網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終章 ずっと前から好きでした

1.

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その日はrecontreのプレオープンだった。

「プレオープン、おめでとうございます」

木村さんに挨拶をしているのは私ではなく――網代さんだ。
公共の交通機関で行こうとしたのだが、網代さんが運転手を買って出た。
月末で網代さんは忙しい時期だし遠慮したものの、天倉社長が許可してくれたとなれば連れていってもらうしかない。

私を木村さんから遠ざけるように、前に立っている網代さんの陰からひょこっと顔を出した。

「予想よりもいい出来でよかったです」

「でしょう?
それもこれも和倉さんのおかげです」

なぜか得意げな木村さんに苦笑いしてしまう。
採光を重視し、燦々と日の光が降り注ぐ店内は子供の明るい笑い声が似合いそうだ。
こんな素敵なお店、私がデザインしたなんてちょっと信じられない。

「ゆっくりしていってくださいね」

プレオープンだが、店内は賑わっていた。
木村さんもご両親も忙しそうだ。
席には案内してくれたものの、落ち着かない。

「手伝いましょうか?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

立ち上がった私の袖を、網代さんが引っ張ってくる。

「……なにやってるんだよ」

「なにって、手が足りなくて大変そうじゃないですか。
どうせ夜までいるんですし」

「はぁーっ……」

なぜか網代さんの口から大きなため息が落ちていく。

「なら、僕も手伝う」

「は?」

もうその気らしく、網代さんはネクタイを外し、腕捲りしていた。

「えっと……」

「ほら、行くぞ」

なぜか彼に促され、カウンターへと回った。

木村さんに借りたエプロンを着け、手伝いをする。

「お待たせしました」

爽やかな笑顔で料理を運ぶ網代さんを、なんとも言えない気持ちで見ていた。
あれは誰だ?
少なくとも、私が知っている網代さんではない。
しかもなまじ背も高くて顔も標準以上だからか、女性の目は釘付けだ。

「……ムカつく」

「なんか言いましたか?」

隣でコーヒーを淹れていた木村さんは、怪訝そうに私の顔を見た。

「いえ、別に」

笑って誤魔化し、止まっていた手を動かして洗い物をする。

「ああ。
彼はきっと女性にモテるでしょうね」

私の視線の先を追い、木村さんは私の考えていることはお見通しだとばかりにくすりと笑った。
網代さんは誰も好きにならないから安心していたが、あの見た目で周りが放っておくわけがないのだ。
しかも気遣い上手で天然なのかTLヒーローバリのことをする。
彼にときめかない女性の方がおかしい。
だから私もときめいたし、別にこれは網代さんに恋をしているわけじゃないのでは?
なんて一瞬考えたが、同じく世の女性が放っておかないであろう木村さんにはどきどきしないどころかキスされて嫌だったので、やはり網代さんだからだろう。

途切れることなくお客が入ってくるので、いつまでたっても洗い物は終わらない。
食洗機に入れられるものは入れているが、繊細なコーヒーカップとかはダメだし。

「平日なのに大盛況ですね」

「オープンを聞いて近所の人と知り合いが来てくれているだけですからね。
それがなくなったらどうなるのか不安ですが」

はぁーっと物憂げに彼がため息を吐き出すが、あの料理とコーヒーならそんな心配は無用では?

木村さんと話していたら、お皿を運んでいた網代さんの視線がちらちらとこちらに向かう。
もしかして気にしている?
ああ、あれかな。
前に私が彼からキスされて嫌がっていたから、心配してくれているのかな。
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