網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第5章 ライバル登場ですけど?

5.

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プレオープンにご招待いただき、あとは当たり障りのない話をする。
木村さんは前職が前職だけに私を飽きさせなかった。
楽しくないかと言えば嘘になる。
それに木村さんは顔も人柄もイケメンだ。
料理だってできる。
普通ならそんな人に迫られてときめくところなんだろうが……まったくない。
やはり、私のときめきは網代さん限定らしい。

「もうこんな時間ですね。
楽しくてつい、時間がたつのを忘れていました」

店に入ってすでに二時間が経過していた。
やっと帰れる、なんてほっとしている私は性格が悪いだろうか。

「あの。
今日は楽しかったです。
ありがとうございました」

「ほんとですか!?」

ぐいっと彼の顔が近づいてきて、背中が仰け反った。

「よかった、退屈させていたらどうしようとずっと不安でした」

胸を押さえ、木村さんは安堵の表情を浮かべた。
自信満々に見える彼にそんなところがあるなんて意外だったが、だからといって少しも心は動かない。

「その。
それで……」

「待って」

私の言葉を封じるかのように木村さんの長い人差し指が私の唇に触れる。

「それはプレオープンの日に聞かせて。
俺にもう少しだけ、夢を見させてくれませんか?」

レンズの奥で目を細めた彼は泣き出しそうに見えた。
その顔になにも言えなくなって黙って頷く。

「じゃあ、そういうことで」

私は酷い女だろうか。
木村さんに気持ちが傾かないのはわかっている。
なのに彼に頼まれてからといって、返事を先延ばしにするなんて。

会計で少し揉めた。

「私が払います!
映画も奢ってもらいましたし。
それに、経費で落ちますから」

……いや、これは完全にプライベートだから落ちないだろうけれど。
でも、こうやって彼に借りを作るようなのは嫌なのだ。

「俺が一方的にデートに誘ったわけだから、俺が払います。
……これで」

「あっ」

結局、私の制止を振り切って木村さんは支払いをしてしまった。

「今日は、俺好みの素敵なお店のデザインをしてくれたお礼だと思ってください」

駅までは一緒に歩いた。
歩きながら話はできないともう学習したのか、構内の人気の少ないところで話してくれる。
そういうところは非常にポイントは高いが、やはり心は動かなかった。

「お礼なんてそんな。
仕事ですし」

「それ以上の意味に考えてくれるなら、俺は嬉しいです。
じゃあ、気をつけて帰ってください。
おやすみなさい」

木村さんがその高い背を屈め、顔を近づけてくるのをぽけっと見ていた。
柔らかいものが額に触れる。
離れていく顔をじっと見ていた。
レンズの奥と目があい、ニヤリと彼が笑う。

「僕はこれで」

「……は?」

ひらひらと手を振りながら彼が去っていき、ようやく事態を把握した。
もしかして私はいま、……キス、されたのか?

「くぅっ!」

大声で叫んでその場にしゃがみ込みたくなったが、かろうじて耐える。
なにがお礼だ、最初から私を落とす気満々じゃないか。
やはり、木村さんは食えない。

彼の唇が触れた額をハンカチでごしごし擦る。
網代さんとのキスは嬉しかったが、これは不快だ。
セクハラで訴えたいくらい。
こんなことならこなければよかったし、はっきり付き合えないと言えばよかった。

「……はぁーっ」

ため息をついて帰途につく。
電車の中でさっきのあれを網代さんにNYAINしようとして手が止まる。
どうせなら、直接言って反応が見たい。
明日、ランチに誘ってみよう。
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