網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終章 ずっと前から好きでした

2.

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夕方になり、店は一旦準備中になる。
そのあいだに照明やなんかを夜営業用に切り替えるのだ。

「お手伝いいただいてすみません。
よろしかったらどうぞ」

網代さんと一緒に休憩していたら、お母さんがコーヒーとケーキを出してくれた。

「ありがとうございます」

目の前のチーズケーキは凄く美味しそうだ。
ちなみに、お店のケーキはすべて、お母さんの手作りらしい。

「ほんと、よく働いていただいて。
和倉さんが祐介のお嫁に来てくれたらいいのに……あら、失礼いたしました」

おほほほっ、なんてわざとらしく笑いながらお母さんは下がっていった。
あれか、木村さんは周りの協力を得てまで私を落としたいのか。

唐突にガツッ、と乱暴な音が響いて、見たら網代さんが雑にケーキへフォークを突き立てたところだった。

「誰がイッチーを、アイツの嫁なんかにさせるかよ」

ガツガツと乱雑に網代さんはチーズケーキを食べている。

「えーっと……」

これはもしかして、ヤキモチを妬いてくれている……?

「イッチーが嫌がってるヤツにやれるかっていうんだ」

……ああ、うん。
そうだと思った。
でもちょっと嬉しかったな、そうやって怒ってくれるの。
前の無関心よりずっといい。

「どのみち私は誰も好きになれませんから、木村さんと結婚するなんて無理ですよ」

「そうだな、イッチーと僕は同じ悩みを抱える同士だもんな。
もういっそ、結婚するか」

ふわりと優しく笑い、彼の手が額に落ちかかる私の髪を払う。

……ああ。
やっぱり網代さんが好きだな。

その笑顔で幸せになるのと同時に酷く切なくなった。
たとえ彼が私に恋愛感情を抱けなくても、一緒にいたい。
それが、どんなに苦しくても。

「……い……」

「ま、冗談だけどな」

私がいいと言い切る前に網代さんから遮られた。
自嘲するように笑い、彼がコーヒーカップを口へ運ぶ。
冗談、か。
私は本気で、網代さんと結婚してもいいって思っているんだけどな。

時間になり、夜営業がはじまる。

「よしっ!」

思わず、ガッツポーズが出た。
昼間は日の光が差していた大きな窓は、アンティーク調のカーテンを半ば閉めてある。
間接照明とダウンライトの店内は薄暗いが、暗すぎて困るというわけではなくいい雰囲気を醸し出している。
揉めたソファーも枠組みのデザインで浮くことがなく、アイボリーの座面がかえって味のあるアクセントになっていた。
昼間の子供の明るい笑い声が似合う店内とは真反対の、大人の隠れ家。

「よくやった」

網代さんの手が私のあたまをぽんぽんする。
見上げると、力強く頷いてくれた。

「網代さんがヒントをくれたおかげです」

「僕じゃない、イッチーの実力だ」

誰でもない、網代さんから褒められるのはひたすら嬉しい。

「本当にいい店になりました。
ありがとうございます」

隣に木村さんが立った途端、私の身体に回った網代さんの手が、僅かに自分の方へと引き寄せた。

「こちらもご要望に添えてよかったです」

……などと答えたのは、私ではなく網代さんだ。
木村さんを敵視しているのは、私がこのあいだ、嫌がったからだよね……?

夜営業も少しだけ、洗い物を手伝った。

「うっ、袖が」

上げ方が悪かったのか、洗い物をしているうちにずるずると袖が落ちてきて邪魔になった。
しかし一度手を洗って拭いて上げるのも面倒くさい。

「俺がやりましょうか」

なにを、なんて疑問を口にするより先に、木村さんが私を包み込むように後ろに立つ。
そのまま私の袖を上げてくれたのはいいが、この体勢はなんだ?

「どきどきしました?」

悪戯っぽくくすりと笑う声が耳に届く。
どきどきしたかって?
まったくですが?

「おい!」

網代さんの声が聞こえたかと思ったら腕を強く引っぱられ、身体がよろけた。

「これは僕のだ。
触るな!」

後ろから私を支える網代さんの顔を見上げる。
彼は眼鏡の奥から強い憎しみの目で木村さんを睨んでいる。

「そんなことをするなら、もう帰る!」

網代さんは外したエプロンを木村さんの胸に叩きつけた。

「その。
もう気づいてらっしゃるとは思いますが、木村さんの気持ちには応えられません。
ごめんなさい」

あたまを下げ、外したエプロンを木村さんに渡して網代さんのあとを追った。
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