いつかあなたに食べられる日まで~元社畜女子はもふもふに癒やされる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第6章 肉食獣の家族

5.肉食獣とは肉を食う獣

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ピエールさんとレオンは、今度の裁判の話をしている。

「奴隷買って食い殺していたのは確かなのに、証拠がないだろってシラを切るんですよ、あのヒグマの野郎!」

思わず、身体がぴくりと反応した。

「……ピエール。
……悪いがチハル、そろそろ昼メシの準備をしてくれないか」

低く、レオンがピエールさんをたしなめる。
それで彼は私がいたのだと思いだしたのか、すまなそうに耳を伏せた。

「ごめん、チハル。
こんなのチハルに聞かせる話ではないよね」

「その。
……私、お昼ごはんの準備をしてきますね!
よかったらピエールさんも食べていきますか?」

無理にでも笑いながら、それでも平気だとは言えなかった。

「え、いいよ!
そこまでご厄介になったら、それこそゴーリンさんに怒鳴られちゃうからね!」

はははっ、と笑うピエールさんもどこか嘘くさい。
私のために気を遣わせて、大変申し訳なかった。

「……はぁーっ」

裏の住居でひとりになり、大きなため息が漏れた。

「奴隷を買って食い殺した、か」

食い殺されるのは怖い。
これは、二度も経験したからわかる。

「闇市で売られる人間も同じなのかな……」

意識があるままバリバリと食べられるのは嫌だ。
同じ食べるにしても、一撃で殺したあとにしてほしい。

「……うっ」

変な想像をしたからか、急に目の前にあるモウの肉が、人間の肉に見えてきた。

「うえーっ」

胃液がせり上がってきて、口の中に酸っぱい味が広がる。
そのまま耐えきれずに、吐いた。

「同じ言葉をしゃべる人間を食べるなんて、わけわかんないよ……」

吐き気は断続的に起き、胃が空っぽになっても止まらない。

「だってみんな、優しいんだよ……?」

今日、トラのパン屋さんはおまけだとパンをくれた。
ライオンのピエールさんは私がお茶をこぼしても、許してくれたうえにフォローまでしてくれた。
でも彼らと同じ獣が、人間を食べるのだ。

「なんで?
ねえ、なんで?」

ここは肉食獣が草食獣と仲良く暮らしながら、裏で最下層の人間を食べる世界だ。
私だって二度食われかけ、肉にされて売られるところだった。
わかっていたはずなのだ。
なのに私は肉食獣とわかりあおうとした。
あまつさえライオンと普通に暮らし、……好意まで抱いている。

「わかんない、わかんないよ……」

胃液さえ出なくなって苦しいのに、ゲーゲー吐きながら泣いた。
本当はわかっているのだ、人間を食べるのはごく一部の肉食獣で、彼らのほとんどはモウやブウといった魔獣の肉しか食べないのだと。
それでも感情がついていかない。
だって知識では魔獣の肉だと知っているそれだが、私は実際にモウもブウも見たことがないのだ。
もしこの肉が本当は人間の肉だったとしても不思議はない。

――レオンが私を騙しているなんて考えたくもないが。

「チハル……?」

床に座り込んだままの私を、そーっと後ろからレオンがうかがう。

「大丈夫か……?」

「……レオン」

涙と鼻水と、吐瀉物でぐちゃぐちゃな顔のまま彼を見上げる。

「チハル!」

転がるように駆け寄ってきたレオンは私の肩を掴もうとしたが、紙一枚のところで手を止めた。

「その、さっきの話はショックだよな。
チハルだって食われかけたのに」

一度、離れたレオンの手が、ゆっくりと私の後ろあたまへ回る。
そのまま慎重に、汚い私の顔をその胸に押しつけた。

「俺もピエールもお前を食わない。
さっきのパン屋のトラだってそうだ」

「でも、でも……!」

「言っただろ、二本足の動物を食うのは禁忌だ。
食えば厳しく罰せられる。
だから普通の肉食獣は人間を食わない」

「……じゃあ、禁忌じゃなかったら食べるんですか」

悪意のある質問だというのはわかっている。
レオンの指がぴくん、と小さく反応した。

「食わない」

重く、レオンのひとことが響いた。

「人間は魔法が使えないだけで俺たち同じ獣だ。
俺たちと同じに話し、考え、生活する彼らを食うなんて俺には理解できない」

「……でも、人間は魔法が使えないから禁忌から外していい、って」

前に言っていった、そういう考えの人たちがいるのだと。
もしかしたらそういう人たちの方が本当は、多数派なんじゃ。
レオンは変わり者だって言われているし。

「そんなの、ごく少数のあたまのおかしい奴らだけだ。
いくら人間を奴隷として扱い、その命が獣よりも軽くても、食おうと思う奴は普通、いない」

「でも!」

自分でもレオンの言うことはわかっている。
それでも感情が、ついていかない。

「チハルが俺たちが怖いのはわかる。
俺がチハルだったら、肉食獣に近づこうなんて思わないかもしれない」

不意に、私を抱き締めるレオンの腕が震えているのに気づいた。

「いくら、俺たちを怖がってもいい。
でも、これだけは信じてくれ」

そっとレオンが私の身体を離し、じっと私を見つめる。
その瞳は深い悲しみと――拒絶される恐怖に染まっていた。

「俺はチハルとたくさん話した。
チハルという人間を知った。
こんなに深く知った獣を、食おうなんて思えない。
チハルが食えないのなら、他の人間だって同じだ。
俺は絶対に、人間を食わない。
人間を、チハルを食わない。
チハルに傷すらつけない」

レオンの手が、私の手をその胸に触れさせる。
服と分厚い毛に阻まれたその下から、とくん、とくんと心細げな鼓動が手に伝わってきた。

「この命にかけて、誓う」

時間をかけて顔を上げ、彼の顔を見た。
目のあった彼が、重く深く頷く。

「万が一、破ったときは、いや、俺は絶対に破る気はないのだが、その、でも、絶対ということはないから、あの。
いやいや、それで俺は絶対にチハルを食わないと誓うが、それでも万が一ということもあるから」

「……はい」

手を置いていた場所へ、耳をつける。
とくん、とくん。
レオンの心臓の音が、直接耳へと響いた。

「とにかく、絶対にないが、それでも万が一のときにはチハルの手で、この心臓を……止めてほしい」

とくん、とくん。
耳に聞こえる音。
私と同じ、心臓の音。

「あ、でも、そのときはもう、チハルは死んでいるのか。
いや、俺がチハルを食うとか絶対ないけどな!
でも、もし、もしも、そんなときがきたときは」

レオンの手が、私の背中に触れる。
愛しむ、そんな言葉がぴったりな手つきで。

「……俺も、死ぬ」

目を閉じてゆっくりと息を吸い込み、大きく吐きだした。

「……レオン」

「なんだ?」

「……私はレオンを、信じます。
だから絶対に、裏切らないで」

「絶対に裏切らないと、誓う」

私の肩に触れる彼の手に指を絡めて握ると、ぎゅっと握り返してくれた。
他の獣は知らない。
でもレオンは絶対に私に嘘をつかない。
それだけは、わかる。
だって彼の心臓の鼓動は、こんなにも優しい。

そのままずっと、レオンの心臓の鼓動を聞いていた。
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