戻る場所は/赴く理由を

風城国子智

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戻る場所は 1

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 やっとの思いで、戻り着いた場所には、既に誰もいなかった。月明かりの下、がらんとした空間が、広がっているだけ。
〈ここには、いない……〉
 虚しさが、胸を苦しめる。同時に感じた苛立たしさに、グレンは足下の、焦げた石を蹴った。三日前、ここには確かに、小さな火刑台が立っていた。フィンは、ここで、……燃やされた。今は無い、炎の色が、瞼に蘇る。人も、獣の影すら無い、小さな町の広場をもう一度見回し、グレンは小さく息を吐いた。フィンは、どこに行ってしまったのだろうか? グレンの側には、いない。自然に身を任せ、既に新しい命を得ているならば、良い。この町の者達が言い伝えるところの『天国』という、死者が安らぐ場所に辿り着いているのならば、それでも。しかしながら。病弱で、常にふらふらと頼りなかったフィンだから、天国に行くことも生まれ変わることもせず、自分が死んだこの場所を彷徨っていないとも限らない。胸を揺さぶる不安のままに、グレンはもう一度、月明かりだけの空間を見回した。……やはり、フィンは、ここにはいない。では、フィンは、何処にいる?
 火刑に処された者は、復活して人々に害を為さないよう、残った灰を十字路に埋めるか川に流すかしてしまうらしい。祖父から聞いた、この町に暮らす人々の、グレン達とは異なる風習を思い出しながら、町の東側にある広場を後にし、町を貫く暗い一本道をふらふらと、歩く。人が住むには適さない北の土地にある、ぼろぼろの街道沿いに、南から現れた人々が寄せ集まるようにして生まれた、町。できたばかりの小さな町だから、町にある道は、東西に伸びる細い街道のみ。十字路は、今のところ存在しない。そうすると、……あいつは、この川の中に、いるのだろうか。町の真ん中を、街道と直角に流れる小川の横で、グレンは足を止めた。川と街道が交わる場所には、小さな橋と、この町には不釣り合いな石造りの巨大な家が見える。この石造りの家は、この町を中心とする北の地方を支配する長官の家。何度かこの町を訪れたことのある祖父は確かそう、言っていた。横にある石壁を一瞥し、橋の上から、小さく流れる川を覗きこむ。フィンの気配は、ここにも、無い。山から流れ落ちた冷たい川の水とともに、遠くまで、流されてしまったのだろうか? 確かめなければ。首を僅かに横に振り、グレンは空虚な心のまま、橋を渡り、町の西側へと歩を進めた。
 小さな町を抜ける直前、目の横に広がった小さな広場に、はっと足を止める。磨かれた石が規則的に並ぶこの場所は、祖父の話が正しければ、この町に暮らす人々のための、墓地。向こうに見える石造りの小さな小屋は、納骨堂。この町の人々は、死者を墓地に土葬し、時間が経って死者が骨だけになった頃に遺体を掘り出し、綺麗に洗った骨を死者の形にきちんと並べて納骨堂の地下に納める風習を持っているらしい。祖父の声を、グレンは噛み締めるように思い出した。グレンが暮らしている場所にあるものとは異なるが、それでも、静謐さは、同じ。蟠りを飲み下し、ここに葬られた人々の魂が安らぐよう、グレンは声を出さずに、祈った。大事な友人を殺した人々と同じ血が流れる者達が葬られている場所だが、それでも、死者に罪は無い。それも、祖父から教わった、言葉。
 その時。
 獣すらいなかったはずの場所に感じた気配に、はっと身を翻す。グレンの斜め後ろには、いつそこに現れたのか、背の低い、それでもしっかりとした身体を持つ少年が、月の光に紅い顔を晒していた。
「誰……」
「何故、ここにいるの、グレン」
 グレンが尋ねる前に、見知らぬその少年が、グレンの名を呼ぶ。次の瞬間。少年は、グレンの前から唐突に消えた。
「え……?」
 驚愕が、途切れる。
 グレンの周りにあったのは、見知らぬ木々の塊と、冷たくよそよそしい、夜空。
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