チョコレートは澤田

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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3.つけ

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翌日、出社すると騒ぎは会社中に広がっているらしく、どこにいても痛い視線とひそひそ話の洗礼を浴びた。
けれど自分がまいた種だから仕方ない。

一柳部長はいらん火の粉に降りかかられたくないのか、部長室に閉じこもって出てこない。

社内はできるだけいたくなくて、お昼休みは近くの公園に出た。
少し奥まったところにある、人目に付きにくい花壇の縁に座ってぼーっとしてた。

「食えば?」

差し出された板チョコに顔をあげると、澤田さんがいつものように少し怒って立っていた。

「……なんで」

受け取ることができなくて、ただただ顔を見上げてしまう。

「軽蔑しましたよね、私なんて」

視線を足下に落とすとため息をついた気配がして、澤田さんは私の隣に座ってきた。

「軽蔑したって云えば満足?」

少し悩んで首を横に振る。

「確かに、したよ、軽蔑。
でもあれはないだろう」

ひょこひょこ、視界の隅で、澤田さんの手に持たれた板チョコが揺れる。

「あんたに非があるのは当たり前。
でも、あんただけの問題じゃないだろ。
なのにあのおっさん、あんたに全部押しつけるみたいに」

「……でも、やっぱり悪いのは私、だから」

「だからさっ!」

勢いよく澤田さんが立ち上がって、びくっと身体が震えた。
叩かれる、そう思って目をつぶる。

……けれど。

「でもとか、やっぱりとか。
どうせ私が悪いんだからとか。
そういうの、やめろよ。
見ててむかむかする」

両手で顔を掴まれ、無理矢理上を向かされた。
視線があって、真剣な目が私を見てる。

「もっと自分に自信持てよ。
じゃないとこの先も、ずっと後悔してばっかりだぞ」

レンズの向こうの瞳が泣き出しそうに歪んで驚いた。

「澤田さん?」

そっと手を伸ばして頬にふれると、澤田さんの身体がびくりと小さく震えた。

「なにかあったんですか?」

「俺のことはいいんだ。
いまの問題は、あんた」

「……はい」

「まあ、ひとりでめそめそ泣いてるかと思ったら、泣いてないから驚いた。
ちょっと見直した」

澤田さんの手が私のあたまをぽんぽんし、……途端に。
なぜか涙がじわじわとあがってくる。

「……多分、私、部長のことが好きだったんです。
最初は確かに、流されてだったけど。
でも、部長に名前を呼ばれると嬉しくて。
願っちゃいけないことだけど、少しでも長く一緒にいられたら、って思ってました」

澤田さんは無言で私のあたまを撫でている。
なんかそれが、すごく安心できて気持ちいい。

「いつか終わりがくるんだって怖かったけど。
しかもあんなバレ方して最悪だったけど。
最後くらい、私のこと愛してたんだって信じさせて欲しかった……」

気付いたら。
澤田さんの手が背中に回ってた。
そのまま澤田さんの身体に顔を押しつけられた。

「いいよ、泣いて」

昨日泣けなかったのが嘘みたいに、涙が一気に溢れてくる。
私が泣いてるあいだ、澤田さんはずっと無言で抱きしめていてくれた。

「その、すみませんでした」

「別に」

涙が止まって身体を離す。
見上げると、少し怒ったような澤田さんの顔が見えた。

「じゃ、俺、先に戻るから」

「あの!」

「……なに?」

怪訝そうに澤田さんが振り返る。

「さっきの板チョコ、やっぱりもらえませんか?」

「いいけど」

ポケットから板チョコを出して私に渡すと、澤田さんは今度こそ会社に戻っていた。
もらった板チョコを囓ると、体温で暖まっていたせいか、柔らかくなってた。
でも、澤田さんのように優しく甘いことだけは変わらない。
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