急ぎでリュエルの許へと帰った。
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