網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第3章 初めての……

4.

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途中、マメに休憩を入れてくれ、ほぼ予定どおり目的地の水族館に着いた。

「チケット代……」

「デート代って男が払うもんだろ?」

網代さんはドヤっていてあたまが痛い。

「割り勘ですよ、割り勘!」

財布からお金を引き抜き、彼の胸に叩きつける。

「TLのスパダリならそうなんでしょうけど!
網代さんは普通のサラリーマンなんですよ?
デートの度に全部持っていたら破産します」

「……また怒られた」

私の肩に両手をのせ、彼はがっくりと項垂れた。

「……それに、僕よりイッチーの方が恋愛に慣れていて、落ち込む」

だいたい、参考にするものが間違っているのだ。
もう少し、現実を見てほしい。

「私だって慣れてないですよ。
ただ、網代さんひとりに無理させるより、一緒に楽しみたいんです」

「……そうだな」

少しずつ彼の顔が上がっていく。

「ふたりで楽しまなきゃ意味ないよな」

気持ちは持ち直したみたいで、眼鏡の奥で網代さんはにっこりと笑った。

中に入ってすぐに、網代さんが左手を差し出してきた。

「デートらしく、手でも繋ぐか」

「そうですね」

その手に自分の右手をのせる。
網代さんはいつもと同じく、ゆっくり私にあわせて歩いてくれた。

「イッチー、チンアナゴ」

「可愛いですね」

後ろに立った網代さんは私の声がよく聞こえるようにか、膝を少し折って顔を近づけている。

「なんか癒やされるよな」

「ほんとです。
ずーっと見ていられます」

網代さんが近い。
近すぎる。
ふわりと香水なのか、いい匂いがした。

「どうした?
さっきから黙って」

足を止め、心配そうに彼が顔をのぞき込む。

「あ、えっと。
なんでもないですよ。
あ、ほら!
カメがいるみたいです!」

笑って誤魔化し、強引に手を引っ張った。
さっきからどうしても、網代さんを意識してしまう。

「はいはい、カメね」

網代さんは呆れるように笑っているが、彼は少しもそんな気持ちにならないんだろうか。

「とりあえず一周回ったし、お昼にするか」

それに同意し、レストランへ向かう。
券売機で食券を買い、頼んだものを受け取る。

「イルカプールのすぐ横なんですね」

テーブルの隣は水槽で、イルカたちが泳ぐ姿が見えた。

「いいだろ」

得意げな網代さんは、ちょっと可愛い。

イルカを眺めながら昼食を食べる。

「意外といけるな」

網代さんが食べているのはただのフィッシュバーガーではなく、〝シャークフィッシュ〟バーガーだ。

「魚と違いますか?」

「調理の仕方かな。
差がわからない」

あっというまに彼はそれを食べてしまった。

「イッチー」

ちょいちょいと網代さんが水槽を指す。

「見てる」

そちらを見ると、イルカが興味深そうにこちらを見ていた。
しかし自分も見られていると気づいたのか、逃げていく。

「けっこう、好奇心旺盛なんですね」

「ああ。
だから海に落ちた人を背中に乗せて、何キロも泳いで救助したイルカもいるんだぞ」

「凄いです!」

そんなイルカがいるんだ。
調べたらもっと詳しく載っていないかな。
なんて携帯を手に取りかけてはたと気づく。

「……もしかしてまた、騙されてます?」

「さあ?
どっちだろうな」

網代さんは涼しい顔でコーヒーを飲んでいて、見当がつかない。

「もう!
どっちなんですか?」

「それで調べてみればわかるだろ」

長い人差し指が携帯を指す。
彼の言うとおり、ネットで調べればすぐに判明するだろう。

――しかし。

「やめておきます」

携帯ではなくアイスティのグラスを掴み、ストローを咥える。
こんな素敵な嘘になら騙されてもいい。

「ふうん」

短くそれだけ言い、網代さんは残りのコーヒーを飲み干した。
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