ハミルトン・ヴァレーの客人令嬢

駒野沙月

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Ep.3 令嬢と友人は似た者同士

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 馬なしでも走る車。遠く離れた先にいる知己との会話。インクもペンも無しで行える書類仕事。実物を持ち歩く必要のない本や地図。

 彼らの暮らす場所から時間的にも空間的にも遠く離れたとある惑星では、それら技術は今や「無くてはならないもの」となっており、人々の生活はそれらに大きく依存しているという。
 未だ蒸気機関すらも発明されていないこの世界で、それらが実現されるのはまだまだ先の話。
 「夢物語」、そう言われても仕方のないほどに、この世界の技術は未熟だ。

 しかし、この世界には"魔法"という概念がある。
 この世界には「魔力」と名付けられた不思議な力が存在し、それらを所持する人々や彼らが作成した道具を応用した技術が、この世界ではいくつも発明されているのだ。炎とは別の照明器具や印刷技術、簡易的な通信機といった発明は、この世界でも広く流通している技術の一つである。

 魔法を応用した写真技術もまた、この世界には存在している。
 ただし、他の技術に比べればその普及度合いは多少落ちるのが現状だ。その理由としては、魔力を込めた魔法具を核とする写影機は非常に希少であるから。王族や上級貴族ならともかく、下級貴族ですら購入を躊躇う程に高価であるということが挙げられる。
 ある程度規模の大きな村や街でお金を出し合い、共有財産として所持されている物も少なくないが、未だ多くの民には簡単には手が出ない代物なのである。

 それゆえに、一般庶民の間で人を映したり時を切り取る技術としては、未だに"絵画"の方が一般的だ。
 新聞や張り紙といった広告物や肖像画に用いるため、今も絵師は絵を描く。


 ─もちろん、芸術や娯楽としての絵も、その需要は健在である。


 ◇◇◇

「…どういうことか、説明していただけますか?」

 この場所はハミルトン・ヴァレー中心部、ギルド・ファミリアワークスが本拠地として利用している建物の一室。普段は応接室として利用されているこの部屋は現在、ギルド長権限により貸し切りとなっていた。
 客を迎える応接室ということもあって、当然この部屋には椅子もテーブルも置かれているのだが、今この瞬間、それらは一つとして使用されていない。

 現在応接室を使用しているのは、この街を実質的に牛耳る人物、ファミリアワークスのギルド長であるルーカスと、今日もまたこの街に遊びに来ていた隣領の幼令嬢、ロッテことシャーロット。
 床に敷かれた絨毯に直接胡坐をかいて座っているルーカスは、床のある一点を指で差しながら、少女を冷ややかな目で見下ろしていた。

 椅子やテーブルが使われていないのも当然である。
 冷ややかな視線を向ける彼の正面で、ロッテは慣れない正座をさせられていたのだから。

「…これは、その…」

 床に座る彼らの間に置かれているのは、紙に描かれた一枚の絵。とある男が一枚の写真を片手に白い猫と話している、そんな瞬間を切り取った絵であるようだ。
 男の髪色は、猫と同じ白。ご丁寧に、咥えた煙草から揺蕩う煙までもがその絵には描かれていた。

「これ、この前の俺ですよね?」

 厳しい声音でそう詰問してくるルーカスから、少女は目を逸らした。
 この風景を見ていた存在は、描かれた二人(正確には一人と一匹だが)の他には、たった一人だけ。言うまでもなく、ロッテ自身のことだ。彼女が広めない限り、この風景が他者に伝わる筈がない。
 だからこそ、彼女は今こうして座っているのである。

「…これ自体はまあいい。いや、良くは無いが…俺が聞きたいのは、なんでこんなものがこの街で流通してるのかってことです」
「…私は何もしてないぞ」
「あんたが絡んでなきゃこんなもん描かれないだろうが。まあ、絵柄からして描いたのはマーサの奴だろうけどよ」

 そこまで見抜かれてしまっていては、彼女に言い訳の余地はなかった。
 より一層、縮こまるように小さくなる彼女の様子を見て、彼は『はあ…』と大きく溜め息をついた。

「似たようなことは何回かあったから慣れてるが…こちとらこれの所為で迷惑してるんだ。ガキどもには馬鹿にされるし、ご婦人方には笑われるし…勘弁してくれ」
「随分皆に好かれておるのだな、そなた」
「今はそういう話じゃないよな」
「…はい」
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