9 / 25
2-3
しおりを挟む
この街は、いつ訪れたとしても賑やかだ。
そこの奥さん、ちょっと見てってよ!
ねえ、お昼から遊びに行かない?
いいよ!ご飯食べたらまたここ集合ね!
まーた討伐の依頼?あの人俺たちをこき使いすぎじゃない?
ちょっと伺いますけれど、この辺で手鏡を売っているお店はあります?
手鏡かい?それならこの先に雑貨屋があるよ。
一歩踏み入るだけで、住民たちのそんな会話が耳に届く。
活気に溢れたこの街で飛び交う住民たちの何気ない会話が、変わらない日常が、彼女は好きだった。
さあ、彼に会いに行こう─。踏み出した彼女だったが、スカートの裾をついと引かれる感覚に足を止める。
即座に振り返れば、彼女の足元には真っ白な毛玉…ではなく、一匹の猫がいた。
「…猫?」
少し薄汚れてはいるが、美しい毛並みの白猫である。成猫にしてはまだまだ小さく、彼女でも充分抱き抱えられる大きさの子猫だった。
野良猫か、とも思ったが、猫の首には真っ赤なリボンが巻かれていた。首輪ではなくリボンなのは珍しいが、どこかの家の飼い猫か何かだろうか?
おそるおそる抱き上げると、白猫はじっと彼女を見上げた。
しばらくそうしていたかと思うと、猫は彼女の首元をぺろぺろと舐め始める。ざらざらした舌がくすぐったいのか、少女はふふ、と声を上げた。
ぺろぺろと首筋を舐めながらも、白猫は時折彼女をじっと見つめた。
白猫の目は、柘榴にも似た真っ赤な目だ。首に巻かれたリボンはきっとこの眼に合わせたものなのだろう。
その瞳に映る彼女の目もまた、鮮やかな赤色。
「なんだか似てるな、私たち」
そう言って微笑んだ彼女に答えるように、猫はみゃあと鳴いた。
◇◇◇
「…ちょっと、やる気出してくださいよ。仕事ですよギルド長」
「めんどくせえ…」
白猫と戯れている彼女の耳に、どこからか聞こえてくる話し声が届く。
少女は猫とじゃれている間に外れてしまっていたフードを被り直そうとするが、不意にその手を止めた。
「…なんで俺が猫探しなんざやんなきゃなんねえの」
「仕方ないじゃないですか、依頼なんですから」
「別にお前一人で良かったろ」
「勘弁してくださいよ。俺猫苦手なんですって」
「ったく、なんで今日に限って…」
徐々に大きくなっていく二人分の男の声。その一方は、彼女にも聞き慣れたものであったからだ。
曲がり角から現れた男の姿を見留めて、少女は顔を上げた。
「ルカ!」
「…あ?おう、姫さんか」
いつもと同じ銀の癖っ毛に、今日はどことなく眠たそうな目をした男。
いくらか年下であろう黒髪の青年を引き連れたルーカスは、少女の姿を目に留めるとその口元に笑みを浮かべた。
彼女を知らない青年は二人のやり取りに『姫さん?』と首を傾げていたが、少女の腕に抱かれた猫を見るなり、「…あっ、その猫!」と声を荒げる。
「マーサさんとこの子ですよ!」
「…ああ、本当だな」
少女が抱きかかえる白猫に軽く目を見張り、「じゃあお前帰っていいぞ」と彼は連れの青年に手を振った。
「え、いいんすか」
「お前がいたら猫が逃げる。ちょうどいいから戻って留守番してろ」
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
おそらくはルーカスの部下であろう青年は、「後はお願いしまーす」と遠慮なく駆けて行く。
そんな青年を呆れたように見送ってから、彼はロッテに目を向けた。
「よう、こんなとこで会うとは奇遇だな姫さん」
「そなたら、この子を探しておったのか?」
「ああ、見つけてくれて助かった」
彼が代表を務めるギルド・ファミリアワークスは、この街の実質的な自治組織とされている。彼らが担う業務は街内外の警備と秩序の維持、土地や戸籍といった住民たちと財産の管理、そして他領地や他国との貿易や外交…等々、非常に多岐に渡る。
要は、この街における立法・司法・行政、更には外交や商業に至るまでを一つの組織で賄っているということだが、彼らの仕事はそれだけではない。
彼らの元には、この猫探しのような(言っては悪いが)些末な依頼だって舞い込んでくるのである。そして、それをギルド長であるルーカス自身が請け負うことも多かった。ちょうど、今回の依頼のように。
「また依頼か?」
「そ、こいつを探してくれってやつ」
「仕事熱心なのは良いが…そなた一応はこの街の主であろう?何故猫の捜索などしておるのだ?」
「別に主になった覚えはないけどなあ。ま、いつもの雑用だよ」
名目上も実質的にもこの街のトップである筈のこの男は、時折自身を「体の良い雑用係」だと称する。「体の良い」という言葉の通り、彼の元には小さな猫探しの依頼から、街全体に関わる重要な案件まで、これまた非常に大量の業務が舞い込んでくるようだ。
本来なら街に出る時間もないくらいには多忙であるに違いない。しかしその多忙を縫って、彼はこうして度々街に出る。
普段ぶつくさ文句を言っている割には、大した愛と責任感ではなかろうか。
「いや、今日は疲れて二度寝してたとこをさっきの奴に引っ張り出されただけだな。ちょうど誰もいなかったんだよなあ」
「相変わらずだな」
せっかくちょっとだけ見直したのに。
感心したのも束の間、身も蓋もない理由に彼女はふくれるのだった。
そこの奥さん、ちょっと見てってよ!
ねえ、お昼から遊びに行かない?
いいよ!ご飯食べたらまたここ集合ね!
まーた討伐の依頼?あの人俺たちをこき使いすぎじゃない?
ちょっと伺いますけれど、この辺で手鏡を売っているお店はあります?
手鏡かい?それならこの先に雑貨屋があるよ。
一歩踏み入るだけで、住民たちのそんな会話が耳に届く。
活気に溢れたこの街で飛び交う住民たちの何気ない会話が、変わらない日常が、彼女は好きだった。
さあ、彼に会いに行こう─。踏み出した彼女だったが、スカートの裾をついと引かれる感覚に足を止める。
即座に振り返れば、彼女の足元には真っ白な毛玉…ではなく、一匹の猫がいた。
「…猫?」
少し薄汚れてはいるが、美しい毛並みの白猫である。成猫にしてはまだまだ小さく、彼女でも充分抱き抱えられる大きさの子猫だった。
野良猫か、とも思ったが、猫の首には真っ赤なリボンが巻かれていた。首輪ではなくリボンなのは珍しいが、どこかの家の飼い猫か何かだろうか?
おそるおそる抱き上げると、白猫はじっと彼女を見上げた。
しばらくそうしていたかと思うと、猫は彼女の首元をぺろぺろと舐め始める。ざらざらした舌がくすぐったいのか、少女はふふ、と声を上げた。
ぺろぺろと首筋を舐めながらも、白猫は時折彼女をじっと見つめた。
白猫の目は、柘榴にも似た真っ赤な目だ。首に巻かれたリボンはきっとこの眼に合わせたものなのだろう。
その瞳に映る彼女の目もまた、鮮やかな赤色。
「なんだか似てるな、私たち」
そう言って微笑んだ彼女に答えるように、猫はみゃあと鳴いた。
◇◇◇
「…ちょっと、やる気出してくださいよ。仕事ですよギルド長」
「めんどくせえ…」
白猫と戯れている彼女の耳に、どこからか聞こえてくる話し声が届く。
少女は猫とじゃれている間に外れてしまっていたフードを被り直そうとするが、不意にその手を止めた。
「…なんで俺が猫探しなんざやんなきゃなんねえの」
「仕方ないじゃないですか、依頼なんですから」
「別にお前一人で良かったろ」
「勘弁してくださいよ。俺猫苦手なんですって」
「ったく、なんで今日に限って…」
徐々に大きくなっていく二人分の男の声。その一方は、彼女にも聞き慣れたものであったからだ。
曲がり角から現れた男の姿を見留めて、少女は顔を上げた。
「ルカ!」
「…あ?おう、姫さんか」
いつもと同じ銀の癖っ毛に、今日はどことなく眠たそうな目をした男。
いくらか年下であろう黒髪の青年を引き連れたルーカスは、少女の姿を目に留めるとその口元に笑みを浮かべた。
彼女を知らない青年は二人のやり取りに『姫さん?』と首を傾げていたが、少女の腕に抱かれた猫を見るなり、「…あっ、その猫!」と声を荒げる。
「マーサさんとこの子ですよ!」
「…ああ、本当だな」
少女が抱きかかえる白猫に軽く目を見張り、「じゃあお前帰っていいぞ」と彼は連れの青年に手を振った。
「え、いいんすか」
「お前がいたら猫が逃げる。ちょうどいいから戻って留守番してろ」
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
おそらくはルーカスの部下であろう青年は、「後はお願いしまーす」と遠慮なく駆けて行く。
そんな青年を呆れたように見送ってから、彼はロッテに目を向けた。
「よう、こんなとこで会うとは奇遇だな姫さん」
「そなたら、この子を探しておったのか?」
「ああ、見つけてくれて助かった」
彼が代表を務めるギルド・ファミリアワークスは、この街の実質的な自治組織とされている。彼らが担う業務は街内外の警備と秩序の維持、土地や戸籍といった住民たちと財産の管理、そして他領地や他国との貿易や外交…等々、非常に多岐に渡る。
要は、この街における立法・司法・行政、更には外交や商業に至るまでを一つの組織で賄っているということだが、彼らの仕事はそれだけではない。
彼らの元には、この猫探しのような(言っては悪いが)些末な依頼だって舞い込んでくるのである。そして、それをギルド長であるルーカス自身が請け負うことも多かった。ちょうど、今回の依頼のように。
「また依頼か?」
「そ、こいつを探してくれってやつ」
「仕事熱心なのは良いが…そなた一応はこの街の主であろう?何故猫の捜索などしておるのだ?」
「別に主になった覚えはないけどなあ。ま、いつもの雑用だよ」
名目上も実質的にもこの街のトップである筈のこの男は、時折自身を「体の良い雑用係」だと称する。「体の良い」という言葉の通り、彼の元には小さな猫探しの依頼から、街全体に関わる重要な案件まで、これまた非常に大量の業務が舞い込んでくるようだ。
本来なら街に出る時間もないくらいには多忙であるに違いない。しかしその多忙を縫って、彼はこうして度々街に出る。
普段ぶつくさ文句を言っている割には、大した愛と責任感ではなかろうか。
「いや、今日は疲れて二度寝してたとこをさっきの奴に引っ張り出されただけだな。ちょうど誰もいなかったんだよなあ」
「相変わらずだな」
せっかくちょっとだけ見直したのに。
感心したのも束の間、身も蓋もない理由に彼女はふくれるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する
namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。
転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。
しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。
凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。
詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。
それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。
「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」
前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。
これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ
鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。
それが約50年前。
聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。
英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。
俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。
でも…英雄は5人もいらないな。
勇者の様子がおかしい
しばたろう
ファンタジー
勇者は、少しおかしい。
そう思ったのは、王宮で出会ったその日からだった。
神に選ばれ、魔王討伐の旅に出た勇者マルク。
線の細い優男で、実力は確かだが、人と距離を取り、馴れ合いを嫌う奇妙な男。
だが、ある夜。
仲間のひとりは、決定的な違和感に気づいてしまう。
――勇者は、男ではなかった。
女であることを隠し、勇者として剣を振るうマルク。
そして、その秘密を知りながら「知らないふり」を選んだ仲間。
正体を隠す者と、真実を抱え込む者。
交わらぬはずの想いを抱えたまま、旅は続いていく。
これは、
「勇者であること」と
「自分であること」のあいだで揺れる物語。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる