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第5章 ライバル登場ですけど?
3.
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その週末の日曜、私は木村さんと待ち合わせしているシネコンに向かっていた。
……行きたくないな。
窓ガラスに映る私の顔は、酷く憂鬱そうだ。
行きたくないって決めたのは私だし、それにこれは――最後の、賭けなのだ。
これで網代さんがヤキモチとは言わない、少しでいいから嫌な気持ちになってくれなければ、彼はそういう人間だと割り切って期待するのをやめよう。
あれから、恋愛感情を持たないセクシャルの人について勉強した。
とはいえ、自分はそうじゃないのかと散々調べたあとなので、それ以上のことはわからなかったが。
結局、私は網代さんに恋をして違うとわかったわけだが、網代さんはそうだったら?
私の感情を押しつけ、そうじゃない彼を責めるのは間違っている。
それがどれだけ苦痛なのか、私だって身をもって知っている。
自分は人間として欠陥品なんじゃないかと責め、苦しんだ。
彼にそんな思いはさせたくない。
それに網代さんは、私を〝特別〟だと言ってくれた。
結婚するなら私としたいと。
きっと、家族的な愛情は抱いてくれていると……思う。
それで満足しなければいけないのは理解しているのだけれど。
「和倉さん!」
シネコンの前で私を見つけた木村さんは、一瞬だけ固まった。
それはそうだろう、今日の私はいつもどおり、着物風ブラウスに袴風スカートだ。
……いや。
網代さんとのデートのときよりもさらに、コスプレ色の強いものにした。
引かれて当然、なのだ。
「よかった、来てくれなかったらどうしようかと思っていました」
しかし彼は衝撃でずり落ちたであろう眼鏡の位置を直しただけで立て直してきた。
さすが、幾多の修羅場をくぐってきたであろう人間だ。
「あ、えっと。
……はい」
想定外の出来事に動揺し、返事にならない返事をして彼に促されて中に入る。
「まあ、来てくれなかったら朝まで待って、それで風邪引きましたとか言ったら和倉さん、心配してくれないかな、とか考えましたけど」
はははっ、と軽く笑う彼の顔をなんとも言えない気持ちになって見上げる。
今日は来てよかった。
そんな事態になれば罪悪感でますます断りづらくなる。
「ポップコーン、食べますよね?」
さりげなく列に並び、私に財布を出す暇など与えずに木村さんはさっさとポップコーンとコーラを買ってくれた。
「寒かったら言ってください」
席に着いてからもなにかと気遣ってくれた。
きっと網代さんとは違い、デート慣れしているんだろう。
予告が終わり、明かりが落ちる。
映画は私の好きなファンタジーだった。
しかし。
隣に座る木村さんの顔をなんとなく見上げる。
彼は私の、いったいどこがいいんだろう。
確かに店のデザインで彼の趣味にあうものができたという自負はある。
でも、それだけだ。
視線に気づいたのか、木村さんがこちらに顔を向けた。
なんでもないと笑って返し、再びスクリーンを見る。
自分でも近いうちに観にいこうと楽しみにしていた作品だが、全然集中できないし、楽しめなかった。
「いい作品でしたね」
「そ、そうですね」
……嘘。
ストーリーすら入ってこなかった。
ただずっと、これが網代さんだったら楽しめたのかなとか、そんなことばかり考えていた。
「よかったら食事、していきませんか。
和倉さんともっと、お話ししたいんです」
レンズの奥からじっと、木村さんが私を見つめている。
網代さんより威圧感を感じるのは、眼鏡の違いだけだろうか。
映画は午後からだったので、きっとそういう予定なんだろうと思っていたので驚きはない。
できれば帰りたいが、映画を観ただけではい、さようならはあんまりだろう。
「……いいですよ」
「よかった」
ぱーっと彼が顔を輝かせる。
それに苦笑いしながら一緒に歩いた。
木村さんと網代さんの背はさほど変わらなさそうだ。
なのに私にあわせてくれているのは女性慣れしているからなのかな……。
「なにが食べたいですか」
「そうですね……」
考えてみたけれどなにも出てこなかった。
それどころか食欲すらそんなにない。
「あっさりしたものがいいです」
「えっと、すみません。
もう一度いいですか?」
木村さんは申し訳なさそうだが、そうだよね。
雑踏だと私の声はよく聞こえないのだと網代さんは言っていた。
彼もそうなのだろう。
「その。
あっさりしたものがいいです!」
少し大きめの声で、はっきりと言う。
「わかりました、あっさりしたものですね」
顔を上げた彼はにっこりと笑った。
……なんか、面倒。
でもあれは網代さんが私の扱いに慣れているからであって、もし木村さんと付き合ったら彼もそうなるのかな。
……行きたくないな。
窓ガラスに映る私の顔は、酷く憂鬱そうだ。
行きたくないって決めたのは私だし、それにこれは――最後の、賭けなのだ。
これで網代さんがヤキモチとは言わない、少しでいいから嫌な気持ちになってくれなければ、彼はそういう人間だと割り切って期待するのをやめよう。
あれから、恋愛感情を持たないセクシャルの人について勉強した。
とはいえ、自分はそうじゃないのかと散々調べたあとなので、それ以上のことはわからなかったが。
結局、私は網代さんに恋をして違うとわかったわけだが、網代さんはそうだったら?
私の感情を押しつけ、そうじゃない彼を責めるのは間違っている。
それがどれだけ苦痛なのか、私だって身をもって知っている。
自分は人間として欠陥品なんじゃないかと責め、苦しんだ。
彼にそんな思いはさせたくない。
それに網代さんは、私を〝特別〟だと言ってくれた。
結婚するなら私としたいと。
きっと、家族的な愛情は抱いてくれていると……思う。
それで満足しなければいけないのは理解しているのだけれど。
「和倉さん!」
シネコンの前で私を見つけた木村さんは、一瞬だけ固まった。
それはそうだろう、今日の私はいつもどおり、着物風ブラウスに袴風スカートだ。
……いや。
網代さんとのデートのときよりもさらに、コスプレ色の強いものにした。
引かれて当然、なのだ。
「よかった、来てくれなかったらどうしようかと思っていました」
しかし彼は衝撃でずり落ちたであろう眼鏡の位置を直しただけで立て直してきた。
さすが、幾多の修羅場をくぐってきたであろう人間だ。
「あ、えっと。
……はい」
想定外の出来事に動揺し、返事にならない返事をして彼に促されて中に入る。
「まあ、来てくれなかったら朝まで待って、それで風邪引きましたとか言ったら和倉さん、心配してくれないかな、とか考えましたけど」
はははっ、と軽く笑う彼の顔をなんとも言えない気持ちになって見上げる。
今日は来てよかった。
そんな事態になれば罪悪感でますます断りづらくなる。
「ポップコーン、食べますよね?」
さりげなく列に並び、私に財布を出す暇など与えずに木村さんはさっさとポップコーンとコーラを買ってくれた。
「寒かったら言ってください」
席に着いてからもなにかと気遣ってくれた。
きっと網代さんとは違い、デート慣れしているんだろう。
予告が終わり、明かりが落ちる。
映画は私の好きなファンタジーだった。
しかし。
隣に座る木村さんの顔をなんとなく見上げる。
彼は私の、いったいどこがいいんだろう。
確かに店のデザインで彼の趣味にあうものができたという自負はある。
でも、それだけだ。
視線に気づいたのか、木村さんがこちらに顔を向けた。
なんでもないと笑って返し、再びスクリーンを見る。
自分でも近いうちに観にいこうと楽しみにしていた作品だが、全然集中できないし、楽しめなかった。
「いい作品でしたね」
「そ、そうですね」
……嘘。
ストーリーすら入ってこなかった。
ただずっと、これが網代さんだったら楽しめたのかなとか、そんなことばかり考えていた。
「よかったら食事、していきませんか。
和倉さんともっと、お話ししたいんです」
レンズの奥からじっと、木村さんが私を見つめている。
網代さんより威圧感を感じるのは、眼鏡の違いだけだろうか。
映画は午後からだったので、きっとそういう予定なんだろうと思っていたので驚きはない。
できれば帰りたいが、映画を観ただけではい、さようならはあんまりだろう。
「……いいですよ」
「よかった」
ぱーっと彼が顔を輝かせる。
それに苦笑いしながら一緒に歩いた。
木村さんと網代さんの背はさほど変わらなさそうだ。
なのに私にあわせてくれているのは女性慣れしているからなのかな……。
「なにが食べたいですか」
「そうですね……」
考えてみたけれどなにも出てこなかった。
それどころか食欲すらそんなにない。
「あっさりしたものがいいです」
「えっと、すみません。
もう一度いいですか?」
木村さんは申し訳なさそうだが、そうだよね。
雑踏だと私の声はよく聞こえないのだと網代さんは言っていた。
彼もそうなのだろう。
「その。
あっさりしたものがいいです!」
少し大きめの声で、はっきりと言う。
「わかりました、あっさりしたものですね」
顔を上げた彼はにっこりと笑った。
……なんか、面倒。
でもあれは網代さんが私の扱いに慣れているからであって、もし木村さんと付き合ったら彼もそうなるのかな。
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