ハミルトン・ヴァレーの客人令嬢

駒野沙月

文字の大きさ
15 / 25

3-2

しおりを挟む
 確かに今回の件、非があるのは間違いなく彼女の方だ。

 白猫のシリルと出会ったあの日の約一週間後。喫茶店の店主にしてシリルの飼い主(?)のマーサとすぐに仲良くなった彼女は、何度か一人でマーサの店を訪れていた。年の離れた姉のような、朗らかで明るいマーサとの時間は非常に楽しく、ロッテはすぐに彼女に懐いた。
 ただ、世間話がてら話した"あの日"の話がまずかった。
 どうやらマーサは料理と裁縫の他に絵も上手だったようで、ロッテから聞いた話を元にその絵をさらさらっと描き上げてみせた。ただの落書きよ、と彼女は笑ったが、写真と言われてもおかしくないその出来栄えに、彼女は感動したものだ。

 それがいつの間にか彩色され、ましてや街の中にまで広まっていたとは想定外だった。
 この街における彼の、熱狂的とも言える人気っぷり(正確にはいじられているだけかもしれないが)を舐めてはいけない、ということだろうか…?

「…だから、俺が言いたいのは…」

 ルーカスからの説教はしばらく続いていた。
 最初は神妙に聞いていたものの、まだまだ終わりそうにないそれに、そろそろ彼女は辟易とし始めていた。

 色んな人に見せたのは確かに私だけど、描いたのはマーサなのに。
 普段の仕事は割と適当で部下の教育もほとんどノータッチの癖に、なぜ私だけこんなにみっちりと。

 …などと、内心ふて腐れながらもそれを聞いていた彼女だったが、ふと、あることに気がついた。

 "怒っている"という割には、時々逸らされる視線。普段よりも多い、疲れたような溜め息。
 慣れない正座をさせられてはいるものの、毛足の長いふわふわした絨毯の上ではさほど足は痛まない。

 少女は恐る恐る視線を上げる。目の前には、時折苛立たし気に舌打ちしながらも説教を続けるルーカス。その少し焼けた耳元だけが、怒りではない理由で、ほんのり赤く染まっていた。
 それに気づいた彼女は、叱られながらもきょとんとした顔になった。

「…おい。聞いてんのか、姫さんよ」

 以前、彼女が貴族の友人に勧められて読んだ小説があるのだが、その話に出てきたヒロインがちょうどこんな感じのツンツンした子だったなあ、とこの時の彼女は思い返していた。
 白っぽい髪に緑の瞳。それと、荒っぽい口調も。改めて目の前の彼を見返してみれば、どことなくあのヒロインと似ているような気がしてくる。
 まだまだ人生経験の少ない彼女にはそのヒロインの心情はあまり理解できていなかったが、今この状況には、何か思うところがあったらしい。

「…これが、"つんでれ"というやつか」

 その言葉は、誰に聞かせるでもなく零れた呟きで、単なる思いつきに過ぎない。
 しかし、耳聡い彼にはしっかり聞きつけられていたらしく、彼女はぎろりと睨まれる。

「何か、仰いました?」
「な、何も…?」

 苛立ちを湛えたその緑の瞳は、本人が思っているよりもずっと迫力たっぷりで、彼女はついつい気圧されてしまう。
 ふるふると首を振りつつ誤魔化せば、ルーカスは苛立ちをそのままに「…ったく」と悪態をついた。

「どこでそんな言葉覚えて来たのやら…」
「…聞こえておるではないか」
「何か言いました?」
「…いいえ」

 普段ならどんな相手であっても砕けた口調の男が珍しく敬語で話す様は、色々な意味で心臓に悪い。
 それを痛いほどに実感させられた彼女は、彼の説教を素直に受け入れることにしたという。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

勇者の様子がおかしい

しばたろう
ファンタジー
勇者は、少しおかしい。 そう思ったのは、王宮で出会ったその日からだった。 神に選ばれ、魔王討伐の旅に出た勇者マルク。 線の細い優男で、実力は確かだが、人と距離を取り、馴れ合いを嫌う奇妙な男。 だが、ある夜。 仲間のひとりは、決定的な違和感に気づいてしまう。 ――勇者は、男ではなかった。 女であることを隠し、勇者として剣を振るうマルク。 そして、その秘密を知りながら「知らないふり」を選んだ仲間。 正体を隠す者と、真実を抱え込む者。 交わらぬはずの想いを抱えたまま、旅は続いていく。 これは、 「勇者であること」と 「自分であること」のあいだで揺れる物語。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

処理中です...