網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
29 / 37
第5章 ライバル登場ですけど?

4.

しおりを挟む
私のリクエストに応えて木村さんは寿司屋に連れてきてくれた。
回らないけれどカジュアルな、若者向けの店だ。

「今日は来てくれて、ありがとうございました」

「あ、いえ……」

ビールで乾杯しながら曖昧な笑みで答える。

「来てくれたってことは、OKってことでいいんですよね?」

「そ、それは……!」

器用に彼が私に向かってウィンクし、慌てた。

「わかってますよ。
……でも返事は帰りに聞かせてください。
いまは接待だととでも思って、俺を楽しませてください」

「……はい」

ふふっと淋しそうに笑いグラスを口に運んだ木村さんは、私の微妙な態度でもう答えがわかっているのかもしれない。

映画は黙って座っているだけでよかったが、食事となるとそうはいかない。

「お店の建設、どうですか?
なにか問題はありませんか?」

仮にもデートなのに仕事の話なんてどうかと思うが、それしか共通の話題が思いつかない。

「なにも問題なく進んでいますよ。
来月末にオープンで動いています」

「それはよかったです」

「もうほとんどできているんですが、とても素晴らしい出来です。
和倉さんにお願いしてよかったな」

カウンターに頬杖をつき、木村さんが私を見る。
眼鏡越しに目があって、嬉しそうにふふっと小さく笑われた。
それに恥ずかしくなって頬に熱が上ってくる。
褒められた嬉しさはあるが、網代さんに感じるようなふわふわするような気分はない。

「そんな。
ありがとうございます」

気がかりがあったわけではないが、それでも安心した。
もしかしたら前にヘビークレーマーに当たったのがトラウマになっていたのかもしれない。

「和倉さんは俺の細かい要求まで面倒くさがらずに全部聞いてくれた。
しかも可能な限り叶えてくれたし、できないものはきちんと理由まで説明してくれて。
ほんと、感謝しています」

「それが仕事ですから、当たり前です」

褒められすぎて反対に恐縮してしまう。
――クライアントと真摯に向きあう。
それは私のモットーだし、会社の方針でもある。

「そうじゃない人が多いんですよ。
家を建て替えたときなんですけど」

「はい」

寿司を摘まみながら木村さんのする話を黙って聞く。
私はこの業界、いまの会社しか知らないので、他の会社の話は興味津々だ。

「まったくこちらの話を聞いてくれないんですよ。
両親の老後を考えてバリアフリーにしたい、ここに手すりをつけてくれと頼んだらこうですよ」

こほんと小さく咳払いし、椅子に座り直して彼がゆっくりと口を開く。

「はあっ?
そんなところに手すりをつけたら見栄えが悪くなりますよ?
どうしてもって言うならつけますがぁ?」

「……ぷっ」

木村さんの口ぶり身振りで、あったこともないけれど相手がどんな人か想像できて噴きだしていた。
自分でも似ていた自覚があったのか、木村さんもおかしそうにくすくす笑っている。

「見栄えが悪くなるなら、そうならないようにするのが仕事でしょう?って」

「確かに」

うちの会社なら信じられない言い分だ。
そんなことをクライアントに言おうものなら、社長から厳しいお叱りを受ける。
もっとも、お叱りを受ける前にそんな程度の低い人間はいないが。
どうしてそこに手すりをつけたいのか理由を聞いて、最善を考える。
それが当たり前だったから、そうじゃない会社があるなんて驚きだ。

「もう、万事がそんな感じで。
なのでカフェは一瞬、自分で勉強して設計しようかと思ったくらいだった」

「それは……」

木村さんならやりそうだから怖い。
しかもプロも裸足で逃げだすほどの出来になりそうだ。

「そんなときにSky Endさんを知って。
俺みたいな小さな店でも相手にしてもらえるかと心配だったけど、天倉社長は嫌な顔ひとつせずに話を聞いてくれた」

そのときのことを思い出しているのか、木村さんは遠い目をした。
天倉社長は客を選ばない。
選ぶのは人間だ。
たまに知り合いからの紹介とかで断り切れずにこのあいだのヘビークレーマーのような人を引くが、あれは完全にイレギュラーだ。

「それで安心して、全部親父に投げてブラジルに渡ったわけだけど……」

くいっとビールを飲み、ふっと小さく彼が笑う。

「和倉さんに迷惑かけるだけでしたね。
すみません」

「えっ、あっ、そんな!」

真摯に改めて木村さんからあたまを下げられ、焦ってしまう。
確かにこんな大事な案件を放り出してブラジルに行ってしまうなんてなんて人なんだろとは思ったけれど、帰ってきてからはこちらに無理難題は押しつけず、真面目に向きあってくれた。
本当にやりやすいクライアントで感謝したくらいだ。

「その、いろいろ大変でしたが、木村さんは私の話をちゃんと聞いてくれたので、とてもやりやすかったです。
こちらこそ、ありがとうございます」

心の底からあたまを下げる。

「やだな、あたまを上げてくださいよ。
感謝するのは俺の方なんですから。
しかもこうやって可愛い和倉さんとデートできるなんて」

「うっ」

……そうだった。
仕事相手としては申し分のない彼だが、こうやって私に無理強いしてきている点で減点だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

隣の夫婦 ~離婚する、離婚しない、身近な夫婦の話

紫さゆり
恋愛
オムニバス形式です。 理解し合って結婚したはずの梓、同級生との再会が思わぬことになる雅美、年下の夫のかつての妻に引け目を感じる千晴、昔の恋の後悔から前向きになれない志織。 大人の女性のストーリーです。

フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。

そして、恋の種が花開く。

松本ユミ
恋愛
高校を卒業して七年、代わり映えのない日々を送っていた赤木さくらの元に同窓会のハガキが届いた。迷った末に同窓会に出席することにしたさくらの前に現れたのは……。

【完結】泡になった約束

山田森湖
恋愛
三十九歳、専業主婦。 夫と娘を送り出し、静まり返ったキッチンで食器を洗う朝。 洗剤の泡が立っては消えるその繰り返しに、自分の人生を重ねながら、彼女は「ごく普通」の日常を受け入れている。 愛がないわけではない。けれど、満たされているとも言い切れない。 そんな午前中、何気なく出かけたスーパーで、背後から名前を呼ばれる。 振り返った先にいたのは、かつて確かに愛した男――元恋人・佐々木拓也。 平穏だったはずの毎日に、静かな波紋が広がり始める。

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

春燈に咲く

naomikoryo
恋愛
春の名をもらいながら、寒さを知って育った。 江戸の外れ、貧しい百姓家の次女・うららは、十三の春に奉公へ出される。 向かった先は老舗呉服屋「蓬莱屋」。 そこで出会ったのは、何かとちょっかいをかけてくる、 街の悪ガキのような跡取り息子・慶次郎だった―― 反発しながらも心に灯る、淡く、熱く、切ない想い。 そして十五の春、女として、嫁として、うららの人生は大きく動き出す。 身分の差、家柄の壁、嫉妬と陰謀、 愛されることと、信じること―― それでも「私は、あの人の隣に立ちたい」。 不器用な男と、ひたむきな少女が織りなす、 時代小説として風情あふれる王道“和風身分差ラブロマンス”。 春の灯の下で咲く、たったひとつの恋の物語を、どうぞ。

解けない魔法を このキスで

葉月 まい
恋愛
『さめない夢が叶う場所』 そこで出逢った二人は、 お互いを認識しないまま 同じ場所で再会する。 『自分の作ったドレスで女の子達をプリンセスに』 その想いでドレスを作る『ソルシエール』(魔法使い) そんな彼女に、彼がかける魔法とは? ═•-⊰❉⊱•登場人物 •⊰❉⊱•-═ 白石 美蘭 Miran Shiraishi(27歳)…ドレスブランド『ソルシエール』代表 新海 高良 Takara Shinkai(32歳)…リゾートホテル運営会社『新海ホテル&リゾート』 副社長

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...