網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第5章 ライバル登場ですけど?

1.

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会社に届いた手紙を手に、無言で見つめる。
【親展】になっているそれは、木村さんからだ。

……親展なんて嫌な予感しかしないんだけど。

しかし開けずに捨てるわけにもいかず、封を切る。
中からは映画のチケットと手紙が出てきた。

【一緒に観にいきませんか?
きっと和倉さん、好きだと思うんですが。
当日、来るまで待っています】

無意識に口からため息が落ちていく。
手段があざといというか姑息というか。
会社に送られてきた時点で受け取らざるを得ない。
しかも来るまで待っているとか言われたら、無視もできない。
さすが、元一流企業のトップ営業マンといったところか。
狙った獲物は逃がさないらしい。

「……どうしよ」

椅子を回し、ちらりと視線を向けた先の席に網代さんはいない。
外回りの予定になっているから当たり前だ。

……今度は、怒ってくれるかなー。

無駄だと知りつつ、そんな希望的観測をした。
それでも、とりあえず〝よかったな〟はないというのは理解してくれたわけだし、今回の反応を期待してもいいよね。

少しの希望と多くの不安を抱え、仕事をする。
夕方近くになって網代さんが帰ってきた。
そそくさと席を立ち、机に着いた彼の隣に立つ。

「今日、ちょっとだけお時間、いいですか?」

「んー、いいけど、これ処理してしまわないといけないから、三十分くらいかかるぞ」

私を見上げ、手にしたタブレットの画面を軽く、コンコンと彼が叩く。

「大丈夫です。
じゃあ、待ってますから」

「なるべく早く済ませる」

すぐにパソコンを立ち上げ、網代さんは仕事をはじめた。
私も邪魔をしないように自分の席に戻る。
まもなく定時になっても網代さんは宣言どおり仕事をしていたので、休憩コーナーでSNSのタイムランを追って待った。

「ん、待たせた」

予定の三十分よりだいぶ早く網代さんから声をかけられ、携帯から顔を上げる。

「いえ、全然」

携帯をバッグにしまい、彼と一緒に会社を出た。

「どうする?
お茶で済ますか、食事して帰るか」

エレベーターの中はふたりで、向かいあうように壁に寄りかかり網代さんが聞いてくる。

「あー……そうだ。
月末に食事に誘ったのに、あれからまだ行けてないじゃないですか。
だから食事で」

「了解」

ちょうどエレベーターが一回に到着した。
ロビーに出て、さらに店の打ち合わせをする。

「どこ行く?」

「網代さんの好きなところでいいですよ」

だいたい、仕事が彼のおかげで上手くいったお礼のはずだったのだ。
なら、彼の好きなところでいい。

「僕の好きなところだと、安い居酒屋か定食屋になるぞ」

「うっ」

あー、でも、網代さんの行き付けならそれはそれで悪くない……かも。

「いいですよ、それで」

網代さんの日常が知れる機会。
うんうん、それは非常によさそうだ。

「ごめん、嘘。
イッチーには美味しいもの食べさせたいからな。
ちゃんとしたとこ、連れていってやる」

くしゃくしゃと柔らかく、彼の手が私の髪を撫でる。
眼鏡の影に笑い皺をのぞかせるその顔はとても優しげで、顔が熱を持っていく。

「ほら、行くぞ」

「あ、はい」

網代さんが足を踏み出し、私もすぐあとを追った。
並んで歩きながら彼をちらり。
相変わらず、歩く速さは私にあわせてくれる。

「網代さん」

「ん?」

足を止め、彼は屈んで私に顔を近づけた。

「あー、えと。
……お腹、空きましたね」

呼んでみたものの、別になにかあったわけじゃない。
適当に笑って誤魔化した。

「そうだな」

私から顔を上げ、再び歩きだす。
最近、私と話すときはいつもそう。
足を止めて聞いてくれる。
そういうのって、凄く面倒くさくないのかな?

歩幅だってそうだ。
私の三歩が彼の二歩。
あわせるのは大変そうだ。
背の高い彼がミニマムな私と一緒に行動するのはなにかと不便だろう。
私がモデル並みの身長ならば、いやあと十センチでいいから高かったら。
そんな、いまさら願っても仕方ないことを願ってしまう。
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