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この街は、いつ訪れたとしても賑やかだ。
そこの奥さん、ちょっと見てってよ!
ねえ、お昼から遊びに行かない?
いいよ!ご飯食べたらまたここ集合ね!
まーた討伐の依頼?あの人俺たちをこき使いすぎじゃない?
ちょっと伺いますけれど、この辺で手鏡を売っているお店はあります?
手鏡かい?それならこの先に雑貨屋があるよ。
一歩踏み入るだけで、住民たちのそんな会話が耳に届く。
活気に溢れたこの街で飛び交う住民たちの何気ない会話が、変わらない日常が、彼女は好きだった。
さあ、彼に会いに行こう─。踏み出した彼女だったが、スカートの裾をついと引かれる感覚に足を止める。
即座に振り返れば、彼女の足元には真っ白な毛玉…ではなく、一匹の猫がいた。
「…猫?」
少し薄汚れてはいるが、美しい毛並みの白猫である。成猫にしてはまだまだ小さく、彼女でも充分抱き抱えられる大きさの子猫だった。
野良猫か、とも思ったが、猫の首には真っ赤なリボンが巻かれていた。首輪ではなくリボンなのは珍しいが、どこかの家の飼い猫か何かだろうか?
おそるおそる抱き上げると、白猫はじっと彼女を見上げた。
しばらくそうしていたかと思うと、猫は彼女の首元をぺろぺろと舐め始める。ざらざらした舌がくすぐったいのか、少女はふふ、と声を上げた。
ぺろぺろと首筋を舐めながらも、白猫は時折彼女をじっと見つめた。
白猫の目は、柘榴にも似た真っ赤な目だ。首に巻かれたリボンはきっとこの眼に合わせたものなのだろう。
その瞳に映る彼女の目もまた、鮮やかな赤色。
「なんだか似てるな、私たち」
そう言って微笑んだ彼女に答えるように、猫はみゃあと鳴いた。
◇◇◇
「…ちょっと、やる気出してくださいよ。仕事ですよギルド長」
「めんどくせえ…」
白猫と戯れている彼女の耳に、どこからか聞こえてくる話し声が届く。
少女は猫とじゃれている間に外れてしまっていたフードを被り直そうとするが、不意にその手を止めた。
「…なんで俺が猫探しなんざやんなきゃなんねえの」
「仕方ないじゃないですか、依頼なんですから」
「別にお前一人で良かったろ」
「勘弁してくださいよ。俺猫苦手なんですって」
「ったく、なんで今日に限って…」
徐々に大きくなっていく二人分の男の声。その一方は、彼女にも聞き慣れたものであったからだ。
曲がり角から現れた男の姿を見留めて、少女は顔を上げた。
「ルカ!」
「…あ?おう、姫さんか」
いつもと同じ銀の癖っ毛に、今日はどことなく眠たそうな目をした男。
いくらか年下であろう黒髪の青年を引き連れたルーカスは、少女の姿を目に留めるとその口元に笑みを浮かべた。
彼女を知らない青年は二人のやり取りに『姫さん?』と首を傾げていたが、少女の腕に抱かれた猫を見るなり、「…あっ、その猫!」と声を荒げる。
「マーサさんとこの子ですよ!」
「…ああ、本当だな」
少女が抱きかかえる白猫に軽く目を見張り、「じゃあお前帰っていいぞ」と彼は連れの青年に手を振った。
「え、いいんすか」
「お前がいたら猫が逃げる。ちょうどいいから戻って留守番してろ」
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
おそらくはルーカスの部下であろう青年は、「後はお願いしまーす」と遠慮なく駆けて行く。
そんな青年を呆れたように見送ってから、彼はロッテに目を向けた。
「よう、こんなとこで会うとは奇遇だな姫さん」
「そなたら、この子を探しておったのか?」
「ああ、見つけてくれて助かった」
彼が代表を務めるギルド・ファミリアワークスは、この街の実質的な自治組織とされている。彼らが担う業務は街内外の警備と秩序の維持、土地や戸籍といった住民たちと財産の管理、そして他領地や他国との貿易や外交…等々、非常に多岐に渡る。
要は、この街における立法・司法・行政、更には外交や商業に至るまでを一つの組織で賄っているということだが、彼らの仕事はそれだけではない。
彼らの元には、この猫探しのような(言っては悪いが)些末な依頼だって舞い込んでくるのである。そして、それをギルド長であるルーカス自身が請け負うことも多かった。ちょうど、今回の依頼のように。
「また依頼か?」
「そ、こいつを探してくれってやつ」
「仕事熱心なのは良いが…そなた一応はこの街の主であろう?何故猫の捜索などしておるのだ?」
「別に主になった覚えはないけどなあ。ま、いつもの雑用だよ」
名目上も実質的にもこの街のトップである筈のこの男は、時折自身を「体の良い雑用係」だと称する。「体の良い」という言葉の通り、彼の元には小さな猫探しの依頼から、街全体に関わる重要な案件まで、これまた非常に大量の業務が舞い込んでくるようだ。
本来なら街に出る時間もないくらいには多忙であるに違いない。しかしその多忙を縫って、彼はこうして度々街に出る。
普段ぶつくさ文句を言っている割には、大した愛と責任感ではなかろうか。
「いや、今日は疲れて二度寝してたとこをさっきの奴に引っ張り出されただけだな。ちょうど誰もいなかったんだよなあ」
「相変わらずだな」
せっかくちょっとだけ見直したのに。
感心したのも束の間、身も蓋もない理由に彼女はふくれるのだった。
そこの奥さん、ちょっと見てってよ!
ねえ、お昼から遊びに行かない?
いいよ!ご飯食べたらまたここ集合ね!
まーた討伐の依頼?あの人俺たちをこき使いすぎじゃない?
ちょっと伺いますけれど、この辺で手鏡を売っているお店はあります?
手鏡かい?それならこの先に雑貨屋があるよ。
一歩踏み入るだけで、住民たちのそんな会話が耳に届く。
活気に溢れたこの街で飛び交う住民たちの何気ない会話が、変わらない日常が、彼女は好きだった。
さあ、彼に会いに行こう─。踏み出した彼女だったが、スカートの裾をついと引かれる感覚に足を止める。
即座に振り返れば、彼女の足元には真っ白な毛玉…ではなく、一匹の猫がいた。
「…猫?」
少し薄汚れてはいるが、美しい毛並みの白猫である。成猫にしてはまだまだ小さく、彼女でも充分抱き抱えられる大きさの子猫だった。
野良猫か、とも思ったが、猫の首には真っ赤なリボンが巻かれていた。首輪ではなくリボンなのは珍しいが、どこかの家の飼い猫か何かだろうか?
おそるおそる抱き上げると、白猫はじっと彼女を見上げた。
しばらくそうしていたかと思うと、猫は彼女の首元をぺろぺろと舐め始める。ざらざらした舌がくすぐったいのか、少女はふふ、と声を上げた。
ぺろぺろと首筋を舐めながらも、白猫は時折彼女をじっと見つめた。
白猫の目は、柘榴にも似た真っ赤な目だ。首に巻かれたリボンはきっとこの眼に合わせたものなのだろう。
その瞳に映る彼女の目もまた、鮮やかな赤色。
「なんだか似てるな、私たち」
そう言って微笑んだ彼女に答えるように、猫はみゃあと鳴いた。
◇◇◇
「…ちょっと、やる気出してくださいよ。仕事ですよギルド長」
「めんどくせえ…」
白猫と戯れている彼女の耳に、どこからか聞こえてくる話し声が届く。
少女は猫とじゃれている間に外れてしまっていたフードを被り直そうとするが、不意にその手を止めた。
「…なんで俺が猫探しなんざやんなきゃなんねえの」
「仕方ないじゃないですか、依頼なんですから」
「別にお前一人で良かったろ」
「勘弁してくださいよ。俺猫苦手なんですって」
「ったく、なんで今日に限って…」
徐々に大きくなっていく二人分の男の声。その一方は、彼女にも聞き慣れたものであったからだ。
曲がり角から現れた男の姿を見留めて、少女は顔を上げた。
「ルカ!」
「…あ?おう、姫さんか」
いつもと同じ銀の癖っ毛に、今日はどことなく眠たそうな目をした男。
いくらか年下であろう黒髪の青年を引き連れたルーカスは、少女の姿を目に留めるとその口元に笑みを浮かべた。
彼女を知らない青年は二人のやり取りに『姫さん?』と首を傾げていたが、少女の腕に抱かれた猫を見るなり、「…あっ、その猫!」と声を荒げる。
「マーサさんとこの子ですよ!」
「…ああ、本当だな」
少女が抱きかかえる白猫に軽く目を見張り、「じゃあお前帰っていいぞ」と彼は連れの青年に手を振った。
「え、いいんすか」
「お前がいたら猫が逃げる。ちょうどいいから戻って留守番してろ」
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
おそらくはルーカスの部下であろう青年は、「後はお願いしまーす」と遠慮なく駆けて行く。
そんな青年を呆れたように見送ってから、彼はロッテに目を向けた。
「よう、こんなとこで会うとは奇遇だな姫さん」
「そなたら、この子を探しておったのか?」
「ああ、見つけてくれて助かった」
彼が代表を務めるギルド・ファミリアワークスは、この街の実質的な自治組織とされている。彼らが担う業務は街内外の警備と秩序の維持、土地や戸籍といった住民たちと財産の管理、そして他領地や他国との貿易や外交…等々、非常に多岐に渡る。
要は、この街における立法・司法・行政、更には外交や商業に至るまでを一つの組織で賄っているということだが、彼らの仕事はそれだけではない。
彼らの元には、この猫探しのような(言っては悪いが)些末な依頼だって舞い込んでくるのである。そして、それをギルド長であるルーカス自身が請け負うことも多かった。ちょうど、今回の依頼のように。
「また依頼か?」
「そ、こいつを探してくれってやつ」
「仕事熱心なのは良いが…そなた一応はこの街の主であろう?何故猫の捜索などしておるのだ?」
「別に主になった覚えはないけどなあ。ま、いつもの雑用だよ」
名目上も実質的にもこの街のトップである筈のこの男は、時折自身を「体の良い雑用係」だと称する。「体の良い」という言葉の通り、彼の元には小さな猫探しの依頼から、街全体に関わる重要な案件まで、これまた非常に大量の業務が舞い込んでくるようだ。
本来なら街に出る時間もないくらいには多忙であるに違いない。しかしその多忙を縫って、彼はこうして度々街に出る。
普段ぶつくさ文句を言っている割には、大した愛と責任感ではなかろうか。
「いや、今日は疲れて二度寝してたとこをさっきの奴に引っ張り出されただけだな。ちょうど誰もいなかったんだよなあ」
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