網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第3章 初めての……

5.

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午後からはイルカショーを観る。

「ここ、水がかかるって言いませんでした……?」

迫力がある方がいいだろと一番前の席に座ったが、確かにいまのアナウンスで水がかかる場所だと注意された。

「ま、それも楽しみだろ」

網代さんは私と違い、平然としている。

「ええーっ」

濡れるのか……。
まあ、ランドのアトラクションだって濡れるのあるし、あれだと思えばいいか。

ショーがはじまり、イルカたちがプールを泳ぎだす。
飛沫は多少飛んでくるが心配したほどではなく、イルカたちの演技に熱中した。

「すごーい!
あんな高さまで飛べるなんて!」

精一杯の拍手を送る。

……そこまではよかったのだ。

「最後に、イルカたちがサービスしちゃいますよ!」

トレーナーの合図でイルカたちがプールの縁に沿って泳ぎだす。
さらに。

「うわっ!」

目の前でジャンプを繰り広げ、盛大に水飛沫が上がる。
おかげで、あたまから水をかぶった。
しかも何度も。

「これでイルカショーは終わりです。
ありがとうございましたー」

……ショーが終わる頃にはびしょ濡れになっていた。

「……濡れたな」

「……はい」

それも楽しみなんて言っていたのに、網代さんの声は淡々としている。

「こんなに濡れるとは思わなかった」

眼鏡を外し、彼はハンカチで拭きはじめた。

「あのイルカ、絶対わざとにかけていたよな」

「そうですよね!」

一頭、身体を水面に叩きつけるようにして、ひときわ大きく水飛沫を上げるイルカがいたのだ。
ジャンプが下手なら仕方ないが、前半では綺麗にあたまから着水し、ほとんど水飛沫は上がっていなかった。

「イルカに弄ばれたな」

にやっと右頬を歪めて網代さんが笑う。

「そうですね」

ふたりで顔を見あわせて笑っていた。

すぐに売店で網代さんはタオルを買ってくれた。

「せっかくのイッチーの可愛い服が濡れてしまったな。
海水だと思うし、シミになったりしないか?」

眼鏡の下で眉を寄せ、網代さんは心配そうだ。

「大丈夫じゃないですか?
帰ったらすぐに洗濯するし」

変色したりとかもしていないし、特に問題ないんじゃないかな。

「それよりほら、もう一度ペンギン、見にいきませんか?」

網代さんがこれ以上気にしないように笑いかけ、手を引っ張る。

「ペンギンってちょっと、イッチーに似てるよな」

はしゃぐ私に苦笑いし、彼も歩きはじめてほっとした。

「ペンギン、可愛いですよね」

ペンギンの丘ではペンギンたちがひなたぼっこしている。

「ぽてぽて歩くところがイッチーみたいだよな」

「ひどっ!
ぽてぽてとか歩いてないですし!」

ぷーっと頬を膨らませたら、網代さんの指に潰された。

「そうか?
僕のあとを必死に追ってくるイッチーはいつもあんな感じだが」

思い出しているのか、彼はくすくす笑っている。

「てか、いい加減に手を離してくれないですかね?」

網代さんはまだ、その大きな手で私の頬を掴んだままだ。

「イッチーの頬、思ったよりぷにぷにでさわり心地がよくてさ」

証明するかのように何度か軽く頬を押される。

「ぷにぷにじゃないし!」

「あ、また怒った」

私は怒っているのに、網代さんは面白がっていてさらに腹が立つ。

「イッチーは可愛いなー」

ようやく手を離した彼は、眼鏡の下で目を細めて眩しそうに私を見ていた。
その顔に心臓かとくんと甘く鼓動する。

……あれ?
いまの、なんだろう?

このあいだと似たような、変な気持ち。
嬉しいような恥ずかしいような、むず痒い感じがした。
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